5.聖女は初めて忠誠を誓われる
突然、そんなことを言われても……!
私は喉元まで出かかった言葉をぐっと押し込んだ。
フォルトがあまりにも切実に見つめてきているからだ。
(ばっさりとは、断れないよね……)
聖女は百年に一人生まれる神に祝福された存在だ。
アステリア王国以外で生まれたこともなく、それゆえに特別な慣習がいくつもある。
「……ご存知だと思いますけど、聖女は誰も従える者を持ちません。身の回りのお世話をしてくれるメイドも、一緒に戦ってくれる兵士も――それは誰かの下にあるのです。アステリア王国では、私に仕えることは誰にも許されていませんでした。まして、フォルト様のような皇子を騎士だなんて……」
「それは聖女様の強すぎる力を怖れて、権力が集まらないようにしただけです。神が定めた決まりではありません」
「まぁ……それは確かに」
すんなりとフォルトの言葉を聞くことができた。
言われてみれば、そうなのだ。
多分、前世の記憶がなければ慣習にしがみついていただろうが。あえて、アステリア王国の決まりからはみ出そうとは思わなかっただろう。
(むぅ……そうなると、そんなに悪いという話ではないのでは)
どのみち領主としてやるなら、一緒に働いてくれる人は必須。
いつかは誰かにやってもらわないと手が足りなくだろう。
「いいのですか、私なんかで?」
短く私は問いかけた。
聞きたいことはたくさんある――エンブレイス帝国の皇子の立場だとか、六星教会の枢機卿だとか。
(というか……凄すぎるでしょ、フォルト様。世界でも有数の大人物だし!)
そんな彼から求められるのは、素直に嬉しい。
そして、私自身の胸が張り裂けそうになるほどわかっていた。
騎士になると申し出ることは、生涯に渡り絶対の忠誠を誓うことだ。
伊達や酔狂でできることでは、決してない。
フォルトの瞳も突き刺すほどに真剣そのものだった。
だから、一言だけ聞き返した。彼の覚悟を傷つけたくはなかったからだ。
フォルトもわかっていたと思う。
形にして口に出すのは、想像よりもずっと簡単だった。
「あなただからこそ、です。十年前に受け取った石で、私は魔力の扱いが格段に上達しました。聖女様の助けがなければ、こうして生きてはいなかったかもしれません――だから、その恩を返したいのです」
きっぱりとフォルトは言い切った。
これ以上の問答は不要とでも言うように。
「……わかりました」
私もヴァレンストに来るまで、フォルトには大いに助けられた。
彼が望むのが自分に仕えることならば、それを叶えよう。自分が言い出したことなのだから。
ここで暮らす以上、彼との関係もはっきりさせた方がいい。主従関係を望むのなら、それはそれで構わないだろう。
(……恋愛関係よりはずっといいし。しばらくは領主のお仕事を頑張りたい。それを手伝ってくれるのなら、こんなに心強いことはないし……)
つらつらと、そんなことを考えてすぐにやめた。深く考えるのは性に合わない。
私は自分が不器用なのを知っている。うまく立ち回ろうとするより、善いと思ったことをした方がいい。
彼の言葉は本物で、私には彼の力が必要だ。
一瞬で結論を出した私はすっと立ち上がる。
そして、よそ行きの声を厳かに出した。なんとなく雰囲気を出したくなったのだ。
「あなたに剣を与えます」
「おお……深く、深く感謝いたします、聖女様!」
これは騎士の儀式で、最後に主人が言う言葉だ。
つまり忠誠を受け入れるということである。
ちょっと芝居がかってるかもだが、フォルトは全身で喜びに震えていた。
と、私の動きがそこで止まる。
「…………あ、叙勲用の剣はないから私の作った魔剣を渡しますね」
「そんな……聖女様の魔剣を!? よろしいのですかっ!?」
「むしろ、いいんですかね……私の作った魔剣で」
「いえいえ、問題などありません。家宝にいたします!」
にこやかなフォルトに、ニーアはほっとした。
とりあえず進行できそうだ。
私は腕を振り、亜空間から魔剣を取り出す。魔剣もまた、魔力が付与された一種の魔法具である。
「これは……まさか……!」
周囲に魔力が爆ぜて、虹色の火花が散る。私の魔力に反応しているのだ。
「教会に奉納されるはずだった、六星剣ですかっ!?」
「あ、ご存知でしたか……」
「付与された魔力が強すぎるとの話でしたが、なるほど……鳥肌が立つほど凄い魔力です。噂には聞いておりましたが――これを付与するには大変な労力が必要だったでしょうに、流石は聖女様」
「いえ、製作期間は一日です」
「一日っ!? 信じられない……!」
フォルトは絶句している。
アステリア王国の人間ではないフォルトには初耳だったらしい。
今の私はあまりに魔法具作りがうまくなりすぎて、全力を尽くすと国家間のパワーバランスを崩しかねない代物が生まれてしまう。
アイテムボックスには、そんな魔法具が山としまいこまれていた。
それはまぁ、後でフォルトに伝えればいいことだけれど。
「……しかし、これほどの魔剣……本当に私が……」
「ど、どうですかね? やっぱり駄目ですか?」
「いえ……帝国にもこれほどの魔剣はめったにありません。私はよほど恵まれているようです」
感動に震えた様子で、フォルトは答えた。
厳粛な面持ちで、私は六星剣をフォルトへと手渡す。フォルトも恭しく、頭を垂れてそれを受け取った。
動作にすればすぐ終わるものの、これらの意味は絶大だ。主従の関係が結ばれたのだから。
「ふぅ……簡素ですけど、これで終わりですね」
「ええ、まさに夢のようです――この瞬間のことは死ぬまで忘れません」
本音のままにフォルトは答える。
おそらく、そうなのだろう。あっさりと終わったように思えるけれど、このやり取りは絶対に必要なものだった。
二人とも、もういい歳なのだ。いちいち泣いたりはしないが、胸に迫るものは確かにあった。
私はにっこりと微笑むと、フォルトに呼びかける。ちょっとだけ緊張しながら。
「では……これからも改めてよろしくお願いいたしますね、フォルト」
「――っ! こちらこそ誠心誠意お仕えいたします、ニーア様」
魔剣を腰に据え、フォルトは勢い良く答えるのであった。




