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もう好きに生きますから!~愛され転生者と銀の貴公子の和食で盛り上げる領地経営~  作者: りょうと かえ
第4章 お兄ちゃん、襲来

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30.皇帝様はすき焼きを食べてみる

 しかし私が召し上がれと言っても、皇帝様は動かない。

 もしかして、食べ方がわからないのかな?


 ありうる話だ。なにせ鍋料理そのものが無いのだから。

 気のせいか、野蛮人を見るような眼差しだけれど。


「えーと、このすき焼きはですね……こうやって肉をちょっとずつ取って食べるんです」


 ほどよい大きさに切った肉を、フォークですくい上げる。

 したたる割下、ちょっと残った赤み……全てが私の食欲に訴えかけてくる。


 ……ごくり。なんておいしそう……。ああ、すき焼きではこの火が通りきらないお肉も、とってもおいしいのに。

 食べたい。食べてしまいたい。

 それぞれ、ちゃんと卵を入れた器も用意してるし……。


 ちらっと皇帝様を見ても、まだフォークで肉を取っていない。

 でも肉じゃがの味を知っているシエラは、目線で訴えかけてきている。

 多分、こんな感じに。


『えーい、ニーア! 先に食べてみたら!? そうすれば食べるわよ!』


 私もぱちぱちとまばたきをして、返答する。


『いいのかな? 作った人が先に食べちゃって』

『構わないわよ! このままじゃ私も食べられないわ!』


 そんなアイコンタクトをした私とシエラは互いに頷く。

 よし、私自ら先陣を切って食べようではないか。


「……では、実際に私が食べてみましょうか。と言っても、卵にくぐらせて食べるだけですけれど」


 この卵も市場で買ってきた高級卵だ。

 たっぷりと肉を黄身に絡ませて、一気に口のなかに放りこむ。


 はふっ!

 柔らかい牛肉にまろやか卵……!


 あましょっぱい割下と肉のうまみが舌を突き抜ける。

 これだよ、これ……!

 おいしい、肉の火加減も割下もばっちりうまくいっている。


 甘くて、ちょっとだけ醤油味。噛まなくても、まるで溶けるように呑みこめる牛肉!

 そして卵と割下の組み合わせ――ああ、これでご飯があったらなぁ。


 幸せに浸っていると、皇帝様はフォークを持ち上げてつぶやいた。


「……美味しそうに食べるのはわかった。よし、食べてみよう……」

「いや、別にそんな覚悟がいる食べ物じゃないですけど……」


 皇帝様もひょいと肉をすくい上げる。そしてほんのちょっと、肉の端だけ卵に触れさせた。

 うん……全然、肉と卵が絡んでないですよ?


「それだと卵が足りないです。もっと、ぐっと……! 今、私が食べたみたいに!」

「うお、わかった……! わかったから揺らすでない!」


 ゆさゆさと皇帝様に卵をアピールする私。

 まぁね、私も無理強いはしたくないんだよ。すき焼きで卵をどれだけ使うのは個人の自由だ。


 でも、最初の一口は大事だからね。

 ぜひとも卵と肉のコラボレーションを味わって欲しいのよ!


 周囲が見守るなか、ついに皇帝様がたっぷり卵をつけた肉を口に入れる。

 ……なんとなく、おっかなびっくりだったけれど。

 そのまま、皇帝様は何度か口を動かし――目を見開いた。


「………………っ!」


 えーと、この反応はどう考えたらいいんだろう。

 もしかしてあんまり美味しくなかった?


「な、なぜだ……? この料理は……」

「はい?」

「贅を極めた食材でもない。絢爛豪華な調理器具を使ったのでもない。なのに、なぜ美味なのだ……?!」


 おお、良かった!

 肉じゃがが好評なので、醤油はいけると思ったんだよね。


 ちなみにシエラも鍋から肉を取り出して食べ始めている。

 さすが抜け目ない。


「んぁー……もぐもぐもぐ……んんっ! おいしいわ! このスープがとてもいい感じね!」

「……そう、この牛肉はストーヌ種の最高級牛。味には定評があるが、世界中で流通している。卵は三大湖種の、これも金を出せば買えるもの……。しかし、このスープ……白ワインの風味、砂糖、そこまではわかるのだが……決定的に何かが違う。味の正体がわからん!」

「でもおいしいでしょう?」


 皇帝様、フォルトと同じような食レポになってるよ。これは血筋か。


「……そう、認めざるを得ないが――食べたことのない美食だ。もう何年も新しい味には出会っていなかったが、これは……おいしい」


 そう言うと、皇帝様はゆっくりとフォークで次の肉を取ると卵に付けて、食べた。

 皇帝様は口を動かしながら、すぐに次の肉を取って――取って、取って、食べた。

 早い。食べるのが早すぎる。

 もう最初に置いた肉がなくなった。


「ちょっとお! まだ私、ひと切れしか食べてないんですけど!」


 シエラの抗議に皇帝様は軽く頭を下げる。


「……すまん、この味付けがどうにも気に入ってな。それに早い者勝ちの料理に思えたのでな……」


 彼も段々と遠慮がなくなっているというか、素が出てきてる。

 いいんだけどね、気に入ってくれたのは嬉しいことだし。


 それに鍋料理が取り合いの料理というのも、一理ある。

 しかし、安心したまえ。今夜は私が鍋奉行だ!

 本場の元日本人が作っちゃうよ。


「まぁまぁ、ここに具材はいっぱいありますからねー。どんどん焼いていきますよ」


 割下をちょいと足して、肉と野菜を並べていく。今度は鍋いっぱいに置くので、私が食べる分も十分ある。


「あのぅ、私も……いいでしょうか?」


 さっきの卒倒しそうな気配はかなり薄れたエリアンが、すき焼きを食べたがる。

 もちろん止める理由はない。鍋料理はみんなで食べるものだし。


「どうぞどうぞ、まだまだいっぱいありますからね!」


 その後は大いに盛り上がった。皇帝様は結局、二人前くらいを食べきったのだ。


 ……もちろん、私もたくさん食べて、たくさん飲んじゃった。

 体質的にほとんど酔いはしないけど。気分というやつだ。

 すき焼きとアルコールの組み合わせが良すぎるのがいけないんだから。


 多分、この酒場で一番お酒に強いのは私かもしれない。さすがのシエラも、すき焼きで乗っちゃった私のペースにはついてはこられないのだ。


 そして気が付くと、起きているのは私と皇帝様の一行だけになっていた。

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