9.聖女はホタテを焼いてみる
それからすぐに私と同じくワーカーホリックなシエラも執務室に現れた。
彼女も大体、アステリア王国では同じようなハードな生活をしていたのだ。
……フォルトの顔がさらに真顔になったのも無理はない。
ホタテの話を聞くとシエラも大変乗り気になった。
彼女はグルメでもあるし、そのなかでも新しい食べ物が好きなのだ。
その意気込みたるや、どこへでも調理器具を持っていくほど。
「へー! ホタテって食べられるの? しかもこの港にあるなんて……さっすがニーアね、早速成果を出してるじゃない」
「……まだわからないと思うけど。でも、可能性はあるかなぁ」
「食料事情を解決する糸口だけでも大したものよ。普通、そういうのって文官が何人も考えてやるもんなんだから」
というわけで、シエラも連れて三人で港へ向かう。
領主の屋敷から港までは馬車で十分くらいだ。だけど転移魔法であれば一瞬である。
私もなんだか、うきうきしてきた。
現代日本での料理に必要な調味料や器具は当然、この世界にはない――食材があっても調理ができない。
でも、ホタテは違うんだよなぁ~……バターがあれば、立派な料理になるんだし!
鉄板と火種があれば、十分料理になる。
かつて日本で食べた味を思い出して、心のなかで舌なめずりをした。
転移の魔法陣を越えると、すぐそこには大海原が広がっている。
ヴァレンストの海は世界の最果てともいえた――ここより東には海しかないのだ。
水平線の先まで、きらびやかなエメラルドブルーの海が続いている。
ときおりカモメが鳴き、そして濃厚な潮の香りが全身を包みこむ。
季節は初夏。だが日本と違い蒸すような暑さはなかった。からっとしていて過ごしやすいのだ。
到着するとフォルトはすぐそこの赤レンガの建物を指差した。他の建物よりもひときわ大きい。
「ホタテはあの建物で加工されています。教会の祭具でホタテの貝殻があるので……。今のところ、ヴァレンストでは数少ない輸出品です」
「他の場所ではホタテって見つからないのかしら?」
「そんなことはないのですが、ここで捕れるホタテは大きく見映えがします。買い手は限られますが、飾り付ければそれなりの値で売りに出せるのです」
建物に着くともうすでに職人たちが働いていた。広々とした倉庫みたいな空間にはテーブルが並び、それぞれが作業している。
日本の機械が並ぶ工場というよりは、工芸室のような雰囲気だ。
そしてフォルトが来たと伝わるや、工場の責任者がすっ飛んでくる。
ドワーフの女性だ。
ちまっとしててかわいい……!!
責任者の彼女は赤毛で小柄、そして分厚い眼鏡をかけていた。
人間で言えば中学生くらいの見た目だが、ドワーフならとっくに成人しているだろう。
「これはこれは……フォルト様、ご機嫌麗しく!」
「紹介しましょう、こちらは工場長のエリアン・マルガナです」
紹介されたエリアンが私に向き直りお辞儀をしようする。
はて、どうやって私のことを説明したものか。
とエリアンは私を見つめると、
「……って、あー!! そのイアリング、ネックレス!! もしかしなくても聖女様!?」
確かに今、聖女専用のアクセサリーを身に付けている。
見る人が見れば、姿かたちは変わっても私が聖女であると認識はできる――とはいえ、よほどの知識がないとそんなことはわからない。
装飾品だけで聖女であることを見抜いたエリアンは何を思ったのか突然、地面に這いつくばろうとして――私は慌てて止めに入った。
「あうあー! 聖女様に、聖女様に触れられて……あわあわ……!」
感動に震えるエリアンはどうやら聖女をいたく神聖視しているらしい。
突然、ひれ伏してしまうほどに。アステリア王国ではやはりあまりなかった反応だった。
「どうどう、落ち着いて!」
