115、花かご
あかりは鏡の前でポーズを決めていた。
彼女は小柄な華奢女だがその割にはプロポーションにメリハリがあるので、このようにちょっと胸を寄せれば見方によってはかなりセクシーである。ツインテールは少し幼い感じがするので、まもなく二年生になるこの機に乗じてガラッとイメージチェンジするのもありだ。
しかし試しに弓奈のようなポニーテールを作ってみても、紫乃のような姫カットを想像してみてもあかりには今ひとつ似合いそうにない。残念だが髪型も人を選ぶのである。
今年のあかりの見た目も一年生のときのものの続投になりそうである。あとは中身の成長に期待するしかない。
「くしっ!」
とりあえず何か服を着ないと風邪を引いてしまう。
今日は3月29日。つまり明日はあかりの大好きな弓奈お姉様の誕生日である。
当然これを祝わない手はないので、あかりは弓奈へのプレゼントを考えることにした。大事なお姉様ならもっと早いうちにプレゼントを考えておけばいいのに、前日になってからあせるなんてあかりはおばかさんである。
弓奈本人の姿を眺めながら考えれば良い案が浮かびそうな予感がしたあかりは、来週には自分たちの住処になる二年生寮へ出掛けることにした。当然もう服は着ている。
あかりは美と知の精鋭と呼ばれている生徒会のメンバーの一人なので実は有名人である。寮へ入っただけで引っ越しの準備をしている先輩たちがにっこり微笑んで手を降ってくれたりした。あかりはさっき研究したちょっとセクシーなポーズを決めてご挨拶した。あかりはちょっと変な子である。
さて、あかりは弓奈の部屋がある階まで上がって来たが、なぜか廊下に紫乃がいた。紫乃は弓奈の部屋の前をうろうろしている。あかりは元気に挨拶することにした。
「紫乃先輩こんにちはー!!」
「んにゃあ!」
紫乃は廊下でひっくり返った。
「こんなところでなにしてるんですかぁ?」
「そ、それはお互い様です・・・廊下でいきなり大きな声を出しちゃダメです・・・」
紫乃は起き上がってスカートをパタパタはたき、背筋を伸ばした。
「私はお姉様のお顔を見に来ました!」
「弓奈さんは今お部屋に籠ってます。忙しいんです」
「お引っ越しの準備ですか?」
「え・・・そ、それは分かりません」
紫乃はちょっと頬を染めてもじもじした。今日は紫乃の誕生日なので自分のためにあやとりでもしてくれている可能性があるので紫乃は照れくさいのだ。
「先輩、実はここだけのお話・・・」
あかりは紫乃の耳に唇を寄せてささやいた。
「明日、弓奈お姉様のお誕生日なんです・・・!」
紫乃は目が点になった。そんなことは遥か昔から知っている。
「いま弓奈お姉様へのプレゼントを考えているところなんです。やっぱりお世話になっている先輩の誕生日はしっかりお祝いしないといけませんもんねっ!」
だったらなぜ紫乃の誕生日を把握していないのか。紫乃の心は複雑である。
「あ! もしよかったら一緒にプレゼント考えませんか」
「い、一緒にですか」
「はい!」
実は紫乃の悩みはまさにそれだった。去年はなにもプレゼント出来なかったので今年こそは何かあげたいが、どんな顔をして何を贈ればよいか分からず、本人の顔を見れば名案でも浮かぶかもしれないと思って廊下に出て来たが、自分のためにあやとりをしてくれているかもしれない弓奈の邪魔をできず、困っていたのである。後輩の力を借りて共同でなにかプレゼントを考えるのもありかも知れない。
「しょ、しょうがないですね。お誕生日なんて祝う気なかったんですが、そこまで言うなら協力してあげます」
「きゃあさすが紫乃先輩です! 頼りになりますぅ!」
紫乃は照れを隠すためにかっこよく自分の髪を撫でた。
「なにがいいですかねぇ・・・弓奈お姉様へのプレゼント」
二人は駅前までやってきた。この辺りはそれほど大きなお店はないが、バラエティ豊かな洒落たお店が多い。
「んー」
「あ、ドーナツなんてどうですか?」
「んー」
「見て下さいこのお店! 美味しそうですよ! ちょっと寄っていきませんか!」
「んー」
「紫乃せんぱーい、聴いてます?」
