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3-22 白磁のような公女様 ~追放された悪役令嬢、陶磁器と魔法で辺境改革!~

婚約破棄の末、辺境への嫁入りを押し付けられた『悪役令嬢フレデリカ』。

主人公が転生したのは、そんなゲーム世界のやられ役だった。

おまけに追放先となる公爵領は、差別される亜人が住み、終盤では反乱を起こして全員死亡の危険地帯。


「じょ、冗談じゃないわ、死にたくない!」


特に産業のない辺境だが、古い鉱山からは魔石を含んだ『土』が出た。

鍵は、前世で培った、陶磁器への愛と知識。

焼き物と魔法を組み合わせた『魔導磁器』で、水の湧く茶器に、ホットプレート、アイスクリーム・メーカーなど、美しく便利な陶磁器を作り出す。

亜人たちの文化を取り入れたデザインも、彼らの差別を変えていくことに。


差別されていた辺境は、一転して流行の発信地へと成長する。


悪役令嬢としてゲーム世界に転生してしまった元社長令嬢が、陶磁器への愛情と知識を武器に、追放先を盛り立てていく物語。

 いつから好きだったのかは、分からない。

 確かなのは、今でも好きということだ。


「わぁ……!」


 私は、はしたなくも大きく口を開けてしまった。

 シャンデリアが照らす展示台に、たくさんの陶磁器が載っている。

 小走りなんて、17歳の令嬢としてどうかと思うわ。でも今だけは、しゃがんだ拍子にドレス裾が床についても構わなかった。


「すごい……!」


 光をまとう逸品たち。

 開場前の展示室だし、今なら見放題だ。

 まず顔を近づけるのは、ドワーフ族による、どっしりとした造作のポット。唐津焼を思わせる素朴ながら力強い造りだ。まるで初恋の人と再会したように胸が高鳴る。

 続いて獣人族の作となる、クリーム色の皿。魔獣の角と磁土を混ぜることで、独特の風合いを出している。

 青みがかった炻器のディナープレートは、春の花を縁にあしらったもの。エルフ族による繊細な筆致は、前世の東洋風(シノワズリ)に似るだろうか。

 ああ!

 一個一個を取り上げて、通行人、いいえ! 世界中にその素晴らしさを宣伝したい!!

 なにせ――


「どれも私が関わったし、ね」


 我が子の晴れ舞台のようなもの。

 ……晴れ舞台って、こっちの世界でもいうのかな?

 でも、今日の主役は別。

 最奥の台座に置かれているのは、雪のように真っ白で、どんなモデルの肌よりも艶やかな、『白磁』と呼ばれる陶磁器達だ。

 まとったガラス質が、宝石のようにきらめいている。


「他のお皿さんも素晴らしいけど、やっぱり白磁は特別だわぁ……! 『無色』と『白』はぜんぜん違う色で、ほんとうの白ってこんなにきれいなのよ……!」


 部屋の外から呼ばれる。

 『フレデリカ・フォルナ』という、この世界での、悪役令嬢の名前を。

 姿見に全身を映した。

 赤のドレスに、豊かな金髪を後ろで結っている。吊り目がキツそうな、いかにも悪女っぽい見た目をしているのだけど、これは生まれつきだから仕方がない。

 胸元のブローチが少し光った。婚約者の瞳と同じ、深い青色の宝石。


 ――結婚式みたい。


 実際、この展示会は公爵夫人のお披露目を兼ねているのだが。

 仲間に返事をして、私は展示室を出る。


「来たか」


 廊下の終わりで、黒髪の青年が壁に背を預けていた。振り向くと、家紋である竜紋章のマントが揺れる。凍てつくような美貌だが、春の日差しに照らされる微笑みは、どこか優しげだった。

 せっかく白磁のように整えた頬が、赤くなったように思う。


「――もう」

「どうした」

「どうしてこうなったのかって、ちょっと思っただけ」


 眩しさと歓声に導かれるように、廊下を歩く。


 ――公女様!

 ――賢き、白磁の公女様!


 ……みんな、大げさすぎない!?

 群衆が広場を埋め尽くしていた。私は、公爵ハインツと声を張る。


「魔導磁器工房、開窯(かいよう)展へようこそ!」


 本当に、本当に、好きなものを追い求めていただけなのに、なんでこうなった!?



     ◯



「まさか社長令嬢が、トラックにはねられてゲームキャラに転生とはね……」


 社交シーズンも終わる秋。

 揺れる馬車で、私はぐったりと窓にもたれていた。


「しかも悪役令嬢として婚約破棄、まさかまさかの辺境追放ルート……!」


 雄大な山脈が、立ちはだかるように私の視界を塞いでいる。国土の最北、ドラッヘ山脈だ。『竜でもいそう』とその名がついたらしいが、実際にいるのは獣人、エルフ、ドワーフといった、鼻つまみものの亜人達だ。


「いや、そりゃさぁ、ちょっと変な気はしていたよ? 人物に妙に聞き覚えがあったり、出来事の先がわかったり」


 前世やり込んだ乙女ゲー『フォーチュン・アルケミスト』。私は、中盤で断罪、辺境に追いやられる悪役令嬢フレデリカ・フォルナに転生。前世を思い出した時にはもう破滅不可避だった。

 ただ、以前から虫の知らせというか、嫌な予感はあった。たとえば、『聖女』とやらが現れ、私の婚約者である王子と仲良くなる。この時も感情のまま嫌がらせするのはやめた方がいい気がして、じっと耐えた。

 私は前世知識を活かし、それなりに社会貢献して、それなりに稼ぐ。ばかりか、実家である侯爵家が聖女を潰そうとするのを庇いさえした。

 だというのに……!

