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3-07 魑魅魍魎マッチング

 人類も、神々や妖怪も、少子化に喘ぐ現代。

 早く結婚しろという親の圧に負け、やむなくマッチングアプリを始めた二十七歳の会社員・たける。見た目はただの男性だが、その正体は狼を先祖にもつ妖怪「真神」。うっかり心を開いてしまって本性がバレれば、きっと今度も失恋する羽目になる。おっかなびっくりマッチングした女性・美夜みやとのデートに臨む武だったが、正体を隠していたのは武だけではなかった──。

 神様や妖怪だって人並みに恋がしたい。

 だけど、ありのままの姿では触れ合えない。そんな自分を好きにもなれない。

 これは、悩みの尽きない不器用な人外が二人三脚でしがらみを乗り越え、幸せを見つけてゆく物語。




 天変地異のように深刻化する少子化。

 その波には、八百万の神々も抗えない。




【プロフィールの入力が完了しました】


 華やかな桃色のスマホアプリが、面倒な手続きの終わりを告げる。

 くたびれてベッドに身を投げ、おれは嘆息した。二十七にもなって、こんなもので恋人を探す羽目になるとは。布団に埋もれながら何度もスマホを見返すが、【お相手を探しています】と書かれた画面は微動だにしない。

 政府の少子化対策の一環で導入された、国家公認マッチングアプリ「ユカリメイト」。登録するとAIが入力内容を解析し、数百万人のユーザーの中から最適な候補を見つけてくれるらしい。性格や趣味趣向、これまでの恋愛遍歴すら加味してくれるという。


『──あんたが子孫を残さなかったら、私たちも、この町もお終いなんだからね!』


 目を閉じると、まぶたの裏で母親が吠える。


『──私の結婚した三十年前でさえ、相手選びには苦労したのよ。あんたはもっと苦労することになる。アプリでも何でもやりなさい。さもないと大蛇(オロチ)を鎮めるものが誰もいなくなるわ』


 ユカリメイトはあらゆる()()の伴侶を見つけ出す。果たして、その神通力は人外にも及ぶのか。とりとめなく悩みながら上体を起こし、カーテンを開ける。漆のような深夜の景色に、厳つい顔の男が映っている。

 月が明るい。

 満月の夜は近そうだ。

 ぶる、と無意識に肩が震えて、身体の芯が疼きをはらんだ。ゴワゴワの髪は逆立って、まるで(たてがみ)のようだった。

 おれの先祖は人間じゃない。

 真神(マガミ)──狼の妖怪だ。

 ぽろん、とスマホが間抜けな通知音を鳴らした。カーテンを引きながら画面を見ると、【マッチングが成立しました!】と書かれたポップアップが浮かんでいた。なんだか元気も現実味も湧かなくて、おれはスマホを伏せてしまった。



 自分が妖怪だと知ったのは小学生の頃だった。

 当時、おれは異常な身体能力を持て余していた。腕力も脚力も上級生以上で、喧嘩になれば相手を圧倒してしまう。夜になれば外を出歩きたくなるし、雄叫びを上げたくて仕方がない。夜目の利く満月の晩なんてもってのほかだ。湧き上がる本能に翻弄されるおれに、両親はとうとうカミングアウトした。

 お前は真神の子孫だ。

 ご先祖は天津神、(ミコト)に仕える神獣だった。

 くれぐれも気を付けて暮らしなさい。私たちは人間として生きてゆくしかないのだから──と。

 そもそも「神」と「妖怪」は実質的に同じものだ。社会の発展とともに信仰を失った八百万の神々は、人間に混じって暮らさざるを得なくなった。けれども時にはうっかり本性を表したり、秘めた神通力の片鱗を見せたりして、人々を畏怖させることもある。そうなったら、もう神とは呼ばれない。人々に危害を加える「妖怪」と呼ばれるのだ。外見も、通俗も、人間と変わりはしないのに。


「明日、夕食いらねぇから」


 仕事終わりの夜。食卓を囲みながら切り出すと、母は「そう?」と顔を上げた。


「友達とご飯でも行くの」

「違ぇよ。その……デートっていうか」


 おれは硬い髪を搔きむしった。母は目を輝かせた。


「相手ができたの!」

「まだマッチングしただけだってば」

「どんな子?」


 仕方なく、ユカリメイトの画面を見せた。アイコンの写真に相手の顔はない。美夜(みや)という名前の女性らしいが、名前にも、大卒の大学職員という経歴にも特に物珍しさはない。


【今度の土曜日、よろしくお願い致します。待ち合わせはお店の前で】


 彼女の丁寧な返信を最後に、メッセージのやり取りは途絶えていた。連絡を取り始めて数日が経っていたが、まだ打ち解けた感触はない。


「いい子じゃない。それでも会ってくれるなんて」

「どうだか。とりあえず会ってみるのが定石だしな、この手のアプリは」

「そう言わないで、仲良くなっておいで」


 背中を押しながら、母は「三峰(みつみね)家の未来はあんたに懸かってるんだからね」と余念なく脅しをかけた。おれは肩をすくめた。真神同士のお見合いで結婚したという両親のことが、この期に及んで羨ましくなった。

 仲良くなれない心配はしていない。

 狼の妖怪だとバレるのが怖いのだ。

 そんなことで誰かを失うのは御免だ。もう、二度と。




 仕事終わりの美夜さんとは、午後七時に駅前のカフェで合流することになっていた。店選びも予約もぜんぶ済ませてくれた彼女は、果たして、午後七時丁度に店の前へ姿を現した。


