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150、女の子×女の子

 

 不思議な卒業式だった。

 三年間自分の家のように慣れ親しんだ学び舎とそこで暮らす人々との別れは確かに淋しい。積み重ねてきた毎日のささやかな風景が実はすべて一期一会のかけがえのないものだったと気付き、弓奈はここへきてとても切なくなった。

 けれど、花に囲まれて育った弓奈の妙な例えで説明をすると、気持ちよく晴れた日の早朝に庭の花壇に水撒きをする時のような爽やかな気分でもあった。それは在校生の代表がいつだってハッピーハイテンションなあかりちゃんであるからかもしれないし、色々なことをやりきった充実感によるものかもしれない。いずれにしても悲しいだけの卒業でなかったことはたしかだ。

「紫乃ちゃん荷物少ないね」

 寮部屋の前で二人は待ち合わせた。すでにほとんどの荷物は段ボールに詰めて送ってあるので今日の帰りはカバンひとつでいいのだが、それにしても紫乃の荷物は少ない。

「計画的に荷物を送っておけばそんな風にはならないです」

「あは・・・ちょっとこれは、ね!」

 弓奈は美術の作品などを丸々残してしまっていたので今日は大きな木彫りのアートフレームを抱えての帰宅となる。

 さて、どこに帰宅するのかという問題なのだが、これを語るにはまず彼女たちの進学先について触れなければならない。学校の先生になりたいと考えている紫乃は当初から都内のお嬢様大学を目指しており、そこに無事に合格することができた。実はかなりギリギリの合格だったのだが合格は合格である。一方弓奈も一か八かで紫乃と同じ大学の試験に申し込んで受験したら、見事に合格してしまった。弓奈は適当に定期試験の答案を作成しても学年総合1位になってしまうほど学業の女神様に愛され、そして取り憑かれているため、真剣にテストを受けたらぶっちぎりで合格してしまうのである。

 二人が合格した東京平成女子大学はサンキスト女学園から電車で25分の場所にあり、紫乃に限っては自宅から通うことすら可能な距離である。しかし弓奈の実家は遠い山奥なのでそうも行かず、一人暮らしのためのマンションを探したのだが、そのマンション探しには紫乃も同行してくれた。最終的に決まったマンションは津久田財閥系のガールズヴィレッジ・シャランドゥレという隣町のタワーのそばにある物件である。なぜここかというと財閥のお嬢様あかりの力によって家賃のとんでもない割引をしてもらえたからであり、そして・・・二人暮らしができる広さがあったからである。

 そう、二人は一緒に住むことにしたのだ。紫乃が「少しでも大学に近いほうが通学に適してます」とか「家賃を半分ずつにすればさらにお得です」とか言って弓奈を説得したためである。寮の荷物の送り先は二人が住むことになった隣町のマンションだったのだ。

 弓奈たちは人に見つからずこっそりと学園から去ろうと思ったのだが、寮の昇降口には既に彼女たちを見送り祝福しようとする出待ちの少女たちが山ほど集まっていた。

「弓奈さまぁー!」

「紫乃さまぁー!」

「おしあわせにぃー!!!」

 まるで結婚式である。

 あかりや舞、そして天然モードの香山先生が口を滑らしまくったせいで弓奈と紫乃の恋についてはもはや学園中の誰もが知っており、廊下を歩いているだけで拍手されてしまうレベルである。別に二人は廊下などで手を繋いで歩いたこともないのに、噂というのは恐ろしいものである。

 二人はまぶしい新春の陽だまりに集まった少女たちの歓声を浴びながらバス停へ向かった。人からキャーキャー言われ慣れている弓奈はともかく紫乃のほうは終始顔を真っ赤にしており、「どいて下さーい!」と言いながらカバンをぶんぶん振り回していた。紫乃は非力なのでそのカバンに当たっても正直あまり痛くない。あかりや美紗は生徒会員なので卒業式の片付けなどがあるため弓奈たちの見送りには来ていないが、あとでマンションに来るらしいので安心である。

 バス停の標識も、車内の広告も、駅前までの道のりも何もかもが最後のような気がして弓奈は胸いっぱいであり、ささやかな思い出のひとつも見逃すまいと辺りをキョロキョロした。

「弓奈さん、落ち着いてください」

「あ、はーい」

 紫乃はやっぱりクールである。



 電車に乗る前に石津さんのアパートへ卒業の報告をしに行こうと思っていたのだが、その必要はなかった。

「弓奈くん!」

「い、石津さん!」

 改札の前で石津さんと香山先生がドーナツを食べながら待っていたのだ。

「卒業おめでとう」

「私からも、おめでとう」

「ど、どうもありがとうございます」

 石津さんはともかく香山先生は卒業式にしっかり出席していたのに先回りがすごすぎる。おそらく最初のバスが出るより前に走って駅前に来たに違いない。やはり彼女は体育教師である。

「あ、あかねさん・・・」

 紫乃がおそるおそる石津さんに声をかけた。

「ん? どうした紫乃くん」

「な、なんでもないです・・・」

「君は変わった子だな」

 日本を代表する歌手が知り合いにいることが紫乃は未だに信じられない。

「これからも君たち二人、手を取り合ってがんばってくれ」

「ありがとうございます! 石津さんも、先生も、がんばって下さい! 応援しています!」

「ああ。気が向いたら音楽番組でも見てくれ。里歌くんにも学園へ遊びに来ればいつでも会えるからな」

「はい!」

 二人に見送られて弓奈たちは電車に乗った。それにしてもお化粧をしていない時の石津さんは本当に誰にもAkaneだなんて気づかれない。元々石津さんは美人なのだが、身だしなみを整えてステージに立った時の美しさがとんでもないレベルなので仕方が無い。



 さて、隣街に着いた。

「それにしても今日はいい天気だね」

「花粉はイヤです・・・」

 本当は紫乃も卒業への充実感と新生活への希望でとってもわくわくしているのだが、そういうのをあまり表に出さないほうがカッコイイので冷静なことをつぶやいてみたのである。

「あれ、紫乃ちゃん鍵持ってたっけ」

「はい」

 二人は先週の日曜に既にマンションを訪れており、届いていた家具の整理などをしておいたのである。

「じゃあ先に部屋行ってガスがちゃんと出るか見ておいてくれる?」

「え」

「私ちょっと買い物していくから」

 弓奈は駅前のスーパーマーケットを指差して言った。紫乃は弓奈に言われた通りのお手伝いをすることに吝かでないが、彼女は弓奈が考えている以上に生活力が無いのでガスの栓などがどこにあるかも理解しておらず、そういう任務を一人でこなすのは不安である。

