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122、部室

 

 舞は鏡の前で襟元のリボンをいじっていた。

 姉の影響でとんでもないお嬢様校に入ることになってしまったが、正直試験に受かる予定もなかった舞は4月からの突然の寮生活にビビりまくっている。

「ねえちゃーん!」

「はーい」

 ダイニングから珈琲カップを片手に脚の長い姉が現れた。

「どうしたのかな舞さん」

「これリボン緩すぎ?」

 入寮式の日はかなりマジメな格好ででかけたが、今日から舞は今まで通りなるべくリボンを緩めたいのだ。

「んー、生徒会長には怒られないけど、学園長には注意されるレベルだね」

「マジで、生徒会長怒らないの?」

「金髪の子らしいからね。見た目には寛容なはずだよ」

「き、金髪?」

「染めてるんじゃなくて元からブロンドなの。ハーフなんだって」

「うわ、そういうことか」

 すごい学園だなと舞は思った。

「ねえちゃん仕事は?」

「11時から」

「あっそ、がんばってね」

「メルシー。舞も高校生活がんばってね。夏休みはちゃんと戻ってくるんだよ」

「はいはーい」

 舞はピカピカの制服をちょっと着崩して学園へ旅立ったのだった。



 入学式は入寮式と異なり割と早く終わるという噂を姉から聞いていたのにかなり長い。舞はホールの暗さを利用して居眠りをし、時が過ぎるのを夢の中で待った。

 式を終えてホームルームの教室に行った舞は、妙に大人しいクラスメイトたちの様子にそわそわしてしまった。慣れればみんなはしゃぎまくるんだろうとは思ったが、いかにもお嬢様な少女たちに囲まれて舞は落ち着かない。

 ふと隣りの席に目をやると、テニスのラケットバッグを机に立てかけている子がいる。舞は小学校3年生の時からテニスを続けており、高校でもテニス部に入る気満々だったため、思わず彼女に声をかけてしまった。

「あんた、テニス部入るの?」

「あ・・・」

 彼女はのちに舞の友達になる少女であった。

「うちも入るからさ、今日一緒に見学行かない?」

「う、うん。いいよ」

 ホームルームがなかなか始まらないので会話が続かないのが照れくさい。

「そういえば、見学に行くと少し練習に参加させてくれるらしいですよ」

「マジで? うちもラケット持ってきててよかったぁ」

 と言いながら舞が足元に手を伸ばすと、スクールバッグの感触しかない。

「あれ、うちラケットバッグどうしたっけ」

 舞は当時からちょっとおばかだったので自分の持ち物の行方を把握していない。

「うわ・・・もしかしてホールか」

「取りにいったほうがいいかもよ」

「ちょ、ちょっと行ってくるわ。先生来たら事情説明しといて」

「え・・・うん」

 舞は慌ただしく教室を飛び出した。

 学舎からホールはそこまで遠くないのだが、三階で繋がっている長い渡り廊下を通らなければいけない。三階へ上っている途中でホームルーム開始のチャイムが鳴ってしまった。

「やっばーい!」

 さすがの舞も初めてのホームルームに遅刻することへの焦りはあるらしい。彼女は渡り廊下を自慢の脚力で駆けた。

 すると、渡り廊下をホールほうからこちらに向かって誰かが走ってくる。舞ほどではないが彼女もホームルームに遅れる運命を背負った少女らしい。舞は自分だけではなかったことにほっとしながら午前の陽にぽかぽかと光る廊下を駆け、すれ違う直前に少女の顔を見た。

 その瞬間に、舞の意識の全てが彼女に奪われてしまった。非の打ち所のない美しさが人間の姿を借りて光の中に舞い降りていたのである。舞は一瞬だけ見えた彼女の眩しすぎる横顔がもう一度みたくて、ほとんど無意識のうちに振り返って廊下に立ち尽くしたのだった。髪をきらめかせる少女の後ろ姿が廊下の角に消えるとき、舞は今までに経験したことのない熱っぽい胸の高鳴りと、底なしの切なさを感じていた。