(たける)さんですか?」


 声を掛けられて、驚いた。現れた本物の美夜さんは、ちんちくりんのおれでは釣り合わないほどの高身長とスタイルの持ち主だった。はらりと踊る長い髪におれは息をのんだ。


「お待たせしてすみません」

「いえ……おれは別に、仕事も休みだし」

「そうですよね。土曜日ですもんね」

「立ち話もなんだし、その、中に入りませんか」


 動揺を悟られまいと、ドアの取っ手に指をかけた。窓辺の席へ案内され、おれはアイスコーヒーを注文した。優柔不断な男だと思われたくなくて、目に付いたメニューをとりあえず読み上げただけだったが。


「お店、勝手に指定してごめんなさい。こういうの慣れてないから、行き慣れたところがよかったんです」


 おずおずと美夜さんが髪をいじる。おれの硬質な髪よりも繊細で、流れる水のようだ。


「まぁ、慣れないですよね。おれもなかなか慣れないな」

「お幾つですか、武さん」

「二十七です。美夜さんは二十六でしたっけ」


 運ばれてきた飲み物を前に、ぎこちなさの抜けきらない会話が続く。美夜さんは大学図書館の司書として働いているそうだ。おれも()()()は農協の職員をしている。営業職だと明かしたら、美夜さんは「わたし営業なんて無理です」と大仰に驚いてみせた。

 まるでAIと話しているみたいだ。

 アプリで出会った相手など、最初はこんなものだと分かってはいるが。

 おれも美夜さんも、ただAIの相性判断に従っただけ。互いに興味をもってマッチングしたわけでも、互いの素性を知っているわけでもない。もしも知っていたら彼女は近寄ってこなかっただろう。なぜならおれは、人間ではないから。


「話しやすいですね、武さんって」


 ティーカップを置いた美夜さんがにへりと笑う。

 おれの胸はまだ岩のような緊張を帯びている。


「お会いしてみてよかったです。怖い方だったらどうしようって思ってたから」

「……それならいいですけど」

「話しやすいって言われたりしませんか」

「しませんよ。むしろ怖がられるばかりだった」


 自嘲したおれの脳裏に、失敗の記憶が無数に蘇る。狼人間であると知るや、おれを突き放して立ち去った昔の恋人。暴れて怪我を負わせてしまい、離れていった同級生や近所の人々。

 真神の血なんか、おれの代で滅んでしまったほうがいい。

 悲観が疼いて、グラスを握る指先に力がこもる。いけない、落ち着けと深呼吸をする。おれの静かな苦悶をよそに、美夜さんは「何も怖くないのに」とつぶやいた。


「気遣い上手だし物腰柔らかだし、とっても素敵な人です。どうして恋人がいないのか分からない。こんな私のこともちゃんと()()()()してくれるのに──」


 ──ガラスの砕ける音が話を遮った。

 瞳孔の縮んだ美夜さんの目が、おれの手元を見た。おれも茫然と手元を見下ろした。握りつぶされたグラスの破片とアイスコーヒーが、点々とテーブルを汚している。「大変!」と叫んだ美夜さんが、手元のおしぼりを掴んだ。


「手、大丈夫ですか? 絆創膏とか……っ」

「構わないでください!」


 おれは彼女の手を払いのけた。ガラスの破片でも傷つかない手が、グラスを圧壊させるほどの握力が、おれの正体をまざまざと物語っていた。窓には満月と、髪が逆立って狼のようになった自分の影が映っている。ああ、迂闊だった。今夜が()の満ちる日だったのだ。


「もう帰りましょう」


 彼女の顔を見ないまま、おれは早口に告げた。


「今ので分かったでしょ。おれ、人間じゃないんです。狼の妖怪の末裔なんです。人間のあなたと付き合えば、いつかあなたのことも傷つけてしまう」

「違います、私は……っ」

「おれのことは忘れてください。あなたと知り合えて嬉しかったです」


 なおも何かを言いかける美夜さんに、おれは席を立って背を向けた。時間を無駄にさせたことを謝りたかったが、胸が詰まって何も言葉にならない。代金だけでも置いていこうと財布を取り出すおれに、「待ってください!」と彼女が手を伸ばした。



 ぼう。



 真っ赤な炎がおれを包み込んだ。

 燃え尽きた財布が指先から吹き飛んだ。


「は……?」


 驚愕して立ち尽くしたおれの手を、美夜さんの手が掴んで引き留める。骨が軋むほどの力だった。「あ……」と青ざめながら彼女は口元を覆い、指の隙間からは灰色の煙がこぼれていた。

 水のようだった長い髪は強張り、まとまっている。

 まるで蛇のように。

 不意に、両親の昔話が脳裏をよぎった。

 三峰家の先祖は(ミコト)に代わり、火と水の荒神・大蛇(オロチ)をこの地に鎮めてきた。放っておけば大蛇は暴れ回り、破滅的な災厄を引き起こす。それを防ぐのが真神の使命であり、だからこそ血を絶やすわけにはいかないのだ──。確か、そんなことを。


「……人間じゃないのは私も一緒です」


 叫ぶように美夜さんは言った。

 震える手でおれの手を取りながら。


「私、大蛇(オロチ)の末裔なんです。あなたと同じ妖怪です」




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― 新着の感想 ―
恋愛ものの古典、王道のプロローグ……いいですね! 大蛇側の女性の過去なんて、それこそ惨いイメージしか沸かず。真神側の男性に、悲惨な過去から彼女を救ってあげて、と願わずにいられません。 ハッピーエンドを…
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