3-24 アジキメタリカ
地上のゴミを廃棄するためだけに掘られた谷、ガラクータバレィ。年老いた両親と共に谷に住む少年、メタリカにはある秘密があった。
……。
天蓋に光が灯り、世界を明るく照らす。メタリカが住むガラクータバレィにも、辛うじて文字が読めるほどの光が差した。
「朝だ!」
銀色がかった光沢のある黒髪の少年、メタリカは点灯と同時に、ベッドから飛び起きる。
慌ただしく着替え、となりのダイニングルームへ向かう。年老いた両親が席につき、朝食を取っていた。
「父さん、母さん、おはよう! いってきます!」
メタリカは朝食のパンと弁当を手に、玄関へ走る。両親は咳き込みつつ、心配そうにメタリカを見送った。
「メタリカ、もう出るのかい? 天蓋光が点いたばかりじゃないか」
「そうそう、そんなに急ぐことないわよ。食べてから行ったら?」
「時間が惜しいんだ。少しでもたくさん、メタリチウムを集めないと!」
メタリカは両親に手を振り、樽のフタでできたドアを開く。
嗅ぎ慣れたメタリチウムと油の臭いが鼻をつく。家の前の通路は、地上から投下された大量のガラクタで埋まっていた。
「あーあー、またこんなに捨てやがって。地上の連中は飽きっぽいなぁ」
メタリカはそれらを通路の端へ寄せながら、先を急いだ。錆びついた水道管に仕切りと家具を置いただけの、小屋とも呼べない建物だったが、メタリカにとっては世界一落ち着く我が家だった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
メタリカは、地上のゴミを廃棄するためだけに掘られた谷、ガラクータバレィに住んでいる。谷は地上の居住地を囲うように掘られているそうだが、メタリカは地上の都市を見たことも行ったこともないので、よく知らない。
谷は深く、地底から地上は見えない。見えるのは空に設置された天蓋光と、谷に沿って等間隔に並ぶ「従順なアンディ」だけだった。
「やぁ、アンディ! 今日も仕事を頑張ろう!」
「……」
「従順なアンディ」は一点を見つめ、硬質な笑顔を浮かべている。メタリカは毎朝欠かさず声をかけているが、返事は一度もない。
それもそのはず。「従順なアンディ」はメタリチウムの一種であるブリッキン製の人型兵器だった。不足がないよう、地上の工場で大量生産され、ガラクータバレィへ送られてくる。
真っ赤な兵隊の格好をした、あどけない少年の形をしているが、非常に頑丈でめったに壊れない。誤って谷へ落下しても、自力で谷を登り、元の位置に戻った。
「メタリカ! そいつに馴れ馴れしくするんじゃない! その怪物が何をやっているのか、知っているだろう?!」
「ご、ごめんなさい」
通りすがりの老人に咎められ、メタリカは歩くスピードを早める。「従順なアンディ」に挨拶をするのは、メタリカだけだった。谷の人間は皆、彼を憎んでいる。
「従順なアンディ」の仕事は、谷から地上へ脱出しようとする者を突き落とし、亡き者にすることだった。今まで何人もの若者が脱出を試みたが、成功者は一人もいない。地上に触れた手は踏み潰され、谷から顔を出した瞬間に蹴飛ばされた。
何人犠牲になろうとも、地上を目指す者は後を絶たない。「地上の都市ではどんな願いも叶うらしい」と、ウワサになっているせいだった。
メタリカも興味はあったが、年老いた両親を谷に置いていってまで挑戦しようとは思えなかった。むしろ、家族を捨ててまで己の野望を叶えようとする者を嫌悪し、彼らの始末をさせられる「従順なアンディ」に同情していた。
「僕は知っているよ。君は怪物なんかじゃない。君は、僕らと同じ……」
♦︎ ♦︎ ♦︎
「みんなー! 朝ごはん、持ってきたよー」
メタリカの呼び声に、子供達が集まってくる。メタリカは両親から持たされる朝食と弁当を子供達に分け与えるのが趣味だった。
「メタリカもいっしょに食べようよ」
「平気さ。僕は家で食べてきたから」
「本当?」
不安気な少女に、メタリカは頷く。少女はメタリカを信じ、パンにかぶりついた。
メタリカは空っぽになった弁当箱を回収すると、スンスンと周囲の臭いをかぎ、ひと気のないガラクタ溜まりへ足を向けた。
途中、鉱山へ向かう大人とすれ違う。皆、ガラクタ溜まりへ行こうとするメタリカを馬鹿にした。
