3-12 見上げる空、見下ろす死神と。
「いい夜ですね。ではあなたの命、狩り取らせてもらいます」
少年、結城 柊真はある日、空から降りて来た女性に告げられた。
って、なんですかこれ。煽り文にしたって安直過ぎません?
ん? げ、やば。…ごほん、失礼しました~。
げんざーい、げんざい。
…え? その妙な鳴き声は何かって?
あれですよ、あれ。ほら、昔話の冒頭で「むかーし、むかし」って言うでしょ?
それの現代版ってことです。では改めて。
げんざーい、げんざい。
…え? 今度は何?
そもそもお前は誰だ…って? うーん、正直名乗るのは面倒く…ごほん、名乗る名前もありませんので。
そうですね、ナレーさん、とでもしておきましょうか。
もういいですか? まだある? ではその質問はお客様センターにでも送っておいてください。本部の人が確認次第、順次対応してくれるはずです。
では改めて。
げんざーい、げんざい。
春とも夏ともつかない、季節。世に言う五月病がはやり始める頃。
一人の少年が不思議な女性と出会うことから、この物語は始まりましたとさ。
★
「こんばんは」
時刻は21時をまわった頃。いくら夏に近い春と言えども、既に真っ暗となっている道で少年が声をかけられる。
が、声のした方向らしき方を向いても、その主は見当たらない。
「こっちよ、こっち」
しばらくきょろきょろと見まわした所で、振り向いた方向、その斜め上から再度、声が降ってくる。
見上げると女性。街頭に照らされた、夜空とは対照的に光る銀の髪をなびかせて。
一人の女性が浮いて、いや、ゆっくりと降りてきていた。
背には鎌、だろうか。自らの身長と同じぐらいの長さの刃物が光っている。明らかに一般のそれではない。
「ええと、こんばんは?」
「はい、こんばんは」
驚き、疑問、恐怖、不安。
同時に流れ込んできてしまった感情に、どれを前面に出せば良いのか分からない。
迷った挙句、どれとも取れない顔のまま、とりあえず返した挨拶に、件の女性はにこりと笑う。
カツ、コッと足音を鳴らして地面に降り立った。
「いい夜ですね、『結城 柊真』さん」
「えっと、はい…そうですね?」
「初めまして、私はエリシア」
なぜ名前を知られているのだろうか、なぜ上からやって来たのだろうか。
そしてなにより、なぜ自分に声をかけたのだろうか。鎌。
聞きたいことはいくつもあるはずなのに。
いや、いくつもあるからこそ。またもや、前面に出す言葉に迷う。結果として、曖昧な肯定が言葉になった。
「静かで、月も星も出ている。本当にいい夜。…なので、あなたの命を刈り取らせてもらいに来ました」
「そう、ですか。…えっと、はい。では、どうぞ」
「突然こんなことを言われて、驚くのも無理は…え?」
は?
待て待て待て、今なんて言いました? この少年。
せっかく、真面目にお仕事してたナレーさんもビックリの回答しませんでした!?
眼を凝らしてみても、柊真は両手を上げて佇むのみ。それどころかそのままじわじわと前に進み始める始末。
「やけに物分かりがいいわね。というか良すぎない? もしかして本当には取られないとでも?」
「別にそんなことはないんですが…。命を刈り取られる、要は死ぬってことですよね?」
どうやらちゃんと分かっているらしい。
「もともと積極的に死にたい、なんて思ったこともないですが。まぁ人はいつか死ぬ、ぐらいに考えていたので」
「それにしたって、もっとこう、逃げたりとか怖がったりしない?」
「と言われましても…。宙に浮くような人が普通の人とは思えないし、そんな人に立ち向かっても勝てる見込みはなさそうだし、で。…あ、痛くないと嬉しいです」
そういうことではない、とエリシアは頭を抱える。
違う、そうじゃない。欲しかったのはそういう反応じゃない。
「で、でもほら。怖がって叫んだら、誰か来てくれるかもしれないじゃない」
「いやー、このご時世ですし、どうでしょうか。それに、いかにも人に見られないようにしている人が現れたのに、その辺の対策がないのも考えにくいですし」
当たりだ。確かに、いざ叫ばれた時のため、エリシアは辺りに声が響かないようにしている。人払いも行ったため、近くにそもそも人が寄り付かない。
