表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/151

148、君の番

 

「里歌!」

 あろうことか石津さんは歌が終わった瞬間にマイクを使って客席のとある一点めがけてそう呼びかけた。

「会いたかった・・・私の人生をくれて、ありがとう!」

 なんて大胆な女だろうか。

「私は・・・君が好きだ!!」

 聴いているだけで恥ずかしくなりそうなセリフだが、石津さんをよく知る弓奈は正直ジーンときていた。生放送中であるし、スタッフの判断によってはCMスタート、そして舞台から強制退場もありえそうな行動であったが、司会の女性を中心に石津さんのラブリーなサプライズを非常に楽しんでいたため一切音楽祭は中断せず、それどころか石津さんが呼びかけた里歌という女性を探してカメラがいっせいに客席の方を向いた。

「茜さん・・・!」

 弓奈はまさかと思った。隣りの席でいつのまにか泣いていた香山先生がその場に立ち上がり、ステージの石津さんに手を振ったのだ。

「え!? 石津さんの好きな人って・・・か、香山先生!?」

 これはまずいと弓奈が思ったときにはもう遅い。香山先生のすぐ隣りに座っていた弓奈は近づいてきたテレビカメラに思い切り映ってしまった。今まで目立たないように人生を送ってきたというのに一瞬の油断で全国のテレビ画面にコンニチハである。

「私の方こそありがとう・・・私も好きです・・・茜さんが、大好き!」

 どうみても今の香山先生は素である。とても雪乃ちゃんを見て紫乃が小さくなったと勘違いするような天然女とは思えない。実はすべての天然っぷりは演技であり、これが本当の彼女の姿なのだ。香山先生はとても思慮深く、穏やかな女性なのである。

「Akaneさん、あの方は?」

 司会の女性がしゃしゃり出てきた。

「高校時代の同級生で、私の一番大切な人です。まさか今日ここで会えるとは思っていませんでした」

「素晴らしい! 運命というやつでしょうかね!」

「それから彼女の隣りに座っているのが、私の大親友の倉木弓奈くんです」

 弓奈はビクッと肩を震わせた。公共の電波に乗せてなにを言ってくれているのか。舞やあかりのみならず紫乃までが目を丸くしている。香山先生のことも整理がつかないが、弓奈までもがあのAkaneの知り合いだったなんて・・・しかも大親友などと紹介されている。舞は口をぽかんと開けて言葉を失ってしまった。さっき舞は「あんたにAkaneの良さが分かるの?」などと弓奈をからかっているので穴があったら入りたい気分である。



 その頃日本中のテレビには弓奈の顔と名前が出てちょっとしたパニックが起こっていた。

「ねえちょっと!」

 サンキスト女学園からひと駅のところにある大型商業塔シャランドゥレタワーの展望案内フロアの控え室のテレビにも弓奈の姿が映し出された。

「ねえちょっと、安斎さん!」

「はーい。なぁに」

 名前を呼ばれた白いスーツの女性が珈琲カップ片手に控え室に現れた。

「見てこの子・・・すごい奇麗なんだけど」

「あっ」

「な、なに?」

「あのお二人・・・今年のクリスマスはいらしてくれないのかなって思ってたらこんなところに行かれてたんだ。相変わらずお美しい・・・」

「知ってるの!?」

「うん。去年も一昨年もここに来てくださったお客様。ていうか、私の勘違いじゃなければ舞も一緒にいるはずなんだけど、映るかな」

「舞ってだれ?」

「私の妹」



「生放送でお送りしております21世紀音楽祭、Akaneさんによる素晴らしいサプライズがあったところで前半は終了です! また後ほどお会いいたしましょう!」

 Akaneと香山先生に贈られる拍手の波は収まらなかったが、司会の女性はうまいこと音楽祭をまとめた。

 さて、ようやく前半が終了し、紫乃への告白タイムがやってきたのだがその前に弓奈は色々と石津さんに確認したいことがあった。

「えーと、ごめん紫乃ちゃん!」

「な、なんですか」

「すぐ行くからさ、先にいっててくれるかな」

「わ、わかりました」

「すぐに行くからね」

「はい」

 弓奈は階段を下りて一階席の裏口側の扉から会場の外に出ると、先程見かけたスタッフやダンサーたちが出入りする通路にダメ元で向かってみた。

 通路にはやはりスタッフが何人もいたが、弓奈の顔を見たとたん「なにこの美少女・・・きっと自分が知らないだけで有名女優の娘さんに違いない」みたいな勘違いを起こし、弓奈を手招きして楽屋のある廊下へ入れてくれた。弓奈はこの手の勘違いには毎回しっかりと否定をしてきたのだが今回ばかりは利用させてもらうことにした。

 すると、廊下の突き当たりにある関係者以外立ち入り禁止の札が掛けられた白い扉から石津さんが顔を出しているではないか。

「弓奈くん!」

「い、石津さん!」

 弓奈は石津さんに駆け寄った。近くで見るとやっぱり今日の石津さんはとんでもない美人である。『もう死神なんて呼ばせない』という新曲を出すべきだ。

「君が里歌くんを見つけ出して、今日ここへ連れてきてくれたんだな!」

「ち、ちがいます! あの人は私の学校の体育の先生で、むしろ音楽祭に最初に行こうって言ったのがあの人なんです!」

 弓奈は周囲の目を気にしながら、重要な質問をすることにした。

「そ、そんなことより石津さん、どうして今まで黙ってたんですか」

「ん、なんの話だ」

「なんの話だじゃないですよ。こんなに有名な人だったなんて知りませんでしたから! 今日だって屋外でストリートライブをやるって言ってたのに」

「ストリートライブ? なんのことだ」

「え?」

 冷静になって思い返してほしい。この前会った時に石津さんはそんなことひと言も言っていない。「君からチケットをもらって会場の客席側に入ってしまったら、ステージで歌えないではないか」と石津さんが言ったのを、弓奈が勝手に「会場に入ってしまったらストリートライブができないではないか」という意味に解釈してしまっただけなのである。