「・・・わ、私もお買い物をします」

「え、そう?」

「はい」

 二人は仲良く食料品を買った。紫乃がこっそり買い物かごにカップのアイスクリームを入れていたが弓奈は見ないフリをしてあげた。

 弓奈たちはあかりの権力によって最上階の一番東側の角部屋というかなり素晴らしい部屋を借りることが出来た。7階なのでエレベーターに乗るべきである。

「綺麗なマンションだよね」

「そうですね。でもまあ、普通です」

 そんな会話をしながらエレベーターに乗って弓奈が7階のボタンを押し、扉が閉まった瞬間、紫乃が弓奈の腕にそっとしがみついてきた。

「し、紫乃ちゃん・・・?」

 紫乃はなにも言わずに頬を染め、弓奈の肩の辺りに頬擦りしている。彼女は二人きりになると急に甘えだすタイプなのだ。

「誰か乗ってくるかもしれないから・・・お部屋に着いてからにしようね」

 そう言っても紫乃は聞かず、弓奈の腕にずっと抱きついていた。弓奈も自分の腕を抱きしめられる快感にドキドキが止まらなかった。

 エレベーターが7階に到着すると紫乃は何事もなかったかのように弓奈の腕を離れて歩き出した。ただしほっぺはちょっと赤い。

「お隣りはやっぱり空き部屋なんだってね」

「そのほうが気楽でいいです」

「そうかな。どこか行った時にお土産とか買って渡しに行ったりしたかったなぁ」

「夢を見すぎです」

「えへ」

 鍵を開けて部屋に入り、ドアが閉まったとたん、靴も脱いでいないのに紫乃が弓奈に抱きついた。

「し、紫乃ちゃん、早いね」

 紫乃は制服の上から弓奈の胸の感触を味わいたくてぎゅうぎゅう抱きついた。

「紫乃ちゃん、先に手ぇ洗って、冷蔵庫にお野菜入れないとね」

 そう言うと紫乃は小走りに洗面所へ向かった。紫乃は弓奈といちゃいちゃしたくて仕方ないのだ。

「紫乃ちゃん、奥の部屋の窓開けて来てくれる?」

「もう開けました」

「おお、ありがとう」

 紫乃が弓奈のところへやってきて一緒に冷蔵庫を覗き込んだ。紫乃のにおいをふんわり感じて弓奈も胸がきゅんとしてしまった。二人きりの部屋に弓奈ももちろんドキドキしているのである。

「これでよし! もうちょっとしたら晩ご飯の準備するけど、それまでどうしようか」

 紫乃がなにも言わずに弓奈の手を握ってきた。彼女のご希望通りにちょっとだけベッドでごろごろしようかなと弓奈は思った。

 寝室へ行きベッドの上にペタンと座り込んだ二人はぎゅうっと抱きしめ合った。抱きしめあうだけでとっても気持ちいい。制服の上からでもお互いの色んなものを感じることができる。

 紫乃はもうがまんが出来なかった。近頃なかなか二人きりになれず、ずっとがまんしていたのだ。弓奈の体の感触と香りにたっぷりつつまれて、紫乃ドキドキは加速していく。

「はむ」

「し、紫乃ちゃん・・・?」

 紫乃は弓奈の制服の襟元のリボンを口にくわえた。そしてそのままゆっくり口だけを使って引っ張るとリボンはするりをほどけて落ちた。

「し、紫乃ちゃん・・・私まだちょっと、心の準備が・・・」

 二人はクリスマス以降も寮部屋で抱きしめ合ったりしていたが服を脱いだことはなかったので弓奈は少々慌てている。しかし一度スイッチの入ってしまった紫乃はもう彼女の力では止められない。

 紫乃は頬を桃色に染めたまま弓奈のシャツの一番上のボタンがある首元の生地にゆっくり顔を近づけて、はむっと口にくわえた。

「し、紫乃ちゃん・・・!」

 そしてそのまま首を左右に何度か振ると、弓奈のシャツの一番上のボタンは外れてしまった。妙なところだけ紫乃はすごく器用である。

「紫乃ちゃん・・・ほんとに脱がせちゃうの?」

 ほんとに脱がせちゃうのである。紫乃はひとつ下のボタンも口にくわえ、ゆっくり大きく首を横に振って外した。するとはだけていくシャツの隙間から弓奈の胸の綺麗な谷間が見えてきたので紫乃はとっても興奮して体の芯がじんじんした。そのまま弓奈の香りと胸の感触を感じながらもうひとつ下のボタンも開ける。紫乃はもう頭がくらくらした。

 弓奈のほうも、なぜか動物っぽい動きをするようになった大好きな紫乃ちゃんに、口だけを使ってゆっくりシャツのボタンを開けられていき、あまりのドキドキに全身が火照ってしまった。

 シャツのボタンはとうとうおへその辺りのものまで外されてしまった。

「しょうがないから・・・シャツ脱いでみようかな」

 覚悟を決めた弓奈は照れ笑い気味にそうつぶやいて、するりとシャツを脱いだ。まるで花が咲くように、透き通るすべすべの白肌が紫乃の目の前に現れた。ほんのり桜色に染まって見える桃の実みたいなおっぱいを、天使の羽のような色をしたブラジャーがやさしく抱きしめているこの光景はいつか紫乃が夢に見たとおりだったため、紫乃は興奮のあまりそばにあった枕をばふばふと音を立てて抱きしめた。夢の続きを現実で見られると思うと幸福感が押さえきれないのである。

 が、二人きりのステキな時間に残酷な電子音が響いた。インターフォンである。

「だ、誰か来たね」

 弓奈は慌ててブラの上に直接セーターを被り、モニターの前に走った。

「ど、どちらさまですか?」

「あかりでーす! 美紗ちゃん雪乃ちゃんもセットで来ちゃいました! おじゃましてもいいですかぁ?」

「あ、う、うん! どうぞ。今ロック開けるね」

 来客があったとき階段およびエレベーターに通じる一階エントランスの扉のロックは住人がモニター越しに解除できる。

「あかりちゃんたち来るって。いろいろ片付けないと」

「んー!」

 紫乃はベッドの上で暴れていた。



「このフライパン、使い易いですねぇ!」

「ああ、それは新しく買ったんじゃなくて寮で使ってたやつをそのまま持ってきたんだけどね」

「そうなんですかぁ、いい匂いしてきましたね!」

 あかりたちが食材を差し入れてくれたのでみんなで少し早めの晩ご飯を作って食べることにしたのだ。調理は主に弓奈とあかりで、紫乃と美紗は物干台の設置を行っていた。雪乃はバニウオと一緒に楽し気に部屋の中を探検している。

