7.聖女は海の幸の不思議に気づく
「ふぁ~……よく寝た……」
領主屋敷の一室。
私は日が昇るとともに目を覚ました。
若返ったおかげか、寝起きにも不快感はない。肩こりと腰痛は知らず知らずのうちに辛いものになっていたのだ……ということを実感した。
(でもそれも大丈夫だし……よーし、身支度したら領主としての仕事をしようっと!)
いつまでも寝てていい気はしたが、やはり気は引ける。
アステリア王国での働きづめはもはや習慣になっており、簡単にやめると逆に不安になる。
ぱっと着替えやらを済ませた私は、屋敷の執務室に向かう。
この屋敷は住居と執務を兼ねており、いくつかの廊下を行くと仕事エリアに到着するのだ。
目指すは最奥の領主執務室。
フォルトは普段、ここで仕事をしていると聞いていた。
今日から何をするかは、まだ特に決めていない。とはいえ、行けばなにか仕事を貰えるだろう。
「おはようごさいま~す!」
勢い良く執務室に入った私に、フォルトは微笑みかける。
だけどなんとなく目が笑っていない。
一番最初に「アステリアを滅ぼさないで済んだ」と言い放った時と同じ感じであった。
なぜだろう? もしや邪魔だったのだろうか。
ふむ、と小首を傾げたニーアにフォルトは静かに声をかける。
「……ニーア様、今何時だと思っておられるのでしょうか?」
「朝の六時ですよね! ちょっと遅くなってしまいましたが……」
アステリア王国では五時から仕事をしていた。魔法具の製作やら、古代の魔法具の研究やら……やるべきことは死ぬほどたくさんあった。
底無しの体力を持つ私は、特に不思議には思わなかった。
なぜなら聖女は皆、これぐらい働くのが普通だからと言われたからだ。
……まぁ、ゼルアーノが健在だった頃はそんなことはなかったのだが。なぜだかゼルアーノが倒れてから仕事が激増したのだ。
そんなことをつらつらと考えていると、フォルトの笑みがますます怖くなる。
「開始時間をとやかく言うのはやめておきましょう……お国柄もありますからね。それで仕事を終えるのはいつも、どれくらいなのですか?」
「夜の十二時です」
ガタッと席を立ったフォルトが、恐ろしい顔をして執務室を出ようとする。
「どこへ行くんですかっ!?」
「ちょっとアステリア王国の宮殿を爆破しにですが」
「ええっ!? 待ってください、私は気にしてませんから……」
前からこんな生き方をしているのだ。
なので、そんなにおかしいこととは思わなかったのだが……。
「体が丈夫なので、感覚が麻痺されているのでは……? 明らかに働きすぎです」
「…………そう言われれば、まぁ……うーん?」
「この事はしかるべき時に落とし前をつけさせるとして……それで、ニーア様は早々と仕事をしに来られたのですか?」
「まぁ、そういうことです……一日四時間寝るとなんだか罪悪感が……」
「そんな罪悪感は捨ててください! ニーア様は無茶をしすぎです」
むぅ、と口をつぐむ私にフォルトは本当に心配そうにする。
「それだけの仕事をこなしていたのは、実に素晴らしいことです。驚異的と言えます……しかし、ここではそのような献身は必要ありませんからね」
「……むぅ…………わかりました」
「もしちゃんと休まれないようなら、ベッドに押し込みますので」
なんだか主従を結んでからか、遠慮がなくなってきているように思える。
だが悪くは感じなかった。
「……それはフォルトも同じですよ。私と同じように朝から来ているじゃないですか」
こういう風に言い合える人が増えるのは、きっと良いことなのだから。
◇
それから二人で今後の領地経営について話し合うことになった。
書類の山をぱっぱっと私は見ていく。
とりあえず領地の情報を頭に叩き込んでいく。
「一目見ただけで理解できるのですか? かなり難解な報告書もあるのですが」
「んー、大体はわかりますよ」
「さすがは聖女様……為政の才もお持ちだとは……」
前世でやっていた事務仕事も加味したら、かなりの年月を書類の読み書きに費やしている。
熟練するのは当然だった。
ある程度読み進めるとヴァレンストの問題が見えてくる。
「……何もかも足りませんが、食料問題は根が深そうですね。領地外に頼りきりで全く足りていません」
「一読しただけでそれを見抜きますか……本当に内政の才能がおありのようだ。その通り、食料問題は解決の目処が立っていません」
フォルトは率直に問題を認めた。
「かつての大国が滅んでから農地も畑も消えてなくなり、森や山に獣もいなくなりました。残されたのは海だけですが、それだけではとても足りません」
「食料品のリストは……これですね、ふむふむ……」
ぱらぱらと項目を頭に叩き込んでいく。なるほど、確かにフォルトの言う通りだ。
「……こればかりは長い時間を掛けて開墾を進めるか、牧場を根気強くやるしかないでしょう」
「うーん……そうとも限らないと思うんですけど」
書類を見て、不思議に感じたことがひとつある。馴染みのある食べ物の中で、ある系統がすっぽりとないのだ。
かつての私なら、決して疑問には思わなかっただろうが。
日本人ならなぜかと思うはずだった。
「なぜ海産物は魚しか書いてないのでしょう? 貝とか海老とかタコとかイカとか、色々食べられるモノはありそうですが」
「……海からとれる食料は魚だけでは? 他のモノは食べません」
あー、なるほどやっぱり、と思った。
この世界を巡り歩いた記憶でもそれらの食べ物を食べた記憶がさっぱりないのだ。
海が近くにあっても、それでは生産には限界がある。
まして遠洋漁業や冷凍保存もないこの世界では。
貝や海老も大切な食料のはずだ。
(まぁ……魚以外の物は好き嫌いが出やすいけど……)
多分、これは慣習的なモノなのだ。食べたことがないから食べ物と認識しない。
海から魔獣が来ることもあるし、未知のモノに手を出す余裕がなかったのかもしれない。
タコも地球では地域によって嫌われる食材でもある。先入観と見た目のインパクトで敬遠されている気もする。
「とはいえ古い文献には海の幸についても少し書いてありましたが……私も食べたことはありません。ニーア様は経験がおありで?」
「それはもう、たくさんです」
「ふむ……常人では考えられないほどの経験の積み重ねですね……」
日本人ならたくさん海産物は食べるし、魚以外も欠かすことはできない。
だけど考えればとてももったいない。
海のすぐそばにいて、その幸を全部味わうことがないとは!
「そうとなれば、どんな物が食べられるのでしょうか。それはどのような形でしょう?」
フォルトはさっと引き出しから絵描きのセットを取り出した。
貴族の嗜みとして芸術趣味は珍しいものではない。とはいえ本人が自ら筆を取ろうとするのはちょっと驚いた。
案外、絵を描くことが好きなのかもしれなかった。
「……フォルト、自分で描くのですか?」
「仕方ありません――ヴァレンストでは画家を雇うほどのことがないので。ニーア様が語ったモノは私が余すところなく描きましょう」
淀みなく答えるフォルトになるほど、とニーアは頷いた。
さらになんとなくニーアは予感した。目の前で書いてもらうときっと、自分も海産物が食べたくなると。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
第二章の始まりです!
面白い、もっと読みたい、続きが楽しみ。そのように思ってもらえたらお願いがございます!
執筆の励みとするため、ブックマークや評価ボタンより評価を頂けると大変うれしく思います……!
これは本当に大きな力になります……!
広告欄の下にありますので、ぜひともよろしくお願いいたします!




