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9、んもぅ


 次の瞬間、バタンという大きな音を立てて生徒会室の扉が開く。

 そこにはパジャマの上からブレザーを引っ掛け、おでこに冷却シートを貼付けた少女が肩で息をして立っていた。

「紫乃ちゃん!」

 突然の邪魔者登場への驚きと部屋に鍵を掛けなかったことへの後悔から小熊会長がすっかり脱力したため、弓奈は簡単に彼女の腕の中から抜け出すことが出来た。紫乃は弓奈を自分の背後に回らせてからツカツカと会長に歩み寄る。

「小熊先輩。どういうつもりですか」

「んもぅ。いいとこだったのにぃ」

 小熊会長はそう言ってそっぽを向き舌を出した。紫乃はため息をついて気持ちを落ち着かせてからいつものクールな口調で言う。

「少し熱が冷めてきたらすごくイヤな予感がしたんです。ここへ来て正解でした。ほら見て下さい、弓奈さん嫌がっていますよ。人の気持ちも考えずに自分の趣味に付き合わせるなんて最低な先輩ですね」

「今はそうかもしれないわ。だけど、弓奈さんが私を好きになればいいんでしょう?」

「あまり自惚れないで下さい。あなたが生徒会長に選ばれたのも、候補者があなたしかいなかった希有な事態にしぶしぶ職員が味方しただけじゃないんですか? あなたがこの学園の誰からも愛されているだなんて思わないで下さい」

 やはり紫乃は怜悧な少女である。自分より背の高い生徒会長に物怖じせずズバズバと語る。

「んもぅ。鈴原さんは堅いわぁ。細かいことは気にしないの。話は聴いたのよ。これからは弓奈さんを含めて三人で一緒に頑張っていくんでしょう?」

 ずっと一緒にいるのに弓奈は紫乃の名字を知らなかった。鈴原紫乃というのが彼女のフルネームらしい。なんとなく聞き覚えがある名字だと弓奈は思った。

「それも考え直さなくてはなりませんね。弓奈さんをあなたの側に置きたくありませんから」

「だめぇ。弓奈さんがいてくれないんだったら私、今日からもう生徒会長の仕事しないわ」

「もとから仕事なんてしてないくせに。とにかく、会長と弓奈さんの二人っきりで作業させたりはしませんから」

「はーい! あの、ちょっと訊いていいですか」

 弓奈が突然に口を挟んだ。ちゃんと手を上げている。

「弓奈さん・・・どうしたんですか」

「いやぁ、さっきからお二人のお話がよく分からないんですけど・・・」

 小熊会長と紫乃は目を見合わせた。何かおかしなことを言っただろうかと確認し合っているらしい。

「紫乃ちゃんって掲示委員会の人じゃなかったの?」

 会長と紫乃はきょとんとした顔をして弓奈を見る。どうやらおかしなことを言っているのは弓奈のほうらしい。

「弓奈さん、私は生徒会員です。・・・もしかして知らなかったんですか」

 知るはずもない。

「鈴原さんは入学してすぐ生徒会に呼ばれたの。生徒会長の私がいい加減なものだから、とうとう学園長先生はご自分のご令嬢を生徒会に派遣されたらしいわね」

「学園長先生の・・・ご令嬢?」

 次々と弓奈の知らない驚愕の事実が明らかになる。掲示物の張り替えや得点板の設置準備などの仕事は全て生徒会のもので、しかも紫乃は学園長の娘らしい。鈴原という名前は以前学生手帳の学園長のページで見たものだったのだ。

「その通りです小熊会長。自治を重んじる校風は母も認めているのですから、大人に弁明できないような不埒な行動は謹んで下さい」

 紫乃は熱があるというのに実に冷ややかな物腰だ。

「せっかく副会長も会計も置かないで、私ひとりの自由な生徒会だったのに。窮屈になったものね」

 会長はそう言いながら紫乃の横を通り過ぎ弓奈に歩み寄る。

「だけど構わないわ。鈴原さんのお陰でこんなに可愛い会員が手に入ったんだもの」

 会長が弓奈の手に触れようとした瞬間、紫乃が慌てて叫んだ。

「わ、私の弓奈さんに触らないで下さい!」

 弓奈と小熊会長が「え?」と言って紫乃の方を振り向く。紫乃は小さく咳払いをしてそっぽを向いた。

「・・・なんでもないです。とにかく弓奈さんが嫌がることはしないで下さい」

「んもぅ。わかったわよ」

 会長は笑って弓奈の側から離れると、窓際の椅子に腰掛けて書類の整理を始める。紫乃もパジャマ姿のままカーテンの結い紐を整えたり、ホワイトボードの日程を書き加えたりし始めた。当然のように生徒会の仕事を始める二人を前に、弓奈はまだ少し頭が混乱していた。

「ていうことはさ」

「ん?」

 二人が弓奈を振り返る。

「これから私は生徒会のお手伝いをするのかな」

 そう言った時である。弓奈は小熊会長と紫乃の向こう側の窓が桜色に輝いていることに気がついた。管理棟の裏側には桜の海が広がっていたのだ。

「んー、お手伝いというかぁ、正式なメンバーで」

 会長は自分の豊かなブロンドヘアーをなでる。

「私と弓奈さんで副会長兼会計です。まあその・・・頑張りましょうね」

 紫乃は少し照れながらおでこの冷却シートを取ってそう言った。なんとなく弓奈は二人に見とれてしまった。

 伝統ある名門校サンキスト女学園の生徒会長で、美しいハーフの少女小熊アンナ。十七代目学園長 鈴原真理子の長女で、クールでカッコイイ少女鈴原紫乃。そして花畑農家を営む実家に育ち、あやとりと給食を得意とする少女倉木弓奈。学園自治のため三人手を取り合って生徒会を運営していく・・・

 弓奈は少しのあいだ宙を仰いでいたが、やがて大きく息を吸ってこう言った。

「むりむりむりむりむり!」

 

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