 王子はすっかり聖女にほれ込み、『私が悪女』というデマを信じて追放したわけである。

 新たな嫁ぎ先は、公爵家とは名ばかりの、人種・文化問題を抱えた、貧しい辺境領。

 ゲームと同じ展開をなぞったわけだ。

 ため息をつくと、かすかに白い。


「……悪女の追放先としては、いいところじゃない?」


 強がっても、同乗の侍女らは俯いただけだった。やがて街へ入るけど、御者の鞭音もどこか陰気に響く。

 緩やかな坂にさしかかると、秋晴れの下、無骨な建物が見えてきた。

 公爵邸らしいが、ほとんど砦である。検問で、衛兵が馬車をのぞき込み眉をひそめた。


「お通りください」


 主の婚約者が、ごつい幌馬車でやってきたら変に思うか。追放だし、大荷物だしで仕方なかったのよ。

 中庭に停まると、執事らしい青年がやってくる。

 声を震わせる侍女。


「お、お嬢様」


 ……外に公爵本人はいない。

 つまり一応は婚約者の到着なのに、エスコートはなしか。

 私は独りで馬車を降り、青年に微笑みかける。


「初めまして。フォルナ侯爵令嬢フレデリカです」


 悪女フレデリカの到着にも、青年は凍り付いたような無表情だった。


「主は遠征に出立しており、本日はお会いできません」


 ……なるほどね。

 仮に本人がいたとしても、執事の表情を見る限り、歓迎されたとは思えないけど。都で行き場のない悪女を、王命で押し付けられたと感じているだろう。


「要件だけは伺っております。客間を準備させますので、ひとまずこちらへ」


 私は独りで後に続いた。


「ちょっと待って。これを」

「――!」


 馬車から降ろした大カバンを、彼に押しつける。


「なんですか、これは。お、重い……ですね」

「贈り物よ。公爵様にすぐお見せできないのは残念だけど、ぜひ開けてくださいな?」


 笑顔で念押し。青年は訝しげに目を細めたけど、何も言わなかった。

 私を待合室に残し、退出する。


「さて……展開もキャラ名も、本当に原作どおりね」


 私はどうやって生き残るか、考えた。

 フレデリカ・フォルナの災難は、中盤の断罪イベントだけではない。後半に内乱が起きると、まるで役者がクビになるように雑に死んでしまう。

 そしてその内乱が起きる土地こそ、このドラッヘ公爵領だ。

 阻止には、原因――貧しさと人種問題の解決が要る。


「……ん?」


 天井を仰いで脱力していたが、ふと壁際の調度、花器に目が留まった。

 にじり寄り、まじまじと見つめる。


「ん!? んんん?」


 こ、これは――(しつ)(アンド)(じつ)

 素晴らしい造形の花器だった。ややねじれた柱型で、赤褐色と灰色のグラデーションがよい表情を見せている。技術的に、おそらく自然釉(しぜんゆう)――灰が一部ガラス化する原始的な釉薬が使われたのだろう。

 でも、素朴だからなんだ。

 この地の山脈を思わせる、力強さがあるじゃない!


「……本物ね」


 ゲームの世界と思ったけれど、暮らしている人がいる。だから普段使いの品、陶磁器には、その地の文化や工夫が宿るのだ。

 私は前世、窯業(ようぎょう)の社長令嬢だった。創業者のおじい様から、陶磁器が生み出す奥深さ、美しさを教わっている。

 決してきれいなだけじゃない歴史もね。

 やがて待合室の扉が開き、青年が慌てて飛び込んできた。


「失礼、こちらへ!」


 通されたのは、執務室だ。

 修繕が行き届いていないけれど、調度自体はここも悪くないわね。竜紋章のタペストリー、その前に机があり、左右に3人が控えている。

 1人は先ほどの青年執事で、長い耳からするとエルフ族。他は獣耳を生やした獣人のイケメン、それにがっしりとしたドワーフ。

 空席の大机は、本来なら公爵ハインツが座る場所なのだろう。


「これはあなたが?」


 青年が指さすのは、机に置かれた真っ白なカップ。

 私は軽く足を引き、略式のカーテシーをした。


「ええ」

「純白の陶磁器は古代に失われ、我らエルフさえも再現できていません。しかもこの器具からは、魔法を感じます」


 エルフがカップの淵に触れると、刻まれた文様が輝く。

 泉が湧き出してくるように、白磁のカップに水が溜まった。


「『魔導磁器001 ブルーウォーター』――錬金術師(アルケミスト)として、私は陶磁器に魔法を込め、白く焼き上げる方法を開発しましたの」


 白磁の白さ、そして質感は、高温焼成でガラス質が土から溶け出し、器全体をコーティングするためだ。私は、このガラス質を魔石クリスタルで代用する術を思いつく。

 前世の知識と経験が魔法と結びついた。


「便利でしょう? しかも美しい。都で流行れば、領地の産業になる。買いません?」


 ドラッヘ公爵領の産業は、魔石鉱山だ。つまり魔石というガラス質を含んだ土が、大量に出る。

 獣人が唇の端から牙を見せた。


「――王都から放逐された悪女を、そうやすやすと信用しろ、と?」


 エルフも皮肉げに笑う。


「流行など……亜人と蔑まれる我々が?」

「ええ!」


 私は微笑んだ。


「焼き物は化学。どんな人でも、名品は作れるわ」


 たとえ悪役でもね。

 睨むエルフ達と、バチっと火花が散った気がした。


「この地でどんな陶磁器が生まれるか、試してみませんこと?」

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