「あれ? 弓奈おねえさま、結構薄着なんですね」

「あ! こ、これはね、たまたまさっき部屋が暑くてシャツだけ脱いだの」

「そうなんですか」

 暑かったら普通セーターの方を脱いでシャツは着ているものだが、あかりはそこまで考えが回らなかった。

 ベッドの上で飛び跳ねていた雪乃が誰かの制服シャツを見つけて首を傾げている頃、晩ご飯は完成した。

「みなさーん! ごはんですよぉ!」

 献立はクリームシチューとほうれん草のソテーである。

「いただきまーす!」

 このメンバーでこうして同じ食卓を囲む機会は今後ぐっと減ることになる。ちょっぴり切ない晩ご飯のシチューは弓奈の胸にじんわりと染みた。

「おねえさま・・・」

 それまで楽し気に湯煙妖精草津ちゃんというアニメの話をしていたあかりが急に淋しそうな顔をした。

「また・・・遊びに来てもいいですよね!」

「わ、私もまたお邪魔させて頂けたら幸せでございます・・・」

「わたしも」

 あかりも美紗も雪乃も弓奈たちと離れたくないのだ。しかし幸い弓奈たちのマンションは電車でわずか一駅の場所である。会おうと思えば毎日だって会えてしまう距離なのだから、そんなに淋しがる必要なんてない。

「うん! いつでもおいで。大学とかアルバイトがないタイミングだったらいつでも大丈夫」

「でも私と弓奈さんは忙しいのでインターフォンに出られないタイミングだってあるかも知れないということを覚えておいて下さい」

「わかりました! 」

 紫乃は先程のことを根に持っている。

「それじゃあ弓奈おねえさま、紫乃先輩、お邪魔しました!」

「こ、これからもお二人でがんばってください!」

「がんばってね」

 一階まで送ろうかと弓奈は言ったのだが部屋で見送ってくれれば充分らしい。

「ありがとう、みんなもがんばってね」

 弓奈が雪乃ちゃんの頭をなでなでしてあげると彼女は大層喜び、弓奈にしがみついてきて離れなかったが、美紗が「ゆ、雪乃さん、そろそろ帰りましょう」と言うと大人しく離れて美紗と手を繋いだ。美紗は顔を真っ赤にしているが、お互いに信頼関係を築けているようである。これなら安心だ。

「それではぁ! さようならぁー!」

 あかりたちが大声でお別れの挨拶をしてくれるので、弓奈も彼女たちがエレベーターに乗るまで黙って手を振った。マンションの廊下では絶対に騒いではいけない。



 さて、再び二人きりになった。

 紫乃はさっそくベッドの上に戻り、布団の中へ潜ったり出たりを繰り返した。弓奈も先程の雰囲気の再開を楽しみにしていたところがあるので、一緒にベッドの上にあがった。そしてさっきと同じ状況にするため、つまりブラをまた紫乃に見せてあげるためにセーターをさらりと脱いだ。紫乃はベッドにペタンと座り、この綺麗なお肌に思い切り抱きついてすりすりできたらどんなに幸せだろうと考えて顔を真っ赤にしていた。

「ねえ紫乃ちゃん・・・」

 弓奈が恥ずかしがりながらそっとつぶやいた。

「紫乃ちゃんのも・・・見たいな」

 自分だけこんな格好するのはイヤなのである。

「いい・・・?」

 紫乃は返事の代わりに頬を染めたままゆっくり弓奈に近づいて背筋を伸ばしてくれた。どうぞ、という意味らしい。

 まるでプレゼントを開ける時のような気分、もしくはカワイイお人形の服を脱がすような気分だった。指先でリボンをつまんでしゅるんとほどき、シャツのボタンをひとつひとつ丁寧に外していく度に、弓奈と紫乃の心がずっと深いところで繋がり合っていく感じがした。とても心地いい感覚である。

 弓奈はボタンを全て外し終えると、まるで神聖な行為であるかのようにゆっくりと震える指先で紫乃からシャツを脱がした。それくらい紫乃の素肌が綺麗だったのである。今すぐ抱きしめたい・・・抱きしめて、いっぱいなでなでしたい・・・弓奈はそう思った。

「紫乃ちゃん・・・」

 抱きしめていいかなと言いかけた瞬間、再びインターフォンが鳴った。弓奈はまたセーターを上に着てモニターの前に走った。

「は、はい? どなたですか?」

「安斎舞っていう元テニス部員とそのおまけでーす♪ ちょっと様子見にきたよーん」

「あ、はい、どうぞー・・・!」

 舞たちである。これまたわるいタイミングでやってきたものだ。

「舞ちゃんたちが来たよ。紫乃ちゃんも服着ないと」

「んー!」

 紫乃は悔しそうに布団の中であばれた。



「なんだよ、もう晩メシ食べちゃったのか」

「うん、ごめんね」

「じゃ何か他に手伝うことないの? このまま帰るのやなんだけど」

 舞は弓奈たちとは違う大学に進んだのだが、舞の友達は舞と同じところへ進学した。二人で暮らすわけではないがかなり近所のマンションで暮らすことになったらしい。仲がよくてなによりである。

