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3-08 チートスキルで消費するMPが『マジックポイント』じゃなくて『毛根ポイント』だった

 ブラック企業のストレスで若ハゲに悩みながら死んだ俺、黒上ユタカは剣と魔法の世界に転生! しかも手にしたのは驚異の11万超えMPと、神の名を冠するチートスキルの数々!


 毎朝、枕を見て絶望する日々とはおさらばだ!

 ――と、思ったのに。


「何だよ……この、抜け毛の量は……!」


 まさか『MP』って『毛根ポイント』なのか……!?


 フサフサ髪とイケメン顔で、美少女とまったりスローライフ……したかったのに。


 気付けば闘技大会『モータル・コンテスト』、通称『モーコン』に参加することに!? さらには王国最強と名高い女騎士団長『神の騎士ジル』に目をつけられるわ、ハーゲスとかいう不吉な名前の魔王は出てくるわ……。


 止めてくれ……。

 みんな、俺に頼らないでくれ……!

 俺にMPを、毛根を消費させないでくれ!

 111082。

 この数字がなんだか、分かるか?

 俺の『MP』の数値だ。


「くらえ! 『神の一撃』!」


 聞き慣れない自分の声が木々の間に響いて、突き出した腕の先から黒い波紋が迸る。


 ――消費MP『500』の衝撃波が。


 それは前方にいた敵――小鬼のようなバケモノ数体を木の葉のように弾き飛ばした。

 『神の思考』で時間感覚が加速した俺には、スローモーションで空中を舞うそいつらの苦悶の表情までよく見えた。

 焦点を奥にずらすと、致命の衝撃波を免れた後方の小鬼達の歪んだ顔。濁った眼と毛髪の無い頭部も相まって、それは嫌な記憶を呼び起こす。


 何を報告しても相談しても、苦虫を噛み潰したような顔をするハゲ頭の上司。まるでこの小鬼たちみたいな、見るに堪えない表情だった。

 それに終電まで付き合わなきゃならん日々に、俺の心はどんどんすり減って……。二十代にして前髪が撤退戦を始める程度には、心身を病んでいた。


 でもそれも昨日――いや、前世までの話!


 たぶん俺は、死んだんだ。

 未婚で彼女もいないまま、生まれ育った福生(ふっさ)市の一角で息絶えたのだ。

 事故か過労か、他の何かかは、もはやどうでもいい。

 大事なのは俺が今ここで――生まれ変わったこの異世界でチートな技を使って、女の子を助けているってことだ!


「す……す〜ご〜い〜……」


 その女の子の間延びした低い声が、背後から俺の鼓膜を揺らす。

 ……う〜ん、せっかく自己肯定感を上げる場面なのに、女の子の声がこれじゃあ台無しだ。

 感覚加速スキル『神の思考』はただ便利ってわけでも無いな。空気もやたら粘っこく感じるし。

 秒間20MPは俺からすれば微々たる消費量だが、心の中で念じてスキルを解除する。

 世界の速度が正常に戻り、背中に浴びる感嘆の声も可愛らしい高音を取り戻した。


「ゴブリンの群れを一撃で……! 信じられない……」


 ふむ。

 『神の一撃』は、その名に恥じぬチート性能のスキルらしいな。

 ダウンした仲間を引きずって逃げていく小鬼――ゴブリンたちを見送りながら、俺はニヤつきそうな口元を引き締めた。

 まずは女性を気遣うのが、紳士ってもんだろう?

 振り返りながら、へたり込んだ女の子に声を掛ける。


「怪我はない?」

「え、あっ、平気で……いたっ!」

「!?」


 女の子が足首を押さえた。思わずその顔を二度見してしまう。

 苦しげな表情でも隠せない、テレビでしか見たことないような整った顔立ち。後ろで結ったセミロングの桃色は木漏れ日を透かしていて……不謹慎だけど、道端で天然の宝石を見つけたみたいにドキリと心臓が高鳴った。


 おっと、いかんいかん。


 優先順位を思い出し、改めて女の子の足に目をやる。草むらの緑を背景に、スカートから覗くふくらはぎは細くて白い。幸い、血は出ていないようだ。捻ったのだろうか?


「大丈夫? 肩を貸そうか?」

「いえ、自分で治せます」


 治す?

 首を捻る間に、女の子は上着の胸元から金属のアクセサリらしきものを取り出し、痛めた足に向けた。

 薄い唇が、なめらかに動く。


「光よ、癒し給え……」


 『神の思考』を使っていなくとも、即座に理解できた。足首を包む仄かな光――こいつはいわゆる『回復魔法』ってやつだ!

 ここはやっぱり、魔法のある異世界なんだ!

 感激が油断を生んで、子どもみたいな感想が口から漏れた。


「すご……」

「え……? ぜ、全然すごくないですよ。私なんてまだ未熟で、こうして森で薬草取りくらいしか……」


 そこで女の子が言葉を切り、こちらを見上げた。

 ピンクの前髪から覗く若草色の目は微かに揺れていて、訝しげに寄せられた細い眉が悩ましい。


「あんなにすごい技を使うのに初歩の回復魔法に驚くなんて、あ、あなたは何者なんですか……?」

「俺?」


 落ち着け、俺。

 不審を抱くのも当然だ。俺はこの世界の常識なんて、何一つ知らない。『今の俺』が何者なのかも。

 にしてもどう説明したら……。

 ――あ、アレがあるじゃないか!