「うるさい人ですね、もっと真剣に考えて下さい。ドーナツが食べたいんだったら明後日以降に一人でここへ来て下さい」
「は、はいっ」
今日の紫乃はいつになく本気である。
二人はぬいぐるみ屋やオルゴール専門店、洋服屋などを見に行ったが、ぱっとしたものが見つからない。あかりのほうは「これでいいんじゃないですか?」といろんなものを指差して言ったのだが、紫乃はそれらを良しとしなかった。大切な人への贈り物は「これ良さそう」みたいな程度の魅力しかないものではいけないのだ。
「せんぱーい、もう歩けませーん・・・」
ヘトヘトのあかりは紫乃の背中に泣きついた。もう西の空がオレンジジュースみたいな色になっている。
「重いです。放してください」
「お、せんぱい肩凝ってますねぇー」
「凝ってないです。もみもみしないで下さい」
疲れているのは紫乃も同じである。辺りのお家からは夕ご飯と思しきグラタンみたいな香りが漂ってくるのでお腹もグーグー鳴き始めた。フィジカルなタイムリミットは近い。
どうも紫乃はなにか重要なものを忘れている気がしているのだ。どんな商品をみても納得がいかないのは、おそらく弓奈へのプレゼントに最適なものが何なのか心のどこかで知っているからに違いない。問題はそれを思い出せないことである。
「んー」
「先輩、このポーズどう思いますか? セクシーですか?」
「んー」
「イメチェンを敢行しようと思ったんですけど、やっぱり私ってこの髪型しか似合わないですよねぇ」
「んー」
「こうなったらヘアゴムでも変えようなかぁ。私はこの苺のやつとイルカのやつと、お花のやつばっかり使ってますからね」
「あ!」
紫乃が急に振り向いたのであかりはビックリした。
「ど、どうしたんですか先輩」
「あ、あかりさん今・・・なんて言いました?」
「・・・苺のやつと、イルカのやつと、お花・・・」
「お花! それです! お花です!」
ちょっと紫乃の顔が近いのであかりはドキドキしてしまった。
「お・・・お花がどうかしましたか」
「弓奈さんへのプレゼントです! 弓奈さんは三度のごはんよりお花が好きなんです!」
こんなに目がきらきらした紫乃をあかりは初めて見た。すごく可愛いなとあかりは思った。
「さっそく行きましょう! 駅の南側にお花屋があったはずです!」
「は、はい!」
紫乃はあかりの手を引いて駅前の人波に飛び込んでいった。
「弓奈お姉様に見つからないようにしないといけませんね!」
二年生寮の階段を上りながらあかりはご機嫌である。
「あかりさんに管理させるとひっくり返すおそれがあります。私が明日になるまで管理します」
紫乃も得意気である。彼女たちがお金を出し合って買ったのは3000円するフラワーバスケットである。紫乃たちはチューリップくらいしか分からないが、春っぽい小振りな花がかわいいサイズのカゴにたくさん入っているのである。花束とはひと味違った魅力がある贈り物だ。きっと喜ばれるに違いないのだ。
「じゃあ、そのお花を紫乃先輩のお部屋に置いたら、弓奈お姉様を誘って一緒に食堂行きましょう! 」
「そうですね」
「もう私お腹ぺこぺこです! やっぱりいい事するとお腹が減りますね! これからもお世話になってる人の誕生日は忘れないようにしなきゃ!」
「・・・そうですね」
今日私の誕生日ですー! と紫乃は大声で叫びたかったがオトナ気ないのでやめた。
紫乃たちの部屋がある階にたどり着いて廊下を歩いていると、事件が起こる。
両手のみならず口まで使ってあやとりを仕上げた弓奈が笑顔で彼女の部屋から飛び出して来たのだ。その不思議な光景に紫乃とあかりは思わず立ち止まった。紫乃はまだしも、あかりは弓奈の創作あやとりを初めて見るのだから仕方がない。
「お姉様! それ・・・なんですか?」
弓奈は「あかりちゃんなんでここに!」というような表情をしたが、観念したらしくちょっと照れながら二人の前へやってきた。弓奈の胸の前で咲いているのは、17色の毛糸を使用した美麗な花束の絵だった。もはやそれはあやとりでなく刺繍の領域に達している。
「きゃあお姉様すごいです!! 花束じゃないですかぁ!」