「じゃあバスタブを磨いてください」

「風呂掃除はなんか面倒だからパス」

「もうそれくらいしか仕事は残ってないです」

「マジかよぉ・・・じゃあ鈴原も一緒にやるぞ」

「え、私は弓奈さんとお茶をします・・・」

「ほらほら、行くぞ」

「わぁ!」

 紫乃は舞に連れられてお風呂場に行ってしまった。



「素敵なマンションですね。私のところはもっと古くて、それにユニットバスですし」

「そうなんだ。全部あかりちゃんのお陰だから感謝しないとなぁって思ってるの」

「んー、私も津久田さんにお願いしてみようかな。津久田財閥系のホームセンターこの辺りにもいっぱいありますよね」

「あ、えーと・・・ホームセンターロケットパセリだっけ」

「そうそう、ロケットパセリ。あれの割引券とか貰えないかなぁ」

「今度話してみるね!」

「お願いしまーす!」

 舞の友達と弓奈は何気に仲がいいためお茶を飲みながらの雑談にも花が咲いた。



「おいネコ」

「ネコじゃないです・・・」

「随分広い風呂だけど、これ一人で入るの?」

 何気ない舞の言葉に紫乃はバスタブの中でひっくり返るところだった。

「あ、あ、あ、あたりまえです!」

「まじで? 一緒に入ったら倉木も喜ぶんじゃないの」

「そ、そんなことないです・・・」

 紫乃は耳まで赤くしながら浴槽をごしごし磨いた。

「鈴原」

「なんですか」

 呼ばれて顔を上げると、舞の顔が目の前にあった。

「な、なんですか・・・」

 舞は白い歯をきらきらさせながらニッと笑って紫乃を頬をつついた。

「なんですかっ、ちょっと! やめてください」

 散々紫乃のほっぺをつついたあと舞はちょっと小声で、けれどさわやかにこう言った。

「鈴原、おめでとん♪」

「え・・・」

「おめでとん♪」

 紫乃は恥ずかしくなってうつむき、スポンジを泡立てながら小さい声でお礼を言った。

「・・・あ、ありがとうございます」



「そんじゃ帰るね!」

「うん! また来てね!」

 舞たちとも部屋の玄関でお別れである。

「はいよ。突然来るからいつでももてなしてくれよ」

「突然は来ちゃダメです。固定電話もありますから2週間前までにきっちり連絡を入れてください」

「はーい、覚えてたらね」

 舞は間違いなく連絡なしで来るだろう。

「倉木さん、鈴原さん、今まで本当にありがとうございました」

 舞の友達は丁寧に頭を下げた。こういう人ばかりならこの星はもっと穏やかに自転するだろうなと紫乃は思った。

「そんじゃあね」

「失礼します」

 エレベーターへ向けて歩き出した二人の背中に、弓奈は思わず声を掛けてしまう。

「あの!」

「ん?」

「舞さんのお友達さんに質問というか、ずっと気になってることがあるんですけど・・・訊いてもいいですか?」

「わ、私に? い、いいですよ」

 弓奈は少し照れながら尋ねた。

「お名前・・・なんていうんですか」

 質問を聞いて舞の友達は一瞬驚いてクスクス笑い出した。彼女の名前は先生ですら忘れてしまうものなので無理もない。日頃からもっと存在感を出して生きて良いのである。この星で暮らす人間に脇役なんて一人もいないのだから。

 舞の友達は深々と頭を下げて自己紹介をしてくれた。

「私、細川遥っていいます。よろしくお願いします!」

「こちらこそ! また来てね! 舞ちゃん、遥ちゃん!」

「はい!」

 また廊下で大声を出してしまった。今日だけなので住人のみなさんは目をつぶって頂きたいところである。



 さあ、いよいよ二人きりの時間がやってきた。

「紫乃ちゃん、バスタブの栓してくれてあるかな」

 呼びかけても返事が無い。もうベッドへ行ってしまったらしい。仕方ないので弓奈は自分でお風呂場を確認してからお風呂のスイッチを入れた。

「えーと、お湯張りスタート」

 便利な時代になったものである。

「おまたせ紫乃ちゃん」

 寝室へ行くと紫乃がもうセーターを脱いで弓奈を待っていた。もう外が暗いので寝室の電気を点けようと思ったのだが、明るい部屋で服を脱ぐのは恥ずかしいので間接照明だけを点けることにした。