 これが、誰にも言えない舞の小さな青春の始まりである。



「舞・・・舞ってば」

「ん」

「なにぼーっとしてんの。部室でお弁当食べていいってさ。鍵借りてきたよ」

「ああ、うん」

 舞は作戦会議を兼ねて午後のリレーのメンバーたちと一緒に部室でお昼ご飯を食べることにしたのだ。

「でたーサンドイッチ。あんたよくそんなんで動けるね」

「別にいいじゃん」

「これ一個ちょうだい」

「あ、泥棒」

 舞の友達は舞にサンドイッチを奪われる予想を今朝既に立てていたので多少の窃盗を許すだけの数的余裕がランチボックス内にはある。

「それで舞」

「ん」

「今年のリレーはどうするの」

 友達は少しあきれ顔である。

「なんだよその顔。今年は絶対勝つよ。はいみんな聞いて、今年の作戦は名付けてナチュラルフォール大作戦。バレないように倉木弓奈を転ばせまーす」

 舞は立ち上がって腰に手を当てながらサンドイッチをぱくぱくむさぼった。

「転ばすってどういうこと?」

「・・・うまいなこのサンドイッチ。えーと、去年までのうちらは倉木の仲間や倉木本人を捕らえてリレーに出場させない作戦をとってたじゃん? 今年は生徒会のメンバーを全員参加させてあげます」

「参加させてあげますって・・・」

「まあ全員っていってもあいつら三人だけどね。そんで、大事なのはこっからね。いくら倉木の足が早いからってうちらだって運動部じゃん。こっちがまともにしっかりリレーしてれば生徒会の三人と張り合えないわけがないのよ」

「まあね・・・」

「いい勝負になるってことは、一回でも向こうが転べばこっちの勝ちは決まったも同然なわけ。だから、私はあいつに・・・倉木に足を引っ掛ける!」

 決意表明しながら舞は2つ目のサンドイッチに手をつけた。自分のお弁当が食べられなくなりそうである。

「・・・いい勝負になるって思ってるなら、正々堂々と戦えばいいのに・・・」

「あ、今なんか言った?」

 舞の友達はなんとも淋しそうな顔をしていた。

「うちはこの日のために観客からバレないように鮮やかに隣りのランナーに足を引っ掛ける技を練習をしてきたから。鈴原とか、声がでかいあの後輩とかは狙わない。倉木一本! アイツが派手に転んで、それが原因で生徒会が負けるっていうシナリオね。みんなおっけー?」

 別におっけーなことはないが、あえてここで舞の方針に口出しする者もいなかった。

「調子に乗ってる倉木を今日こそぎゃふんと言わせるから、以上」

 舞は腰をおろして自分の弁当を食べ始めた。

「ねえ舞」

「・・・ぎゃふんってどういう意味だ?」

「舞ってば。ひとつふたつ言いたい事があるんだけどいい?」

「なに? タコのウィンナーはあげないよ」

「倉木さんは別に舞が思ってるほど調子に乗ってないと思うよ」

 舞の箸が止まった。

「休み時間の様子でだいたい分かるよ。倉木さんは掃除も真面目にやってくれるし、ヴァレンタインのチョコはひとりひとりに頭下げて返してるし、なにより誰に対しても優しいから。あの人が自分の可愛さを自慢したり、他の人を見下したりしてるようには思えないけど」

 そんなことは舞にだって分かっていた。

「舞ってさ・・・無理して倉木さんとケンカしてない?」

「あんたうっさい。ちょっと黙って」

 舞はお弁当箱を持って腰をあげた。

「なんかここ暑いから外のベンチで食べるわ」

 ドアを開けてから舞はわざと明るい声で「外涼しいー!」と叫んだ。



 しばらくすると舞の友達が部室からそっと出てきて舞の隣りに腰掛けた。しばらく二人は黙ったまま部室棟と体育館のあいだを駆けてくるグランドの賑わいに耳を傾けていた。

「舞」

「ん」

「これは・・・聞き流してもらって構わないんだけどね」

「んん」

「舞は変な意地張らなくても・・・かっこいいと思うよ」

「は?」

 舞は弁当から顔を上げて友達に目を遣ったが、彼女はうつむいて体操服の裾をいじっているだけである。

「あっそう」

「・・・うん」

 二人の頬を照らす葉洩れ日に夏の香りがまじっていた。

 

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