それにしたって、なんて冷たい世の中ですか。まったくまったく。
と、そうこうしているうちに柊真はエリシアの前まで迫っていた。もはや目と鼻の先ほどの距離。
これでは、どちらが攻め込んできたのか分かりやしない。
「ちょ、近い近い近い」
「おっと、これは失礼」
流石に近づきすぎと自覚した柊真が一歩、また一歩と離れる。
いやー、今にもキスしそうでしたね、この二人。ナレーさんも、年甲斐もなくドキドキしちゃいましたよ。
一息。
「と、とにかく。抵抗しないなら、そのまま刈り取るまでね」
仕切り直したように背中の鎌を構える。その刃先は既に、柊真の首元に添えられている。
やはり柊真は動かない。どころか、軽く動いたことで、刃先はもう首を傷つけ始めている。
つ、と。一筋の赤い線が垂れ落ちる。艶めかしくも怪しく輝きながら、滴り落ちていく。
後少しでもエリシアが力を込めて動かせば、柊真の首は抵抗する事もなく、地に落ちるだろう。
「っ!」
いける、と思ったか。いかないとまずいと思ったか。
エリシアが鎌に力を込める。
込めて。
引く―――前に。
「にゃあん」
「わっひゃぁ!!」
あ。
取り乱したのか、エリシアの手から鎌が放り出される。
柊真の首、どころか頭の上を通り抜け、宙を舞う。ぐるんぐるんと回転しながら地面に突き立った。
「おお、すごいパフォーマンスですね」
奇しくも、首と胴体が離れなかった少年の声と、その拍手が静かになった辺り一帯に静かに響き渡った。
――少しして。
「落ち着きました?」
「うん、ありがと」
ずびー、と鼻をかむエリシア。
…ところで、余談なんですけど。人が鼻をかんでるの見るとなんというか、思うところありますよね? え、ない? そうですか…。
「エリシアさん、でしたっけ。俺を狙ったのって何か理由があったり?」
場所は先ほどから少し移動した公園。その中にあったベンチに二人して腰かけている。
当然、既にエリシアが人払いをし、辺りには人の気配がない。
「…えっと、実は誰でもよくって」
「いや、そんな。突然現れる殺人犯じゃないんですから…」
それでも柊真が根気よく話を聞いていくと、どうやらちゃんとした目的自体はあるらしい。
まず一つ。実際に殺すまではしないつもりだったこと。
「欲しかったのは恐怖とか悲哀とか憤怒。そういった感情だったの」
「感情? しかも、なんだってそんな良くなさそうなものを」
「そう、それよ。時代なのかしら、そういった感情は忌避され続けてるの。終いには、無くそうとする動きや感じないようにする動きまであってね」
「そういえばアンガー…なんとかって聞いたことがありますね」
「それね。でも何事もバランスって大事なのよ。そのままだと、どうしたって均衡は崩れてしまう」
「だから、無理矢理にでも感情を抱かせるために、ってことですか」
こくり、とエリシアは頷いた。
だからこそ、エリシア以外にも数人、同じように行動している人がいる。
もっと言えば、狙う相手は本当に誰でも良かった。名前を事前に調べるなど、丁寧な準備をしていたのはエリシアが個人的にしていることであり、他の人が行う場合はもっと場当たり的になる。
「でも安心して。襲われた後も、その数分の記憶が飛ぶだけ。体に異常は起きないし、後遺症が出ることもないわ」
「そうなんですね。…あれ? でも、そもそもとして、均衡が崩れると何がどうなるんです?」
気になるのはそこ。
エリシアの行動の目的は分かった。では次はその理由だ。
再度頷いたエリシアが口を開いた。
★
えぇ!? ここで終わりですか?
なーんか不完全燃焼ですねぇ。エリシアがやってきた目的もわかり始めた所だったのに! 絶妙に痒い所に手が届いてないですよ。
というか、こういうのもボーイミーツガールって言うんでしょうか。柊真の方はともかく、エリシアのほうはガールと言うより、レディですよね。ボーイミーツレディ…とか?
次回は…ってまぁ一週間後ですか。アニメみたいなものですし、そんなもんですよね。
さーって、次は…。ん? あぁそうだ。
「こちらも切っておかないとですね。ではでは、おつかれさまー」
通信を切断。
切断切断切断切断切切切切切切、ブッ!!
―――NO SIGNAL―――