「それじゃ・・・私も脱ぐね」

 弓奈はセーターを脱いだ。これで二人は下は制服スカート、上はブラジャーのみというなかなかハイセンスな格好になった。

「次・・・どうしようか・・・」

 弓奈はベッドの上で紫乃の正面にぺたんと座ってそうつぶやいた。紫乃は枕を抱きしめながら弓奈の胸をじっと見つめた。

「ど・・・どうする・・・?」

 しばらくすると、紫乃が枕をばさっと布団の上に放り出すと、弓奈のブラの向かって左側のおっぱい部分の端をパクッとくわえてきた。

「し、紫乃ちゃん・・・!」

 弓奈のブラジャーを口にくわえた紫乃の喜びは言うまでもない。夢にまで見た弓奈のおっぱいのやわらかさとすべすべ感を鼻先で感じられたのだから。

「紫乃ちゃん・・・ひ、ひっぱらないで」

 紫乃は弓奈のブラを口だけでくいくい引っ張った。「脱いで! これ脱いで!」という合図である。

「く、くすぐったいよ紫乃ちゃん・・・」

 紫乃はブラの端をくわえたまま首を左右にぶんぶん振ってみた。こうなってしまった弓奈ももう脱ぐしかない。

「わかった、わかった。今ホック外すからちょっと待ってね」

 弓奈が自分の背中に腕を回す。紫乃はブラジャーをくわえたまま鼻先を弓奈の柔らかい胸にすりすりしてホックが外されるのを待った。

「でも、ミルクは出ないからね。紫乃ちゃん」

 夢と全く同じ展開に紫乃が鳥肌を立てたその瞬間、なんと誰かが玄関の扉をノックしてきたのだ。

「え! だ、誰だろう。インターフォンも鳴ってないのに!」

 弓奈は外れかけのブラをしっかり付け直し、セーターを着て玄関へ向かった。



「ど、どちらさまですか?」

 ドアを開けるとそこにいたのは髪が少し短くなった金髪のおねえさんだった。

「こ、小熊先輩!?」

「こんばんは♪ 弓奈ちゃん」

 そういえばこの人がまだいた。

「もしかしてお二人の時間を邪魔しちゃったかしら」

「い、いいえ。別に・・・」

 わざとやってるんじゃないかとすら思えるタイミングだった。

「大丈夫、すぐに帰るわ。ちょっと弓奈ちゃんたちにご挨拶に来ただけなの」

「そういえばエントランスを通らないでどうやってここまでいらしたんですか」

 いくら天才とは言えロックを解除して入って来られたのではセキュリティの問題である。

「んもぅ、何も知らないのね。私はこのマンションに住んでるのよ」

「ええ!?」

「5階の南側のお部屋、511号室にね♪」

「きょ、去年からですか?」

「そうよ」

 全く知らなかった。おそらくあかりちゃんも知らなかっただろう。

「二人の邪魔はしないって約束するけど、時間があったらいつでもいらっしゃい。おいしい紅茶をご馳走してあげるわ♪」

「あ、ありがとうございます」

「ところで鈴原さんは?」

「あ・・・えーと」

 寝室でふてくされている。

「あら、やっぱり私はすぐにおいとましないとダメみたいね」

「い、いえそんなことは」

「いいわ。また今度お邪魔させてもらうわね♪」

「す、すみません」

「いいのよ♪」

 先輩は指先で弓奈の腰のラインをゆっくりなぞった。

「ちょっと、やめてください・・・」

「あらあら」

 先輩は笑いながら弓奈の耳元に唇を寄せると、妙にいやらしい声でそっとささやいてくれた。

「お風呂は鈴原さんと一緒に入りなさいね」

「え・・・」

「それじゃあね、弓奈ちゃん♪」

 ドアが閉まった瞬間、お風呂が沸いたアラームが部屋に響いた。一体小熊先輩はどこまで計算しているのか。



「紫乃ちゃん、先輩帰ったよ」

「・・・そうですか」

「あ、あの・・・私さ、お風呂にも入りたいんだけどさ」

「お、お風呂ですか」

「どうする?」

 紫乃は枕を抱きしめて顔を隠した。

「ど、どうするっていうのは・・・どういう意味ですか」

「えーと・・・」

 弓奈はもじもじしながら紫乃に提案することにした。

「かなり広いお風呂だし・・・一緒にどうかなと思って」

 小熊先輩に言われるまでもなく弓奈は紫乃と一緒にお風呂に入りたいと思っていた。しかし、今まで誘う勇気が出なかったのである。先輩には感謝しなくてはならない。こういうのは初日で別々に入ってしまうとそれが当然になって二人で一緒にお風呂に入るきっかけを失う可能性があるからだ。

「しょ、しょうがないですね・・・」

「いいの?」

「い、一緒に入ってあげます・・・」



 キッチンの整理をしてから行くから先に入っててと弓奈に言われた紫乃は、脱衣所でこそこそと裸になり、新品のボディーソープの類いとタオルを持ってお風呂場に突撃した。ぼんやりピンク色をした夢の中にいるような不思議な空間である。紫乃は弓奈が入ってくる前に湯船に浸かっていたかったので急いで体と髪を洗うことにした。

 やがて磨りガラスの向こうに弓奈の影がやってきた。紫乃は広い湯船にたっぷりと浸かって敢えてそっぽを向き、弓奈を待った。

「あれ、シャンプーとか持って入ってくれた?」

「は、はい」

「そっか、ありがと」

 というやりとりののち、弓奈が入ってきた。湯煙の中でも直視できぬほどに弓奈の裸は美しく、視界のはじっこに捉えただけで紫乃はどうにかなってしまいそうだった。弓奈は紫乃にちょっぴり背を向けながら体や髪を洗った。弓奈が髪を洗っている時に紫乃はこっそり弓奈の体を見てしまったが、真横から見たおっぱいの艶やかさに頭がくらくらした。

「広いお風呂だね」

「は、はい。はい」

 緊張しすぎて二度返事をしてしまった。

 体を洗い終えた弓奈が湯船に入ってくる気配を感じて紫乃は弓奈に背中を向けた。

「よいしょ」

 湯船のかさが増して心地よい湯波が紫乃の首を撫でた。

「気持ちいいねぇ・・・」

「は、はい」

 二人はほぼ背中合わせの体操座りである。彼女たちは黙ったままじっとお互いの様子をうかがっていた。

「し、紫乃ちゃん・・・」

 しばらくして意を決して弓奈が口を開いた。

「紫乃ちゃんに・・・お願いがあるんだけど」

「な、な、なんですか」

 湯船の中でそっと二人の手が重なった。

「そっち向いてもいいかな・・・」

「あ・・・こ、こっちですか」

「うん・・・そっち・・・」

 紫乃は心の準備をして背筋を伸ばした。

「しょ、しょうがないですね・・・ちょっとだけならいいです」

「ありがとう・・・じゃあ、向くよ」

 弓奈はちゃぽんちゃぽんを湯を揺らしながら反転し、紫乃の背中に辿り着いた。

「あ・・・あんまりじろじろみないで下さい」

 大好きな紫乃が今、目の前で自分のために裸のお背中を見せてくれていることが弓奈は幸せで仕方が無かった。抱きしめたくなる細い体は弓奈のハートをぐんぐんぐんぐん誘惑していった。

「紫乃ちゃん・・・」

「・・・なんですか」

 弓奈はちょっぴり紫乃の耳に口を近づけた。

「ぎゅってしていいかな・・・」

 あまりに色っぽい声に紫乃は肩をビクッとさせてしまった。弓奈は素直な女であるが故にエッチな気分になると非常にセクシーな言動を自然にできちゃう女なのである。別に紫乃の反応を見たくてわざとやっているわけではない。

 紫乃は返事をする代わりにこくんとうなずいた。

 弓奈は紫乃の背中にやさしく抱きついた。胸も、お腹も紫乃に密着させ、腕をぎゅうっと紫乃の胸のほうへ回した。

「ん・・・!」

 紫乃はあまりの気持ちよさに思わず呼吸を止めてしまった。すべすべのおっぱいを背中にぽよんと感じ、それがさらにぎゅうと自分の体に押し付けられ、耳元で弓奈の吐息を感じるのだから紫乃のドキドキのレベルは計り知れない。

「紫乃ちゃん・・・」

 弓奈はここで近頃がまんしていた紫乃へのチュウの欲求に駆られた。そして紫乃の濡れた肩や首筋、耳の辺りに小さく優しいキスをし始めたのである。


『チュ・・・チュ・・・チュ・・・チュ・・・』


 紫乃のおいしさに弓奈はキスが止まらなくなってしまい何度も何度もチュウをした。そしてキスをする度にさらにつよく紫乃を抱きしめた。

 紫乃はあまりの幸せのために呼吸がとても乱れた。あつい・・・あつい・・・あつい・・・あつい・・・中からか外からか分からない熱さが、紫乃のがまんの限界に達した。

「あ、あついです」

 紫乃は湯船からあがった。

「さ、さ、先に出てます・・・」

「そ、そっか。私もすぐ出るね」

「はい・・・」

 紫乃は脱衣所で体を拭きながら、まだ呼吸を整えられずにいた。こんな夢みたいなことを自分は毎日できるのだろうかと思うと恐ろしくなってしまう。ところが、紫乃の幸せはこんなものではなかったのである。

 紫乃がドライヤーを使う音が聴こえなくなった時点で弓奈も脱衣所に出た。先程はあまりに紫乃が可愛かったからといって少々はしゃぎ過ぎてしまった感じがあったから、このあとはもっと気をつけようと弓奈は思った。



