103、クジ引き
修学旅行は長崎へ行くらしい。
弓奈は割と山奥で育ったので小洒落た港町への憧れは強いから長崎はとても楽しみだが、重要なのはその旅行を誰と一緒に誰と過ごすかという問題である。
「というわけで、修学旅行の班を決めますが」
クラス委員長を務めている紫乃がそう言いかけた瞬間、クラスメイトたちは一斉に立ち上がって弓奈の机にやってきた。
「倉木さぁん! 一緒の班になろう!」
「弓奈さんお願いします! 一緒のお部屋で眠らせてぇ!」
「カステラ・・・食べさせてあげる」
「うち肩揉むの上手いよ!」
「わたし胸揉むの上手いよ!」
この学園の女の子はみんなとっても愉快である。
「静かにしてくださーい! 修学旅行の班は公平にクジ引きで決めます」
弓奈の身体を守るために紫乃は叫んだ。血統が説得力を持たせているとも言えるが紫乃はかなり威厳のあるクラス委員なのでかしましい女子たちはみんな席に戻って大人しくなった。
「クジはすでに用意してきています。窓側の列の人から引きに来て下さい」
クジを引く少女たちのシリアスな表情ときたらまるで地球の全運命を背負っているかのようである。別に弓奈と同じ班になれなくてもこの星に明日はあるのだから、教壇の前で祈りなど捧げていないでさっさと引いてもらいたいものである。
「次はこの列の人です。来てください」
弓奈の列が呼ばれた。弓奈は胸の高鳴りを隠しながら教壇の紫乃の元へ向かった。
いつだったか同じようなことがあった。確か一年の遠足のときもグループ分けにクジを使ったのである。あの時も弓奈は紫乃と同じ班になることを望んでいたが、それは単に友達と呼べるクラスメイトが紫乃だけだったからに他ならない。なので弓奈の心を通じて今日のイベントを整理すれば、あの時とは状況が全く違うと言っていいのだ。果たして二度目の奇跡を彼女が起こせるのか見物である。
「・・・A班、かぁ」
弓奈はAを引いた。極めて平静に見える面持ちで「次の人どうぞ」などと言っている紫乃の横顔に『A引いてね』と弓奈は強く念じておいた。紫乃ちゃんと別々の学校イベントなんてリンゴの入っていないリンゴ飴か、動物のいない動物園か、もしくは干上がったナイアガラの滝みたいなもんだよ、と弓奈は思った。弓奈の例えはちょっと分かりにくい。
さて、弓奈の知るところではないが紫乃だって弓奈と同じ班になりたいと強く強く願っている。紫乃は先程の弓奈のささやきから弓奈がAを引いたことを知っていた。クラス委員でありこのクジの作成者である紫乃は最後に余った一枚に書かれているアルファベットに従うことになるのだが、その最後の一枚がたった今決まった。紫乃をからかうように裏側を見せているこの白い紙切れを表にした時、紫乃の運命は決まるのだ。
(A・・・A・・・A・・・!)
下着選びの際にはあんなにも憎らしく思っていたこのアルファベットをこんなにも恋しく思ったことはない。他はなにもしてくれなくていい。この班分けが終わったらもう紙飛行機でも折り鶴でも何でも好きなものになって自由に生きていって構わないから、今だけは「私はAよ」と微笑んで欲しい、紫乃はそう思った。弓奈ほどではないが紫乃の発想もちょっぴりおかしい。紫乃は震える指先で紙を表にした。
紙様は紫乃に味方した。紛れも無くそこに書かれていたのはAだったのである。
「A! 私Aです!」
教壇の前で紫乃が思わずそう叫ぶと、クラスメイトたちは一斉に彼女の胸に注目した。
弓奈は黙ったまま椅子をガタンと言わせて立ち上がり、ちょっと照れた後また座った。言うまでもなくこの時の弓奈の喜びは並なものではなかった。もちろん二人きりの班というわけではないが、修学旅行に関しては運命が彼女たちに味方していたと言える。この運をどう活かしてそれぞれの思惑に向けて歩み、あるいは絆を強め愛情を育むかは彼女たち自身の小さな手にかかっている。
実はこの班分けに関してはもうひとつだけ運命がいたずらをすることになるのだが、今日の二人にそれを知る由はない。