「そ、それが、気付いたらこの森にいて、それ以前のことはよく思い出せないんだ」

「ええ! それって記憶喪失、ってことですか?」


 ナイス解釈。

 話が早い。


「そうみたいだ。覚えてるのは、う〜ん……名前くらいしか……」

「お名前は、何と?」

「……黒上(くろかみ)ユタカ。ユタカって呼んでくれ」


 転生したんだから変えようかと一瞬思った。でも愛着のある名だ。一つくらい、前世のアイデンティティを引き継いでもいいだろう。


「ユタカ……さんですね。私、セラムって言います。記憶喪失なんて大変なのに、助けてくれてありがとうございました」

「いや、襲われてる人を助けるなんて当然だよ。ところで、ええとセラムさん? 俺のこと、何か知らないかな?」

「セラムでいいですよ。……う〜ん、クロカミもユタカも、聞いたことのない名前の響きです。それとその……ユタカさんの髪の毛……」

「えっ!?」


 慌てて頭に手をやる。

 まさか、()()()()()()()()じゃないだろうな!?

 そんな俺の不安は、手のひらに感じるふさりとした感触が吹き飛ばしてくれた。

 

 ある……!

 髪が、ふさふさの髪の毛が、俺には生えている!

 

 ――おお……おお!

 神様か仏様か分かりませんが、転生させてくれたどなたかよ、感謝します。

 生前の、過疎化の波にあえぐ頭皮よ、さらば。俺の元の身体とともに、あの世で元気に暮らせ。


 密かな感動に浸りつつ、じゃあセラムは何が気になったんだろうと見返すと……。


「黒い髪なんて、見たことがないです。染めているんですか?」

「いや、染めてはない、と思うけど……」


 黒い髪が、珍しい?

 うーん、よく分からんが……とにかくセラムが知らないというなら、今の俺の出自をこれ以上考えてもしょうがない。


 てか今の俺の顔とか見た目はどうなんだ。

 体を見下ろせば、ポケットの多い上着に革のポーチやらブーツやら……いかにも冒険者って感じの服装だ。

 セラムが無反応だから、この世界でも一般的な恰好なんだろう。

 あとは、顔だな。


「それより俺の顔、どうかな? 変じゃない? 自分じゃ分からないからさ」

「えっ、お、お顔ですか? 別に変じゃ……」


 セラムと一瞬目が合い、でもその瞳はすぐ下に逸れて、キョロキョロと左右に揺れる。

 ヤバい顔なのか、と一瞬思ったけど、セラムの表情に嫌悪は感じない。むしろ白い頬にぽっと朱が刺したそれは……。


「むしろ……す、素敵だと、思いますけど」

「っ……!」


 心臓が跳ねた。こんなダイレクトな好意的反応を――それも面と向かって受けるなんて、いったい何年ぶりだ!? 乳児期ぶりじゃないか?

 いい意味で言葉を失う俺に、セラムが言葉を重ねる。


「鼻筋も通ってて、目も優しそうで……」


 一瞬俺を見た若草色の目線は、再びす、と横に流れる。


「あ、ひ、瞳も黒いんですね。眉も……。め、珍しいですけど、その黒い髪も艶があって、月のない夜みたいで落ち着いてて、か、カッコいいと思います」

「ホントに……?」

「ホントです、よ」

「あ、ありがとう……」


 ああ、神か仏か何か様。

 感謝してもしきれません。チートなスキルに、頭髪だけでなく、イケメン顔と好意的な美少女まで。

 俺もいくつか異世界転生モノを嗜んできたけれど、まさかここまでご都合な作品の当事者になれるなんて……。


 まさしく、神。


 ならば、それに恥じない振る舞いをしないとな。

 セラムに手を差し出し、優しい声音を意識する。


「立てるかい?」

「あ、はい……」


 握った手に感じる指の細さが、ますます俺を紳士にする。


「もしよかったら、安全な場所まで一緒に行くよ」

「ありがとうございます。でも、ユタカさんの方が大変なんじゃないですか? 記憶を失くして、こんな森の中に一人で……」


 確かに。

 不安が顔に出たのか、セラムがこちらに一歩歩み寄る。桜色の髪が揺れると、香水なのか、仄かに甘い香りが鼻をくすぐった。


「も、もしよかったら、私の村に来ませんか? イズダっていう、宿もない小さな村ですけど。日が暮れたら危険ですし、私の家でお礼も……」


 その言葉と、もじもじとした仕草にドキリとする。

 いやいや、俺は紳士だ。変な期待なんて、してないぞ。


「ありがとう。正直、今はセラムしか頼れる人がいないんだ。すごく助かるよ」

「ふふ、困ってる人を助けるなんて、当然ですよ」


 子供みたいにくしゃっと顔を崩して笑ったセラムは、くるりと踵を返した。


「じゃあ、私についてきてください」

「ああ、頼む」


 俺より頭一つ低い所を揺れる髪のピンク色を追いかけながら、ステータス、と念じる。

 視界に現れたいわゆるステータス画面には、一際目を引くケタ違いのMPと、神の名を冠した数々のチートスキル。


 ――うん。


 今はまだ、セラムの後ろ姿以外に、俺が何をすべきかの道標はない。

 でもそれはあの不自由極まりない日々よりずっといい。


 自由だ。

 俺は力と、自由と、豊かな髪の毛を手に入れたんだ……!


 これからのことは、明日考えればいい。

 もう眠れぬ夜にも、憂鬱な満員電車にも、ムカつく上司にも、抜け毛まみれの枕にも、二度と悩まされない。

 俺の新たな人生が、今始まったのだ!

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