 ダイニングで紫乃ちゃんがカップのアイスを食べていた。さっき買ったやつである。

「いいなぁそれ」

「もうひとつあります」

「食べちゃおっと♪」

 弓奈は紫乃の隣りに座ってアイスを食べ始めた。

「紫乃ちゃん」

「なんですか」

「そっち何味?」

「ミルクです」

「ちょっとくれない?」

「え」

 スプーンを持つ紫乃の手が止まった。

「一口だけ」

「い、いいですけど」

「やった」

 弓奈は自分のスプーンを弓奈のカップに伸ばして一口もらった。

「おいしい♪」

 紫乃が弓奈のアイスをじっと見つめている。どうやら彼女も弓奈のアイスが欲しいらしい。

「こっちはイチゴ味だよ、食べる?」

 そう訊くと紫乃はちょっと嬉しそうに自分のスプーンを伸ばしてきたが、それより先に弓奈は弓奈のスプーンでアイスを一口すくい、紫乃の口元に差し出した。

「あーん♪」

「あ、あーん! なんて、で、できないです!」

 紫乃は必死に首を振った。シャンプーの香りが弓奈のところまで届く。

「誰も見てないんだよ。はい、どうぞ♪」

 紫乃はうつむいて何か考えていたが、やがて弓奈のほうを向いて目を閉じ、小さなお口を開けてくれた。なぜ目を閉じたのかは不明である。

「はむ」

 アイスが口の中に入ったとたん、甘い甘い間接キスの味に紫乃は頬や耳がじんじんした。湯冷めの心配がない生活である。

 二人はアイスを食べ終わったあとも、しばらくダイニングで今後の食料品調達や大学での計画、アルバイトなどについて語り合った。ちなみに弓奈はこのマンションの近所にある洒落たパン屋に狙いを定めており、今日アルバイト募集のチラシを貰ってきていたのだ。弓奈は寮にいた頃にも自力でパイなどを作っていた少女なので適正は充分にあるはずだ。

「そういえば紫乃ちゃん」

「なんですか」

「紫乃ちゃんの好きなアップルパイ、今度作ってあげるからね」

 紫乃はほわっとほっぺが温かくなった。弓奈の作るアップルパイはまちがいなく世界一美味しい。

「あ、ありがとうございます・・・」

「えへ。楽しみにしててね」

 ここでふと時計を見るともういい時間である。明日に備えて寝る準備を始めるのもいいかもしれない。

「じゃちょっと歯磨いて寝る準備するね」

「あ、はい。私も」

 ちなみに今日買ってきた歯磨き粉は紫乃の希望により青リンゴ味のものになった。最近の歯磨き粉は食べられるのではないかと思うほど美味しいものがある。

「ねえ紫乃ちゃん」

「はい」

「もうちょっとだけさ、おしゃべりしよう?」

 寝る準備を終えた弓奈は寝室のベッドに腰掛け、紫乃を隣りに座らせた。

「お話ですか」

「うん」

 部屋の電気を暗くし、先程と同じように間接照明だけを点けた。ロマンチックな雰囲気に紫乃の胸も高鳴る。

「紫乃ちゃんはさ・・・」

「・・・はい」

 ドキドキしている時紫乃は声が高くなるタイプの女である。

「いつ頃から・・・その・・・」

 弓奈は照れてしまった。

「いつ頃から・・・私のこと好きでいてくれたの・・・?」

「え・・・」

 紫乃は恥ずかしくてすぐに答えることが出来ず、足をぶらぶらさせた。

「ちなみに私はね・・・いつから紫乃ちゃんが好きだったのか・・・あんまり思い出せないんだ」

「・・・そうなんですか」

 温かな照明の色が天井に貝殻のような模様を作っている。

「去年のクリスマスにね、私・・・少し様子がおかしかったの覚えてる?」

「去年の・・・」

「あ、えーと一昨年かな。この前のじゃなくて、その前の年のクリスマスイブ」

 そういえば少しおかしかったかも知れないなと紫乃は思った。

「実はあの日にね、私気づいたの・・・私は紫乃ちゃんのことが好きなんだって・・・」

 だんだん紫乃の体温が上がってきた。

「でもね・・・もしかしたら・・・もっと前から好きだったのかもしれない・・・夏に京都に行って、久々に紫乃ちゃんに会った時、なんかこの人は特別だなっていう感じがしたし・・・それが恋だってことには気づいてなかったけど」

 弓奈に甘えたい気分になってきてしまった紫乃は、そっと弓奈に寄りかかった。

「あ・・・紫乃ちゃん・・・」

 ふわっと柔らかい紫乃ちゃんの感触と匂いで弓奈もドキドキしてきた。

「し、紫乃ちゃんはさ・・・私のこと・・・いつから好きだったの?」

 紫乃はやさしく弓奈の肩にほっぺをすりすりしながら、ごくごく小さな声で答えた。

「初めて会った日からです・・・」

「え・・・」

「初めて・・・あなたを見た日から・・・ずっと・・・」

「ほ、ほんとに!?」

 紫乃は弓奈に寄り添ったままそっとうなずいた。

「ずっと弓奈さんが好きでした・・・」

「そうなんだ・・・」

「一緒に・・・横浜の遠足へ行きましたよね」

「うん・・・」

「あの時も・・・好きでした・・・」

「うん・・・」

「私の家に泊まりに来てくれた日もありましたね・・・」

「あったね・・・」

「あの時も・・・好きでした・・・」

「そうなんだ・・・」

 紫乃は弓奈の手をぎゅっと握りながら話し続けた。

「生徒会で・・・喫茶店をやった日もありましたね」

「うん・・・」

「あの時も・・・好きでした・・・」

「うん・・・」

「そこのタワーへ行って雪乃のぬいぐるみを買った時もありましたね・・・」

「うん・・・」

「あの時も・・・好きでした・・・」

「うん・・・」

「ヴァレンタインの日に・・・ココアを飲ませてくれたこともありましたよね・・・」

「うん・・・うん・・・」

「あの時も・・・あの時も・・・好きでした・・・」

 いつのまにか紫乃は泣いていた。今までずっと抱え込んでいた淋しさや切なさが、どんどん溶けて輝きながら消えていくような感じがして胸がいっぱいになっていったのである。

「それから・・・私の誕生日に・・・私に・・・内緒で・・・あやとり・・・あやとりを・・・」

「うん・・・うん・・・」

「あの時も・・・大好き・・・大好きでした・・・うう・・・」

「紫乃ちゃん・・・!」

 弓奈は紫乃を思い切り抱きしめた。紫乃も弓奈にぎゅっとしがみついた。

「それから・・・それから・・・」

「紫乃ちゃん・・・!」

「今も・・・大好きです・・・大好きです・・・」

 弓奈はあまりに紫乃をつよく抱きしめたため彼女を押し倒す形になってしまった。

「紫乃ちゃん・・・私も・・・大好き・・・大好き・・・」

「うん・・・」

 とても温かかった。お風呂上がりのお互いの匂いや温もりが首のあたりにとても心地よくて、今までの全てが報われたような感じがした。

 およそ一分間そのままの形で弓奈は紫乃に覆いかぶさっていたのだが、紫乃の涙は少しずつ収まってきたが、ちょっとエッチな感情も元気を取り戻してきてしまい、気づいたら紫乃の息づかいがちょっとエッチなものになっていた。