そうあかりが騒いだ瞬間、あかりと紫乃は先程買ってきたフラワーバスケットの存在を思い出した。今更慌ててももう遅い。弓奈に完全に見られてしまった。
「んんんんんん、んんんんん♪」
弓奈が何かしゃべった。
「・・・お誕生日、おめでとう、ですか?」
あかりは妙なところで非常に鋭い女である。
「え・・・! お誕生日って・・・今日? 今日って・・・紫乃先輩のお誕生日だったんですか!?」
その通りである。紫乃はジトっとした目でちょっとだけあかりを睨んだ。でも別に怒っているわけではない。お陰で弓奈へのプレゼントも買えたのだから感謝しているくらいである。
頬を染めた紫乃は改めて弓奈に向き直った。きらきらした弓奈のお目々を前に紫乃は体が固まってしまいそうだ。
「誕生日なんかに・・・いちいちそんなことしてくれなくても・・・いいです」
素直にありがとうが言えない。弓奈の微笑みにどうしていいか分からなくなった紫乃は、去年と同じようにあやとりの花に向かってふーっと息を吹きかけてみた。すると弓奈の手の中の花はまるで風に吹かれて季節に溶け込んでいくようにはらはらとほどけ、一本のカラフルな紐に姿を代えた。
「紫乃ちゃん、17才のお誕生日おめでとう!」
「きゃああ弓奈お姉様すごいですぅ!」
実に照れくさい。ありがとうに代えて、今紫乃ができる事といえば手の中の花に真心をこっそり添えて贈ることくらいである。
「これ」
「え?」
「私たちからのプレゼントです・・・一日早いですが、見つかってしまっては仕方ないです。あげます」
ほっこり温かい桃色の花かごを胸の前に出されて、弓奈は一瞬頭が追いつかなかった。まさかあのクールな紫乃ちゃんからプレゼントを貰えるとは思っていなかったからだ。
「お、お誕生日・・・おめ・・・でとうございます・・・」
「・・・あ」
弓奈は胸の高鳴りのせいで声がかすれた。
「ありがとう・・・!」
フラワーバスケットを抱くと同時に弓奈の体を包む春の甘い香り・・・弓奈は嬉しくてぴょんぴょん跳ねたい気分だった。
「ありがとう! 紫乃ちゃん! あかりちゃん!」
「きゃあ喜んで頂けて嬉しいですぅ!」
「わぁ、春の花だねぇ! ピンクのガーベラってやっぱりかぁわいい! スイートピーちゃんが・・・いっぱい! おお!」
喜びのせいで弓奈のしゃべりが少々おかしくなっている。
「あ、このバスケット原価がちょっと高いやつだ!」
「え、そうなんですかぁ?」
「うん。輿水アレンジメントっていう会社のやつ。接着剤不使用なの」
花屋の娘の豆知識まで飛び出した。
「まあ・・・大事にして下さい」
「うん! ありがとう紫乃ちゃん!」
ほっぺが赤いことを知られたくなくて紫乃は後ろを向いてしまった。
さて三人は一緒に夕ご飯を食べに行くことになったので弓奈は花かごを部屋に置いてきた。
「あ、お姉様。このポーズ見て下さい」
「え?」
渡り廊下の手前であかりは例の胸を寄せるポーズを弓奈に披露してみた。
「どうですか? セクシーですか」
「ん・・・そ、そうだね。セクシーだと思うよ」
「本当ですか! ありがとうございますぅ! お姉様から褒めて頂けるとは思いませんでした!」
紫乃はあかりと弓奈を見比べながらそのやり取りを聴いていた。
「お姉様今日はなにを食べますかぁ?」
「んークリームシチューにしようかな」
「あ! いいですねぇ! 私もシチューにしまチュー!」
「今のシャレはちょっと無理あるんじゃないかな」
「そうですかぁ?」
歓談する二人の足並みからちょっとだけ遅れて、紫乃は渡り廊下の夜色の窓に目をやった。そこに映っているのはなんとも気難しそうな小娘である。もう少し愛嬌があれば、あかりのように弓奈と冗談を言い合えるのかもしれない。自分のキャラクターがある限りそううまくはいかないだろうが、三年生になるこの機に乗じてイメージチェンジすることも不可能ではない。紫乃は試しにあかりがやっていた胸を寄せるポーズをやってみた。
「んー・・・」
「紫乃先輩、なにしてるんですかぁ?」
「わあ! な、なんでもないです!」
紫乃もイメージチェンジは無理なようである。




