3-15 転生邪竜くろごまは第二の竜生で愛を探す
かつて世界を恐怖に陥れた邪竜『バルバロッサ』。しかし、その邪竜は一人の勇気ある王子と相棒の白竜によって討伐された。
それから十数年後、王子は父の跡を継ぎ国王となり隣国の姫と結婚し二児の父となり、相棒の白竜は子供たちの良い遊び相手となり幸せな月日が流れた。
そしてその白竜も、良き伴侶となる竜と番になり、卵を産んだ。しかし、産まれてきた仔竜は両親とは似ても似つかぬかつての宿敵を思いださせる黒い竜。
その竜を見た王と相棒が、緊張と困惑の感情を抱くなか第ニ王子が、この子黒くてかわいい! と一目散に黒竜の元へと走っていった。
この物語は、そんな第二王子に溺愛されているっぽい元邪竜のくろごまと周りの家族とのほのぼのストーリーである。
我はバルバロッサ。かつてこの世界で人間どものいう悪逆の限りを尽くし、そうしてとある人間によって討伐された者である。
だが、我は十数年の時を経て転生したらしい。それも、かつて我を討伐した人間と竜の『家族として』だ。こいつらに恨みはない。命がけで戦ってそれで負けたのだから、むしろそのような感情を持つことは竜としての威厳に関わる、関わるのだが……。
「くろごま、どうしたの? 難しいことを考えているような顔をしているよ?」
くろごまではない、バルバロッサだ。我を変な名前で呼ぶ人間は、アイツ(この国の王)の二番目の息子だ。思えばこいつ(第二王子)は我が産まれた時に真っ先に駆け寄ってきた。父親が警戒している厳しい表情をしているのにだ。おまけに、くろごまなどというふざけた名前を我に名づけおってからに。
後で知ったのだが、我の名は当時の第二王子が好きだった、ハクマイやゲンマイという東の国由来の食べ物にふりかけるものの名前ではないか。我は家畜か! と思ったものだ、懐かしい。 まぁ、おかげで我はこうして暮らしているのだが。その辺だけはこいつに感謝しなければならないのだろう。
「くろごま、もしかして悪いこと考えてる? 父上に言いふらしちゃおうかな?」
やめてくれ、洒落にならない。『ぎゃうぎゃう』とこいつに向かって甘えた声を出して無害アピールをしてみる。前世では散々悪逆を尽くしたのに何という皮肉かとは我ながら思ってしまうのだが、生きる為だ。
「言いふらすわけないよ、くろごまは悪い竜じゃないもの。父上も母上もあまり入れ込むなとは言うけど、ボクはくろごまが大好きだから」
あ、ありがとよと我は『ぎゃぎゃう』と鳴きアピールをする。
「兄上はボクと違って、剣術も魔術も上手いんだ。でもボクはそういうの苦手。でも、くろごまとか鶏とか馬をお世話したり一緒に遊んだりするのは好き」
ああ。そうだな、こいつは剣術や魔術は上手くなくとも、誰かと遊んだり、お世話をしたりする事が好きな優しい人間だ。我に対してはいささか甘やかし気味になっている気もするが、悪い気はしていない。
そして、人間どもはすぐに互いの優劣を比べて、劣っている方をバカにする愚かな所があるが……こいつらの場合は、お互いのすごさを認めあう微笑ましい光景を我に見せてくれる。
「ふふ、ボクばかりくろごまに話しかけちゃってごめんね。先生がこれからボクに色々教えてくれるらしいから、行ってくるね」
あぁ、気を付けて行ってこいと、我は『ぎゃう』と一鳴きしたのだった。
いくら前世の記憶が残っていたとしても、今の我は身体の特徴だけが似ているだけの、別の竜だという自覚はあった。人間に対しての憎しみなどとうに消え失せ、血の匂いもまた、遠い日の思い出となりつつある。
勿論、たまに我や肉食の家畜が食べる生肉を食する時に、『それ』を味わう事はあるが、それは歓喜の感情であり、前世のようなどうしようもない本能から来る、飢餓感に近いものではないのだけは、確かだった。
「我が子よ。今日も難しい事を考えていたのですか」
「おふくろ」
竜同士が使う言語……人間から見ればぎゃうぎゃうと言っているようにしか見えないらしい言葉で我が子と呼ぶ者は我の母竜である、白竜『シラユキ』。我がバルバロッサと呼ばれていた頃、今の王とともに守護竜として我を討伐した竜。
最初に我の顔を見たときに、一瞬困った顔をしていたが、すぐに母は我の顔を舐めて、すぐに母の顔をしていた……と聞いたことがある。
「ワタシと同じ白竜として、何故産まれなかったのか、ワタシが困るような事態に、なぜなってしまったのかとか考えていませんか、我が子よ」
「はい、考えていました」
前世ならともかく、今は……隠しごとはしたくない。そう考えてしまうだけで、すでに我は牙を抜かれたあとなのだろうなと思考を巡らせる。
「バルバロッサ、ワタシの背中に消えぬ大きな傷を残した竜。確かにあなたが卵の中から産まれた時、そいつの面影を感じたあなたに、良き感情を持たなかったのは事実です、あの時はとんでもなく痛かったのですからね」