「あ・・・紫乃ちゃん大丈夫・・・?」

 返事をせずにぎゅっと腕に力を込めてくる。これはいつもの甘えん坊モードである。

「紫乃ちゃん、今までがまんしてきたんだから、何でもしていいよ」

 弓奈は紫乃の耳元でやさしくささやいてから体を起こした。

「今までできなかったこと、なんでもしていいよ。私でよかったら、紫乃ちゃんのために一肌でも二肌でも脱いであげる」

 ちょっと涙目の紫乃は体を起こし、ベッドの上でもじもじした。なかなか口に出すことはできないし、飛び込む勇気も出ない。

「じゃあ、紫乃ちゃんの好きなところにチュウしていいよ。どこがいい?」

 紫乃は自分の鼓動が聴こえるくらいドキドキしてきた。

「もしかして・・・ここ?」

 弓奈は自分の胸を指差してあげた。今日一日を振り返ってみても紫乃が弓奈のおっぱいに興味を持っていることは明らかだ。

「じゃあ、ちょっと待ってね」

 弓奈はパジャマの上を脱いだ。ちなみに弓奈は寝る時も就寝用のブラを付けている。

「ここ・・・はむってする?」

 弓奈はちょっと笑いながらブラの端を指差してみた。すると紫乃は飛びつくようにブラの端をパクッとくわえて引っ張った。

「分かったよ、今外すからね」

 紫乃が首を左右にぶんぶん振ってブラを動かしていると、ある瞬間でほどけるようにするりとブラが外れた。そこで紫乃の目の前に現れたのが、もう想像することさえ出来なかった弓奈の女の子な部分である。例えるとしたら、食べる前からでも分かる、世界で一番おいしいくだものである。

 紫乃はどうしていいか分からず弓奈のブラを両手で引っ張ったりにぎにぎしたりしていた。

「紫乃ちゃん・・・」

 弓奈に呼ばれて紫乃はドキッとした。

「好きなところにチュウしていいよ・・・おいで」

 そんなセリフとともに弓奈に頭を撫でられて、固まっていた紫乃の心が前へ動いた。ゆっくりゆっくり弓奈の胸に口を近づける。弓奈の体温がほんのり感じられる位置まで来て、自分が呼吸を止めていることに気付き、紫乃は大きく息を吸い込んだ。ああ・・・弓奈さんのにおい・・・そう思った時にはもう紫乃の唇は弓奈のおっぱいに辿り着いていた。

 ふわっとした弾力とすべすべの感触が紫乃の頭の中をすっかり痺れさせてしまい、そのまま紫乃は弓奈の胸の谷間にぱふんと落ちてしまった。

「し、紫乃ちゃん・・・大丈夫?」

 顔いっぱいに広がる温かいすべすべふわふわぷるぷるの世界に紫乃は気を失う直前だった。

「チュウしていいよ」

 そういわれて紫乃は必死に唇に当たっている部分をちゅっとしようと思ったが、見事に谷間だったため上手くいかない。

「紫乃ちゃん・・・顔いったんあげてごらん」

 弓奈はそっと紫乃の体を起こしてあげた。紫乃は呼吸が乱れまくりである。

「どっちがいい?」

 弓奈は紫乃の前で右のおっぱいと左のおっぱいを指差した。

「こっち? じゃあ・・・はい」

 弓奈は自分から紫乃の口元におっぱいを持っていってあげた。すると紫乃は弓奈がびっくりしてしまうくらい上手に胸をチュッと吸ったのである。

「あっ・・・で、できたね、紫乃ちゃん」

 紫乃はこの瞬間からスイッチが入ってしまったらしく、まるで赤ちゃんのようにひたすら弓奈の胸に甘え続けた。てっぺんをちゅっちゅしたり、その周りはむはむしたり、頬をすりすりしたり、顔を思いきり押し当てたり、谷間で溺れたり・・・弓奈のおっぱいのあまりのおいしさにもうすっかり病み付きな様子で、姫カットの髪も乱れまくりである。弓奈のほうも紫乃の柔らかい唇や温かいお口、可愛い舌を胸で感じてとても幸せだった。

「し、紫乃ちゃん・・・どう? おいしい?」

 そう尋ねると紫乃は「クーン」と甘えた声で返事をした。とってもおいしいらしい。

「ね、ねえ紫乃ちゃん・・・私からも・・・お願いがあるんだけど・・・」

 紫乃は「もうお願いでも何でも聴いてあげます」とばかりに弓奈の背中に回した腕にぎゅうっと力を込めた。

「私も・・・紫乃ちゃんの体の好きなところにチュウしていい?」

 弓奈があごの辺りに手を添えてそっと顔を持ち上げると紫乃はチュパッと小さな音をたてて弓奈のおっぱいから離れてくれた。弓奈はそんな彼女をやさしく押し倒した。まず弓奈は紫乃のパジャマを脱がしてあげたのだが、この時の紫乃はとても大人しく、されるがままで、ちょっと内股になったままベッドの上をごろごろ転がってばかりだった。紫乃は寝る時にブラなんて付けないので一枚脱がせたら丸見えなのだが、きっと恥ずかしいだろうという配慮から、弓奈はすぐに紫乃に覆いかぶさるように抱きついてあげた。

「紫乃ちゃん・・・あったかい・・・」

 全身に染み込んでくるような弓奈の感触と温もりに紫乃はくらくらした。もっともっともっと抱きしめてほしいと紫乃は思った。

「私の好きなところに・・・チュウするね・・・」

 紫乃はゆっくりうなずいた。

 まず弓奈の唇が向かった先は紫乃のほっぺである。


『チュ』


 そして続けて耳、首筋、鎖骨のあたりである。


『チュ・・・チュ・・・チュ・・・』


 キスはどんどん続いていく。弓奈は紫乃の体全部が好きなのである。

 弓奈のやさしいキスで体じゅうに告白され続ける紫乃は激しく身悶えした。腕にも、指先にも、胸にも、お腹にも、ふとももにも、背中にも・・・まるで弓奈の愛がシャワーになって紫乃の全身に降り注いでいるかのようだった。いつのまにか紫乃は弓奈の体にぎゅうっと抱きついていた。

