27.聖女は売り込もうとする
おう、のっけから有力情報が……。
皇帝様見つからないかな~、どうだろ~てなところだったので、渡りに船だ。
帝国からの商人はそう多くないはず。顔を出してみる価値はある。
「シエラ、そこでいいかな?」
「エリアンのお薦めなら異論なしよ。そこにお酒はたくさんあるんでしょ?」
「もちろんです! あっ、でもそこは持ち込み酒場でして……あまり上品でないと言うか、かなり騒がしいというか……」
エリアンの言葉がだんだん小さくなる。
持ち込み酒場は、食材や料理をお客が持ち込んで飲める酒場だ。前世の日本ではセルフキッチンが近い。
アホほどお酒を飲む人が行く場所で、こちらの世界ではどんちゃん騒ぎになることも多い。
皆、へべれけになっちゃうのだ。
「別に構わないわ、たまには騒がしいのも悪くないもの」
「アステリアではそういうところは行けなかったし……久し振りだね。あ、エリアンはおつまみを買いに出てたんだ?」
「はいです! ちょっと他で買い物をして戻ろうかな~と」
持ち込み酒場は基本先払いで、営業時間内は入退店は自由。
そのため、今のエリアンのようにおつまみを買いに出る人も多い。
……本当にタイミングよかった。
「その帝国商人さんが、全部払うからおつまみを買ってこいって! お金もこんなに!」
見せてくれた皮袋のなかには、銀貨が何枚も入っている。
これなら肉も魚も10人前は買える……。
というか初対面の人にお金を渡して、買いに走らせたのね……。
うーん、すさまじい気の強さとお金のつかいかただ。完全にネジが飛んだお金持ちだよ……。
確定だよ、こんな大盤振る舞いするのは皇帝のような大金持ちだけだ。
もしくは、皇帝並みにお金を持っている大商人だけだ!
「なるほど、パシりをしていたところだったのね」
「シエラっ!? はっきり言い過ぎ!」
「いいんです、ニーア様……! 今日は溺れるくらい飲めるんですから!」
とにかくドワーフにはお酒好きが多い。エリアンも飲めるなら、買い出しに行くのは抵抗はないみたいだ。
「ま、持ち込み酒場ならちょうどいいわ。ここに秘蔵の……」
シエラがアイテムボックスから小さめの壺を取り出す。
黒くくすんだ、漢字の刻まれた壺。
…………それって、もしや……。
「ほむほむ、高そうな――お酒ですか?」
「違うわ、これはソースよ。豆を発酵したソース。とってもレアな調味料なんだから。その名を醤油って言うのよ!」
やっぱり醤油だー!
シエラ、ちゃっかり持ってきてた……。
「ニーアなら醤油に合うものもわかるし、即興で料理もできるでしょ?」
「もちろんできるけど……。いきなり醤油料理を皇帝様に出すつもり?」
「ああだこうだ言っても、口に入るものは食べてもらった方が早いわよ」
「……そんなこと言って、お酒入ってるうちに言質を取るつもりでしょ」
「もちろん、そうなれば狙い通りね。なんと言っても、貴重なソースを試食させるんだからね」
その辺りのしたたかさは、さすが宮仕えが長かっただけはある。
でも、売り込むいい機会であることはたしかだ。
わずらわしいこと抜きに、醤油を味わってもらうのも悪くない。
どうせ正式に売り込むときには味見してもらうことになるんだし。早いか遅いか、その違いだけだろう。
――よし、私は決めた。
「わかった、やろう!」
機会は逃さず、即断即決。それが私だ。
それに私も作って食べたい料理があるし!
帝国からきた大金持ちに、とっておきの醤油料理を味わってもらいましょう!
◇
手早く材料を買い揃えた私達は、くだんの持ち込み酒場の入り口にきていた。
「えーと買ったのは……砂糖、すっきり甘めの白ワイン、ねぎ、たまねぎ、エリンギ、牛肉、鶏の生卵……? どういう料理になるのかしら、これ」
「んふふふ……」
期待の笑みがこぼれてしまう。
みりんがないのは残念だけど、白ワインに砂糖を慎重に混ぜれば大丈夫。
豆腐がなかったり野菜は少ないけど、エリンギはあったのでそれを使おう。
そして特上の薄く切ってもらった牛肉……!
貰った銀貨と、私の貯めてたお金を使って大量に用意した!
脂がよくのった、極上の肉の詰め合わせ。前世ではとても手が出ないけど、今なら楽勝だ。
肉じゃがが好評なら、これも大丈夫だと思う。自信がある……!
あとはちょうどいい鍋がいるけれど……。
「大きくて底の浅い鍋、持ってきました!」
おお、エリアンがぴったりの鍋を見付けてきてくれた。この短時間で見つけるなんて、ドワーフのつて、スゴいね。
前世で使ったのと、ほぼ変わらない雰囲気の鍋だ。
よしよし、これでイケる!
「珍しい鍋ね……これでないとダメな料理なの?」
「もちろん――すき焼きはこれじゃないとね!」
そう、こらから私が作るのは――すき焼きなのだ!