「あ、あ、あ……すみません、大変な失礼をいたしました……!」
なんとか体勢を立て直すと、エリアンはひどく緊張した面持ちになる。
まぁ、ドワーフは激情家というか色々暴走したり極端な人達だからなぁ……。思い込んだら一直線だし
裏表はないから私は好きであったが、こういうこともたまにあるのがドワーフである。
深く考えても仕方ないのだ。
「えーと、もっと楽にしていいよ。別に罰を与えたり責めたりなんてしないから」
「……わかりました! 本当に申し訳ありませんでした!」
ぱっと表情を切り替えたエリアンが深々とお辞儀する。
ドワーフはこの辺りさっぱりと豪快な性格である。後にはあまり引かないのだ。
咳払いしたフォルトがしみじみと付け加える。
「エリアンはとても優秀なのですが――まぁ、ご覧の通りのお人です。あまり気にされないように」
「あら、優しいのね」
「予測しておりましたし、ある意味では神々しい聖女様に対しては正常かと……」
「あ、うん……あなたもそうね、そういうタイプだったわね……」
◇
一通りの説明が終わると、エリアンは眼鏡の奥で瞳を輝かせていた。
未知の試みに心踊らせるタイプらしい。
「すごいですっ、聖女様! ホタテが食べられるかもだなんて、考えもしませんでした!」
「やっぱりそうなのよね……」
「新鮮なホタテはここにありますが――どうされますか?」
エリアンは他の職人に取ってこさせた箱を掲げる。保存のための魔法具だ。
買い物カゴほどの大きさだけれど、お値段は安い家くらいはする。
中を開けると、そこには確かにホタテが置かれていた。
茶色で大きく、日本でも高級品だ。
前世で見たのと同じ……! 焼けばすぐに食べられそうだけど。
私がそう考えているとシエラが身を乗り出して、
「もちろん、食べるでしょ! いますぐっ!」
と、アイテムボックスから加熱用の魔法具――見た目はそのままコンロと網、さらにはバターまで取り出した。
食べる気しかない。
とはいえ、異論はなかった。
食べてみないとわからないとはこのことだ。
早速、工場の何もないところでチャレンジしてみる。
てきぱきとシエラは準備を終わらせ、台にホタテを並べる。気分はバーベキューだ。
私はさっと貝を開けて内臓を取り除き、身を外す――そしてまた身を貝殻の上に戻した。
身はぷりっとして、食欲をそそる。見た目も感触も前世の記憶通りだ。
「あれ? 直接鉄板に置いて焼かないの?」
「ホタテは貝殻が天然の器になるから、この方がいいんだよ」
「そういえばそうね、言われてみればその通りだわ! 食べ方ひとつでもおいしさって変わるし、そういうの重要よね」
そのまま強火で加熱を始める。
ホタテのバター焼きは難しい料理じゃない。
出汁が沸騰したら身をひっくり返して、全体が白く変わるまで焼くだけ。
調味料は最後にちょこっと付け足す程度で十分だ。
火力も足りている、ほんの十分ほどもあれば加熱できる。
身の全体が白くなってきた。バターを垂らして塩を加えると、一気に香ばしい匂いが漂う。
ああ、懐かしい……おいしそう。
お酒と一緒に楽しみたいくらいっ
「へぇ、とってもおいしそうになってきたわね……。ニーアが目を付けただけあるわ」
「こんな風になるんですね……! 試したこともありませんでした、聖女様は博識でおられます!」
「そ、そういうのは食べてみてからねっ」
焼き加減は少しレアなくらいでいいはずだ。
弾力あるホタテの身をそのまま、皿に盛り付ける。
集まる皆の視線になんだか緊張してしまう。あれ、そういえば人のために料理するなんてすごく久しぶりだった。
でも、見た目は完全にうまくいった。むしろ感覚が鋭い今の方が、きちんと焼けたかもしれない。
あとはフォークを片手に食べてみるのみ!
「さぁ、召し上がれー!」