「よぉ、メタリカ。そっちにあるのはカスばっかだぞ」
「知ってるよ」
「また一攫千金を狙うつもりか?」
「それもいいかもね。ついて来ないでよ」
「行かねぇよ。あんなガラクタ山」
大人達の言うとおり、ガラクタ溜まりと呼ばれる広場には、ほとんど価値のないゴミやガラクタばかりが集められていた。どれだけメタリチウムをかき集めても、大した額にはならないだろう。
だが、メタリカのお目当てはそれだった。
「お。あった、あった」
メタリカは木製の机にわずかに使われているメタリチウム片を見つけると、指で剥ぎ取った。周囲に人がいないのを確認し、パクッと口へ運んだ。
「うーん。たしかに薄味かも」
むぐむぐと噛み砕き、飲み込む。その後もメタリチウム片を探し当てては、こっそり食べた。
メタリカの好物は、メタリチウムだった。「普通の」食べ物も食べれないことはないが、メタリチウムのほうが断然美味い。メタリカの歯は頑丈で、強靭なメタリチウムを噛み砕くことができた。
このことは誰にも話していない。両親にもだ。用意してもらった食事は、全て身寄りのない子供や老人に与えていた。
両親は普通の食事をとるが、メタリカとは血の繋がりがない。谷に捨てられたメタリカを拾い、育ててくれた。
本当の両親は知らない。彼らもメタリカと同じ体質なのだとしたら、人間じゃないのかもしれない。
「おっ! ゴルデンマイト、みっけ!」
机の引き出しを開くと、丸くて平たいメタリチウムが黄金に輝いていた。売れば、かなりの額になる代物だ。メタリカはそれは食べずに、ポーチへしまった。
体質のおかげか、メタリカは膨大なガラクタの中からメタリチウムを嗅ぎ当てるという特技を持っていた。この特技を使えば、危険を冒して鉱山へ挑まずとも、価値のあるメタリチウムを集められる。
メタリカはメタリチウムをお金に換えて、両親を地上へ帰したいと考えていた。
二人はかつて、地上の住人だった。
ところが、ガラクータバレィの環境改善を訴えたせいで、地上人の証である「ナンバー」を剥奪され、谷へ落とされてしまった。長年の谷生活で体を壊し、毎日苦しんでいる。メタリカがメタリチウム集めを急いでいるのは、そういう理由からだった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
ガシャン、と背後で何かが落下した。
「うわっ、びっくりした……」
メタリカはビクッと肩を震わせ、メタリチウム片をくわえたまま振り返る。見かけない人型兵器が、「従順なアンディ」を踏みつけていた。
化粧をほどこした大きな顔、谷の壁面に刺さりそうなほど長いまつ毛、丸くて大きな青い目、色とりどりの塗装がされた爪、絵本の中でしか見たことがない豪華なドレス。大人と同じくらい大きい。
人型兵器は頬に手を当て、小首を傾げている。なんとも愛らしい、少女のような外見だったが、足だけは無骨なホイールが取り付けられていた。
「追跡対象をロスト。索敵モードに移行イタシマスワ」
甲高い声。ポーズを取ったまま、ホイールを動かし、前進する。何かを探しているらしく、首をぐるぐると動かした。
彼女に踏みつけられたアンディのボディはひしゃげ、ピクリとも動かなかった。
「アンディ!」
駆け寄ろうとするメタリカ。
人型兵器は青い瞳をぎょろりと動かし、メタリカへ焦点を当てる。メタリカが口に含んでいるメタリチウムをズームし、写真を撮った。
「ワタシ、『おませなアイリス』! レジーナ・シンスティック製の対アジキ族人型兵器ヨ!」
「あ、えっと、僕は……」
メタリカは自分も名乗ろうとしたが、できなかった。
「おませなアイリス」はメタリカを指差すと、
「アジキ族を発見。回収イタシマスワ!」
長いまつ毛を針のように発射した。
「ひっ!」
メタリカは無駄だと分かっていながらも、反射的に腕で頭を守る。まつ毛が肌に触れた瞬間、死を覚悟した。
ところが、来るはずの痛みはなかった。恐る恐る、腕を退ける。撃たれた肌が裂けて口になり、まつ毛を食べていた。
「な、何これ……口? 僕の体、どうなっちゃったの?」
それを見た「おませなアイリス」は「マァ、マァ、マァ!」と興奮した様子で、カメラをギョロギョロと動かした。
「対象のアジキ族を"メタリチウム型"と断定! 攻撃を変更イタシマスワ!」