「じゃあその・・・随分前におっしゃってた、カントリーソングがCDになって発売されるかどうかは運次第みたいなお話しは」

「ん、いやあれは、シングルとして発売されるかどうかは事務所の反応によると言っただけで、当然これまでにもアルバムや別のシングル曲はたくさん発売させてもらっていた」

「え!!」

 弓奈は今までとんでもない思い違いをしていたのだ。石津さんは売れない「自称歌手」などではなく超有名な実力派シンガーだったのだ。そりゃ事務所から高いワインを頂くわけである。

「というか・・・じゃあなんであんな貧乏生活されてたんですか」

 大いなる疑問である。

「んー、私は里歌くんという過去の幻を信じて心の支えにしていたから、彼女がよく募金していた動物保護の団体に稼ぎの手取り全てを送っているからな。実際私は貧乏だ」

「そ、そういうことですか」

 弓奈はいろんなものがすっきりして妙に脱力してしまい、その場にへなへなとへたり込んだ。石津さんは弓奈の様子を見てちょっと笑ってくれた。

「茜さん!」

「さ、里歌!」

 香山先生が一歩遅れてやってきた。二人は近くまで駆け寄って立ち止まり、恥ずかしそうにうつむいた。

「すごく・・・かっこよかったよ・・・」

「そ、そんなことはない」

「それから、嬉しかった・・・」

「そうか。私もだ」

 我に返った弓奈は二人を邪魔しないようにそっと立ち上がった。こんなにステキなカップルはなかなかいない。ずっと応援してきた石津さんがようやくここまで辿り着いたのを弓奈が喜ばないわけがないのだ。

 弓奈はこっそり香山先生の後ろ側にまわり、頬を染めている石津さんにジェスチャーで指示を出してみた。ちょっと大胆だが、抱きしめてあげたほうがよいと思ったのだ。石津さんは弓奈の指示に大層ビビりながらもゆっくりゆっくりと香山先生に腕を伸ばした。

 が、先生のほうが先に石津さんの胸に飛び込んでしまった。

「大好き・・・ずっと・・・ずっと会いたかった」

「わ、わ、私もだ・・・」

 石津さんはもっと落ち着くべきである。

「茜さん・・・」

「なんだ」

「カントリーソングって、私の名前からとった曲名なんでしょ」

「まあ・・・その通りだ」

「なんか・・・恥ずかしい・・・」

「里歌・・・もう一度一緒に歌をうたわないか。学園が休みの日にでも駅前でまたストリートライブをやろう。マリアも君に会いたがっている」

 香山先生は子どもみたいに泣きながら顔をあげ、そっと微笑んでうなずいた。石津さんの恋は見事ここに実ったのである。

 弓奈は拍手をした。もらい泣きをはじめる直前の状態をなんとか耐えながら思い切り拍手をおくった。嬉しくて嬉しくて胸の底が震えた。

「弓奈くん、本当にありがとう」

 石津さんがお礼を言ってきた。

「化粧をしていない時の私にあれほど優しくしてくれたのはこの里歌くんと君だけなんだ。君の思いやりの心は素晴らしい・・・私がどれくらいの知名度の歌手かあまり知らなかったのならなおさらだ。君がいなければ私は今日まで歌手を続けられなかったことだろう。本当に礼を言う」

「い、いえ・・・私はなにも・・・むしろ私のほうもすごく楽しかったですし・・・」

 日本一有名な歌手に感謝されていると思うと顔が熱くなった。

「私からもお礼を言うね・・・」

 泣き笑いの香山先生が振り返った。それにしても素の状態の香山先生はなんておしとやかなのだろうか。

「ありがとう。ゆみちゃん」

「ゆ、ゆみちゃん・・・?」

 弓奈のことをゆみちゃんと呼ぶ女性は数人しかいない。弓奈は全く気づかなかったのだが、香山先生は幼い頃に弓奈にあやとりを教えてくれた入院患者の少女と同一人物である。

「弓奈くん、次はいよいよ・・・君の番だな」

「は、はい」

「悔いが残らないよう、思い切り気持ちをぶつけるんだ」

「わ、わかりました!」

 弓奈は全身に力がみなぎってきた。ここまで色々なことがあったが、弓奈はもう最後まで突っ走る覚悟である。

「石津さん、香山先生、本当にありがとうございました」

「ああ、こちらこそ・・・本当に・・・」

 石津さんはちょっと涙声である。

「私、行ってきます!!」

 弓奈は駆け出した。いよいよ始まる人生最大の勝負に弓奈は全身が奮い立っていたが、心が空っぽな開き直りなどではなく、胸いっぱいの覚悟を抱いた駆け足だった。

 紫乃に伝えたい言葉は、もう決まっているのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