「ごめん、おふくろ」
「何故あなたが謝るのかしら。まぁ、仮にあなたがそいつの生まれ変わりだとしても、あなたに罪は無いわ。それに、この傷をあの人(王)のかわりに受けたのならば、それは名誉の負傷であり、王の守護竜としては最大の勲章になるわ……ってそれをあなたに話しても仕方ないのに」
「……」
「我が子よ、あなたがどんな存在であれ、ワタシにとっては命よりも大事な、この世に一つしかない宝物よ」
「おふくろ……」
もしかしたら、同じ話を何回も聞いたかもしれない。でも、何故か我の心の中に、王家の守護竜に傷をつけた邪竜としての悦びと今の母が守護する対象に自分もいるという安心感と、何かが救われた気持ちが同時に生まれたことを、実感せずにはいられなかった。
「ところで、第二王子とどんな話をしていたのかしら?」
「我と話をしたり、遊んだりするのが好きだと」
「ふふ、父に似て優しい子」
優しい? あの王が? 我を最後に斬り捨てたあの人間が? 頭の中に疑問符が何重にも湧いてくる。
「ワタシの言葉は本当なのかって疑ってそうな顔してる。でもあの人は、本当は誰も傷つけたくない……それが理想図でしかないとわかっていても心からそう思う優しい人。それが強さに繋がっていただけ」
ならば強かったんじゃないかと我は顔をしかめる。更に難しい表情をしたのを見た我のおふくろは更に言葉を続けた。
「あの人の妻、隣国の姫だったんだけど、バルバロッサとの戦いの前に自分もついていきたいとさんざん駄々をこねたらしいの」
「駄々を……今の姿からは……想像できる」
「もしもあの人が死ぬ事があったら、バルバロッサの顔面に怒りの鉄拳を、刺し違えてでもぶちかましてやるわってあの時言っていたわ、微笑ましかった」
我は想像する。鬼のような形相で顔面にぶちかまされる、筋力と速度強化魔法を術者の魔力の限界まで重ねがけした一撃は……喰らいたくないと、自分がその対象になることはないとわかっていても、青ざめてしまいそうになってしまった。
「何故あなたが怖がっているの? 我が子よ。もしかして、あなたは単に面影を感じているだけではなく、バルバロッサ……あいつの生まれ変わりか何かだったりするの?」
おふくろの顔が近い、綺麗な青色の瞳が、我の心など見透かしてやるという雰囲気をまとっている。おふくろは更に我の顔に近付くと、マズルにちょんとキスをした。
「さっきも言ったかもしれないけど、そうだとしてもそうじゃなかったとしても、あなたはワタシの宝物よ」
「あなたに危害を加えるのなら、ワタシは王家の守護竜だとしても、あなたを守るために戦えるわ。そんな日なんて、起こさせないけど」
そう我に語るおふくろの目は真剣で、自分が愛されている事を何度でも、何度でも感じさせる目だった。
「くろごま、ただいま」
「あらあら。第一王子が帰ってきたわね。じゃあワタシは王のところへ行ってくるわね」
第一王子が城に帰ってきたタイミングで、おふくろは翼を広げて王のいる所へと飛んでいった。さっきの目は、冗談ではなかった、その余韻を残したまま。
「どうした、くろごま」
『ぎゃーう、ぎゃうぎゃう』と我は第一王子に返事をする。すると、第一王子も一瞬だけぎゃうと呟いた後、我の言葉を理解しているかのようなふるまいを見せた。
「今日は学校で竜言語の一部を教わった。日常の意思疎通に使える程度のものだ」
『ぎゃう』と我は返事をする。どうやら気のせいだった。そうか、まだ無理かと少し残念なような、ホッとしたかのような気持ちになった。しかし、第一王子も我をくろごまと呼ぶのか……。
「言語体系が違うのか、おれもまだまだだな。しかしくろごま、お前もしかしたら母さんのシラユキよりも大きくなったら強くなるかもしれないよな。何というかオーラっていうやつがあると思うんだ」
我が……おふくろよりも強く? 確かにバルバロッサとしての我ならば、今度こそ勝つこともたやすいかもしれなかったが……。
「まぁ、弟の良い遊び相手になってくれるだけで、充分にくろごまは強いとおれは思う。弟と仲良くしてやってくれ。もちろん、おれとも」
我は強い肯定の意思を示す。そして第一王子の顔をぺぺろと舐めてやるのだった。
それはうっすらとした記憶、恐らく我が転生する時の直前の記憶。意識を一度手放す前、無機質な声が我の頭の中に響く。『愛を知れ、この愚かな邪竜』と。
今なら言える、お前に言われなくても愛を知るし、なんなら自分だけの愛を探してやると。
そう改めて決意した我と、その様子を眺めていた第一王子の所に、王子の母親とおふくろが息を切らして駆けてくる。
「第二王子が盗賊団にさらわれたから、取り戻しに行くわよ!」
「我が子よ、出番です。頑張ってきなさい」
やれやれと立ちあがり、我はやってやるか! 気持ちをこめて、ぎゃうと叫んだのだった。そして、簡単に死ぬなよと盗賊団のこれからを考えた。





