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▽45.礫帝、三代目魔王に指名される。


 戦いに勝った俺たちは、そのまま王都へと凱旋した。


 内部分裂の原因となっていた三元帥が死んだ以上、もう森の屋敷へ戻る必要もない。

 ドラグニアの竜族もほぼすべてを打ち倒し、残った竜たちは自国へ撤退していく。


 逆に空っぽになった王都を放置する方が、外敵侵入の危険を高めることになる。

 であれば、避難民も含めて全軍を転換させ、王都に戻って元帥たちの執政を引き継ぐことが、より簡便で有益なやり方だといえた。


 すなわち、俺たちは勝者として、そして正当な魔王軍後継者として、大手を振って王城へ帰還することとなった。







「ああ、懐かしの我が家って感じねぇ!」


 城の正門をくぐった後、いの一番に四天王の執務室を開ける。

 フレイヤは嬉しそうに声を上げ、最奥にある使われていなかったソファーへと身を投げ出した。


「おーい、くつろぐのはまだ早いぞ。この後、ロゼッタが魔王就任の挨拶と、これまでのことを民たちに説明するからな。俺たちも正装して、参列するんだ」


「はいはーい。了解了解!」


 休みたいのは俺も山々だったが、こればかりは省略するわけにはいかなかった。

 この戦いの節目において、リーダーが誰であるかを示すことはもっとも重要だ。

 竜族を撃退したとはいえ、ドラグニアはまだ健在。

 その他の近隣国家も含め、他種族に負けないようにするためには、今一度、自国内の意思を統一しておく必要がある。


「じゃ、みんな。二時間後に三階のバルコニーで演説だから。それに間に合うように着替えて集合な」


「おっけー」


「わかりました」


「それじゃ、また後でね」


 四天王たちと別れ、王城の自室へ。

 俺は王都を出ていく時、荷物は全部城下の貸し倉庫に預けていたので、そこから汚れていない軍服を持って来てもらい、着替える。


「……って、ああ、やばい。原稿も書かないとな」


 衣装を身に着けた後、いそいそと部屋のデスクに向かう。

 今から書くのは、ロゼッタが民衆に向けて発する声明文。

 それを少なくとも一時間ほど前には完成させて、彼女に暗記してもらわなければならなかった。


 ただ、こんなに早く王都に帰れるとは思っていなかったので、文面はまだ何も考えていない。

 今から突貫工事で作ることになってしまうが、仕方ない。

 それっぽい感じに過去の声明文から切り貼りして、あとは彼女の威厳に任せることにしよう。


 そんな感じで、俺は演説への準備を進めていく。


 そして、あっという間に二時間後。




「ロゼッタ様ー!」


「我らが魔王様、万歳ー!」


 解放された魔王城の庭園は、多くの民たちでひしめき合っていた。

 皆、戦闘と移動で疲れているだろうに、それを押して集まってきてくれる。

 当然、負傷者は治療に専念させ、この場にいるのは元気な者だけだが、それでもかなりの数だ。

 このことだけでもロゼッタの求心力の高さを感じずにはいられない。


「じゃあ、魔王様。よろしく頼むよ」


「ええ、ありがとう、クロノ」


 魔王ロゼッタはゆっくりと歩を進め、バルコニーから姿を現す。

 彼女が小さく手を振ると、わっと大きな歓声が上がった。


 俺たち四天王は、その後に続いていく。

 ロゼッタの隣に俺が立ち、両手を広げて「静粛に」というジェスチャーを取ると、民たちは静かに口を閉ざした。


「──此度の戦い、皆には多大なる苦労をかけました。亡くなった者らには哀悼の意を。そして、生きて参集してくれたそなたらに、感謝の念を捧げます」


 続いて、ロゼッタは語り始める。

 今回の戦に至った経緯と、これから我々はどうするかを。

 その内容は元帥たちの暴挙と竜族の策謀という数言で説明のつくものではあるが、彼女の口から正式にそれを伝えることは、国民をまとめあげるため必要不可欠なことだった。

 

 ロゼッタは懇々と説いていく。これから国を治めていくに際し、皆の協力が必要であることを。

 民たちは皆、黙ってそれに聞き入り、時折感激の涙を流す。

 原稿には「一人一人誰もが重要だ」と、民に寄り添う内容を多めに差し込んではいたものの、何よりロゼッタの穏やかな話し方が皆に響いているようだった。


「……さて、こうして戦の直後に皆を集めたのは、他でもありません。私から直接、皆に申し上げたいことがあるからです」


(……ん?)


 「本題はここからです」、ロゼッタはそう言い置くと、改めて姿勢を正した。


(あれ……どういうことだ? そんなこと、俺の原稿には書いてなかったはずだが……)


 首をかしげてロゼッタを見ると、彼女がくるりとこちらに振り返る。

 と、ロゼッタは斜め後ろの俺に近づき、俺の背を押してバルコニーの最前列へと誘導した。


「お、おい、ロゼッタ?」


 口もとに手を添え、「喋らないで」の意思表示。

 わけがわからず従うと、彼女は再び民たちに向かって言葉を投げかけた。


「実を言いますと、今回の戦い……作戦を考え、また壁を作って皆を守ってくれたのは、ここにいるクロノの力によるものです。彼は人間でありながら、私たち魔王軍のためにいつも心を砕いていてくれました。私がこの場に立っていられるのは、彼の尽力による結果に過ぎません。さらに言うなら、私は先の戦いの中で、すべての魔力をクロノに捧げる契約を交わしました。すなわち、このクロノは、すでに魔王の力を受け継ぐ者となっています」


「え、おい、ロゼッタ!?」


「ゆえに私はこの場にて宣言します! この時をもって二代目魔王ロゼッタ・アグレアスは、魔王軍首魁たる地位を辞することを! そして私の後継、三代目魔王には、このクロノ・ディアマットを指名します!」


「──って、何を言ってんだ、お前はっ!?」


 晴れやかな笑顔とともに、ロゼッタは皆に告げる。

 直後、俺の裏返った声が、快晴の空に響き渡った。


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