3-10 義姉3人と俺、家族未満の日常
一ノ瀬悠斗は高校1年生の男子。母子家庭で育ったが、ある日、母が再婚することになり、新しい「家族」ができる。
しかし継父は海外勤務中で母も同行することになり、家には悠斗と3人の義姉だけが残された。
長女は自由奔放、次女は才色兼備だがズボラ、三女は同い年のツンデレ気質。
4人きりの同居生活の中で、悠斗は義姉たちに振り回されつつ、少しずつ距離を縮めていく。
日常の騒動や学校での関わりを経て、“家族”としての絆が芽生えるまでを描く青春&ホームコメディ。
母子家庭で育った俺は、この夏の終わり、母が再婚することになった。
そして俺は、高1の九月、転入生としてこの町に来た。
新しいクラスでは、意外とすぐに話しかけてくれるやつがいて、気づけば昼休みを一緒に過ごす友達もできていた。
「悠斗、カノジョ欲しくないの?」
昼休み。箸を動かしていた手を止めて顔を上げると、向かいの翔がニヤニヤしていた。
「別に。欲しくない」
「お、即答」
「いないし。めんどくさいし」
「やれやれ……青春放棄か」
翔の肩をすくめる仕草を横目に、タコさんウィンナーを箸でつつく。
「……で、翔は? どんな彼女が欲しいわけ」
「俺? 一ノ瀬朱音だな。容姿端麗、成績優秀、生徒会長。才色兼備、3年。ああいう人に甘えたいわけよ」
「はいはい、夢見すぎ」
「でも夢見るのが男の特権だろ?」
「で、クラスの一ノ瀬小春は妹なわけ。顔は整ってるけど……正直、俺はちょっと苦手」
「俺も苦手だ」
「おい即答すんな! やっぱり小春ちゃんはツンデレ気質ってやつだな。悠斗って“一ノ瀬”って名字だろ。親戚か?」
「……親戚じゃない」
「じゃあ幼なじみ?」
「違う」
「じゃあ運命の赤い糸とか――」
「お前の脳内の糸、絡まってるぞ」
「え、もしかして黒歴史の糸?」
「やめろ、編むな。裁縫道具じゃないんだよ」
――そのとき、バンッと教科書を机に叩きつける音。
「……聞こえてるんだけど」
振り返ると、小春がじと目で睨んでいた。髪をかき上げ、冷ややかな視線を投げる。
「ほら出たー! この“じと目”がまた可愛いんだよな」
「翔、お前ほんと夢見すぎ。今のじと目……完全に“嫌い”のサインだぞ」
「俺は被害者だし? むしろ小春ちゃんにフォローされる可能性あるし?」
「どこからそのバラ色未来が見えてんだよ」
「心の目を開け、悠斗!」
「閉じろ、その目。今すぐ閉じろ!」
放課後。
帰宅した俺は弁当箱を洗い、資源ごみをまとめる。袋を持って玄関へ――
カチャリ、と鍵の音。
「……ただいま」
「おう、おかえり」
靴を脱ぎながら、小春がぼそり。
「弁当箱を出して」
「弁当は洗って干したよ」
「そうなんだ。……お弁当、おいしい?」
「おいしかった。ただ、ウィンナーのタコは――」
「何よ!」
小春が眉をつり上げる。
「いや、おいしかった」
「……ならいい」
「作ってくれてありがとう。弁当箱は俺が洗うから出して」
「そう」
小春は小さく頷いて、俺に弁当箱を渡す。
数歩進んだところで、ふいに振り返った。
「でも、変なことに使うと嫌だから、やっぱり私が洗うわ」
「変なことって何だよ」
「……箸をなめたり」
「俺は変態か」
「やるつもりだったくせに」
「やらねえよ」
ぷいっと言い捨ててから、小春は口元を押さえてクスッと笑い、自室へと消えていった。
(……はぁ、今日も平常運転だな)
弁当箱を流しに置き、水道の音が静かな部屋に響く。
ふと窓の外を見ると、夕焼けが壁を淡く染めていた。
その穏やかな時間を破るように――カチャリ、と再び玄関のドアが開く。
入ってきたのは、肩までの黒髪をさらりと揺らす女子――一ノ瀬朱音、次女。
朱音は片手にカバン、もう片方にはコンビニ袋をぶら下げて帰ってきた。
靴を脱ぎながら、ちらっと俺の方を見て、弁当箱を突き出してくる。
「悠斗、弁当箱、洗っといて」
「ああ、わかったよ」
ぶっきらぼうに聞こえるけど、要は“家事係の弟”扱いだ。
……まあ、慣れたけどな。
そのままコンビニ袋をリビングのテーブルにぽんっと投げ置く。
中から見えたのは缶コーヒーとチョコ菓子、それに――ゴソッと重そうなプリントの束。
「……それ、宿題?」
「そう。持ってきたけど、やる気ゼロ」
ため息まじりに言い捨てると、さっさと自室へ直行。
(……これが“家ではズボラな生徒会長”ってやつだよな)
宿題を終えて1階へ降りると、リビングのソファでは小春と朱音がそれぞれスマホを片手に、無言で画面をスクロールしていた。
指先のタップ音と、時おり小春が漏らす短い笑い声だけが空気を揺らす。
「美咲、まだ帰ってないけど……小春、朱音、何か連絡きてる?」