「し、紫乃ちゃん・・・」

 おっぱいとおっぱいがキスするのがとても素敵で、二人はぎゅうぎゅう抱きしめ合って全身をすりすりした。

「私の全部をあげるから・・・紫乃ちゃんの全部を・・・私に下さい・・・」

 お互いのすべすべの内ももをすりすりし合うのがとても幸せで、紫乃は頭の中が真っ白になる直前だったが、一生懸命にうなずいた。

「うん・・・うん・・・うん・・・・」

 弓奈は全身が紫乃一色に、紫乃は全身が弓奈一色になった。

「ありがとう・・・私、すごく幸せだよ・・・紫乃ちゃん・・・紫乃ちゃん」

 私も幸せ・・・そう言おうとした唇を、弓奈の魔法の唇がやさしく塞いだ。お陰で紫乃の頭の中はいよいよ真っ白、朝まで記憶をなくしてしまうことになるのだが、最後に言いかけた紫乃の言葉は唇を通じて弓奈の心に直接伝わったことは間違いない。




 紫乃はベッドの上でカーテンから漏れる朝日が天井に描いたストライプをぼんやり眺めていた。

「おはよう紫乃ちゃん♪」

「わ!」

 トーストの焼ける香りと一緒に、エプロン姿のポニーテールが寝室に入ってきた。

「ゆ、弓奈さん・・・」

「おはよう。ゆっくり眠れた?」

 そう訊かれて紫乃は昨晩のことを思い出し、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしてまた布団に潜ってしまった。

「だ、大丈夫だよ・・・その・・・私も・・・嬉しかったから」

 弓奈は照れながらにっこり笑うと、「あー! 目玉焼きがー!」と騒ぎながらキッチンに戻っていった。

「紫乃ちゃーん! 朝ですよぉ」

 弓奈が再びやってきた。今度は枕元を覗き込み、お布団をはがしてかかったが、紫乃は恥ずかしくてなかなか顔をださない。

「早くしないと、紫乃ちゃんの分のハニートースト食べちゃうぞっ」

 指先をくすぐられながらそう言われて紫乃はちょっぴり顔を出した。朝日を後光にして微笑む弓奈を見て、相変わらず弓奈さんは天使のようだなと紫乃は思った。

「捕まえた! さあほら、起きましょう!」

「わ、わかりました・・・」

 もう仕方が無い。恥ずかしいけれど紫乃はベッドから出た。

 顔を洗いながら、そういえばなんで自分は今パジャマを着ているんだろうかと紫乃は思った。実は紫乃が恥ずかしさで卒倒しないように朝一番に弓奈がこっそり着せてくれていたのである。それまで紫乃は裸のままで得意のうつぶせを弓奈にしがみついた状態で披露して寝ていたのだ。

「今日は足りない生活用品を揃えて、授業計画を立てて、バイト先に電話をする、って感じかな」

「生活用品ってなんですか」

「液体洗剤とか制服保管用の防虫カバーとか、あとは炊飯器も見たいんだよねぇ。そろそろ買い替え時みたいで」

「炊飯器ですか・・・」

「安いのは安いと思うんだけどね、まあちょっと電気屋さんに行ってみたいかなっていう感じ」

「なるほど」

「こんなところですが隊長、今日もがんばりましょう!」

「隊長じゃないです」

 紫乃は少しずつ調子を取り戻してきた。今日もクールに頑張れそうである。

「紫乃ちゃん」

「はい?」



『チュ』



 振り向こうとした瞬間に、ほっぺを弓奈にキスされてしまった。その拍子に手に持っていたハニートーストをお皿の上に落としてしまった。一気に昨晩の感覚と興奮が体中によみがえってゾクゾクしてしまったのだ。

「紫乃ちゃん、落としちゃダメだよ」

「ゆ、弓奈さん・・・やめてください」

「はい、あーん♪」

「え! あ・・・あーん」

 弓奈が眩しいほどの笑顔を見せたのと、紫乃の口いっぱいに甘いハチミツの香りが広がったのはほぼ同時だった。




 二人はとても幸せである。あまりに幸せであるから、これから先どんな不幸が待っているのかとか、いつかドロドロなケンカをするに違いないと期待する人があるかもしれないが、残念ながら二人はこれから先もずっと幸せである。

「紫乃ちゃん靴ちっちゃいね」

「うるさいです・・・」

「私忘れ物してないかな?」

「思い出してから心配しましょう」

「そうだね」

 女の子からモテない普通の女の子を目指して奮闘していたはずの弓奈が自分の本当の気持ちに気がつき、恋について真剣に考えながら歩いてきた彼女の旅路で、いったいどれほどの人間が幸福を感じていったか、もはや数えきることができない。

「小熊先輩は5階に住んでるんだって。あとで挨拶に行こうか」

「クーン・・・」

「し、紫乃ちゃん?」

「クーン・・・」

「紫乃ちゃんはエレベーターに乗ると人が変わるよね」

「クーン・・・」

 ここまで人を幸せにしてきた女なのだから、そろそろ人に憎まれたり、軽蔑されたりしそうだなどと天文学者や歴史学者は考えそうだが、残念なことに今後も弓奈の行く先々で人々は幸福を感じていくことになる。彼女は懸命に人の気持ちを考え、外見に惑わされず真心を以て接し、おまけにとんでもない運を味方につけているのだから仕方が無い。

「紫乃ちゃん、一階着いたよ」

「はい。今日もクールに、胸を張ってがんばります」

「うん! 今まで色んなことを自分なりに頑張ってきたし、これからも頑張る・・・だからみんな胸を張って歩くべきなんだよね」

「その通りです」

「私も、紫乃ちゃんの隣りを歩くのに相応しいかっこいい女になれるよう胸を張ってがんばります!」

「はい。がんばってください」

「・・・あれ紫乃ちゃん、そういえば手ぶらだけどカバンは?」

「あ!」



 街には新しい風が吹いていた。見るものをとりこにする美しい二人の少女が、春の花に誘われるようにささやかな街角に現れたという噂である。美の理想を体現したかのようなまばゆい少女と、星降る夜の透き通る風のような黒髪を持つ少女とが、品よく背筋を伸ばし胸を張って道を歩いていくので、誰もが彼女たちを振り返ったのであった。

 

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