「来てないけど……たぶん彼氏とデートじゃない?」
「バイト先の人と揉めてるとか?」
だらりと座ったまま、二人は視線を画面から外さずに答える。
「……今日の夕飯、美咲の担当だったよな」
「うん、そうだけど……」
「ってことは……」
俺の言葉に、小春がはっと顔を上げる。
「……ご飯、ないってこと!? 死活問題じゃん!」
「じゃあピザを注文してしまいましょうか?」
「いいね」
小春と朱音が顔を見合わせ、即決する。
午後7時ちょうど。テーブルの上にはノートパソコンが置かれ、画面の向こう、ニューヨークにいる継父の声がスピーカーから響いていた。
『おはよう、そしてこんにちは。ピザか。若い者はいいね』
「夕食はあんまり食べないほうがいいでしょ?」
朱音が眉をひそめる。
「いいでしょ! 栄養も満点だから」
小春が即答する。
二人の声がきれいに重なって、モニター越しに継父が笑った。
『ところで、美咲は?』
「……っ」
「バイトだから……」
朱音がわずかに目をそらして答える。
「彼氏じゃないから! ね、悠斗!」
横から小春が妙に強い口調で割り込んできた。
『そ、そうか……』
モニター越しに継父が苦笑する。
継父の肩をポンポンと叩き、横から母がいつものようにコーヒーを差し出す。
『美咲はもう大学生でしょ? 大人なんだから心配いらないわ。悠斗、姉に迷惑かけてない?』
「大丈夫だよ。母さんはどうなの」
『ラブラブなの』
『……っ、子供に言うことではないな』
『悠斗、お姉ちゃん達の言うことをちゃんと聞くのよ』
「大丈夫です。よく聞いてます」
朱音が答える。
「……っ」
小春は返事をせず、ピザの箱を開けた。
横顔は少し不機嫌そうだったが、視線はチーズに釘付けだった。
夜の十時。
お風呂に入ったりゲームをしたりしていると、玄関のドアがガチャリと開いた。
髪を少し乱した美咲が立っていた。
次の瞬間、ふらりと崩れ落ちる。
「美咲!」
朱音と小春が同時に駆け寄る。鼻をつくアルコールの匂いが、ふわりと漂った。
「マスターと不倫したのがばれた! ……はあ、どうしょう」
「何その始まり方。ドラマのワンシーンみたい」
小春が眉をひそめる。
「ふられた! バイトもクビだ!」
その瞬間、美咲の目から涙がどっとあふれた。
鼻をすすり、ぐしゃぐしゃの顔でしゃくり上げ、涙と鼻水で前髪が額に貼りつく。
「ひっく……ううぅ……」と、子どもみたいにわんわん泣いた。
「はいはい、まずティッシュ。あと水飲んで」
小春は呆れ顔で、片手にティッシュ箱、もう片手にペットボトルを持ってきた。
「泣くのは後でもできるから、ほら、鼻かんで」
「……小春と悠斗に頼んだ。私、まだ宿題やってないから」
「わかった……って何?」
朱音は眉ひとつ動かさず、きっぱりと宣言すると、くるりと背を向けた。
そのまま足早に廊下を進み、自室のドアをパタンと閉める。
「……あの人、自分の部屋に逃げたわね」
小春が小声でぼやく。
「うぅ……だって、マスターが……あんな言い方するから……」
「はいはい。泣く前に顔くらい拭きなさいってば」
小春はため息をつき、ティッシュの箱を差し出した。
「悠斗、ベッドに運ぼう」
「わかった」
ぐずぐず泣きじゃくる美咲の腕をそっと肩に回し、体を支える。
女の体は思ったより軽く、そして柔らかかった。
「……うぅ、やだぁ……」
力なくこぼれる声が耳に落ちる。
前を行く小春の髪からは、シャンプーの甘い匂い。横からは美咲のお酒の匂いが混じり合い、夜の廊下にふわりと漂った。
小春がためらいなくドアを押し開ける。
ベッドにそっと横たえると、美咲は枕を抱えてさらに鼻をすすった。
「……マスター……裏切った……」
「いや、マスターだけじゃないよね」
「バイトも……クビ……」
「そっちも完全に自己責任だよね」
小春が突っ込む。
掛け布団をかけ直すと、美咲はそのまま布団にもぐり込み、もごもごと何かを言ったが聞き取れなかった。
「じゃあカバンを玄関に戻すから、悠斗はもういいや」
「うん、わかった」
小春に続いて部屋を出ようとした瞬間、布団の中から手が伸び、手首を掴まれた。
弱いはずの指先が、離したくない気持ちだけを必死に伝えてくる。
「……マスター、おかえり。よかった……もう会えないかと、思って……」
涙に濡れた目がまっすぐ見上げる。胸が詰まりそうになった――その刹那。
「うぉっ……!」
美咲の腕が絡みつき、信じられない馬鹿力で押し倒してきた。
布団に転がり、柔らかな感触と酒の匂いに包まれる。
いや、これ絶対酔った力じゃないだろ!
次の瞬間、ドアがバンッと開き、小春の鋭い声が突き刺さった。
「ユーウートー!! なにその修羅場!」
いや待て、俺は被害者だ……! 絶対に!





