26.聖女はお忍びモードになる
フードを被り、ちょっと化粧をして香水を振りまく。そしてお高めのアクセサリーとバッグを身につければあら不思議、商人風のお忍びモードの完成だ。
……いや、そう言えば他国の要人と会いに行くのって初めてだ。
正式に出迎えるならドレスなんだろうけど(ちなみにフォルトがそういうモノはちゃんと集めている)
シエラはキリッと女社長みたいな風貌になっている。彼女も普段、工房で仕事することが多いので化粧はほぼしない。
私ももちろん、お屋敷をうろつくのに気合い入れて化粧するタイプじゃない。普段はパンくずのように軽い化粧だ。
でもシエラは元の素材は極上で、たまに着飾ると紳士諸君が群がっていた。
珍しく気合い入れたシエラは輝く黄金のようで、ふえーとため息が出る美しさだ。
そんなシエラは私を見ると、化粧道具をぐっと持って、
「ニーア、ちょっとちょっと……ココはこう、目元と眉はもう少し……」
ぐいぐいと私の顔を――もとい化粧を修正し始めた。
「あうあうあう……そんなに私の化粧、ダメだった? 女子力死んでる?」
「んー、センスは悪くないんだけど……。黒髪になって若返ってから、あまり化粧してないでしょう。前のノリでやると合わないわ」
……あ。そりゃそうだ。
手癖で化粧したけど、前と根本的に化粧のやり方を変えなくちゃいけないんだった。
「造形的には凄く可愛いから、少し触るだけで――ほい、どう?」
「うわっ……! これ、私……!?」
鏡に映っているのは、多分美少女と言っていい私の姿だった。
……結構変わるんだ、これ。
「これならフォルトと並んでも負けないわね。髪にも手を入れて育てれば勝てるわよ」
「へっ……?! 今の私ってフォルトと並ぶの?」
「なるほど。自覚ないのね。背丈では合わないけど、キラキラ度合いは負けてないからね!」
ぽむぽむ。シエラが私の頭を撫でる。
……わからぬ。自分の魅力なんて、到底わからぬ……。
せいぜい見苦しくない程度でいいと思っていたのに……。
「さてと、あんまり遅くなると食事処も混んでくるし……行きましょう!」
そう言うとシエラが意気揚々と出発しようとする。
私は首を傾げながら、うーんと唸る。
顔はまぁ、シエラの言う通り受け取るとして――胸と腰は全然ダメだこりゃ。
つるーんとしてるんですよ……。
◇
夜のヴァレンストを回るのは、久し振りだ。
最初に来た頃に案内されて以降、私は夜出歩いたりはしなかったから。
街について驚いたのは、人の多さだ。
黒髪、赤髪、青髪……世界各地の色んな服装の人がわっと街に繰り出している。
おかげで私達に気づく人はいない。皆、思い思いに通りを歩いていた。
お忍びにはうってつけだ。
「ひえー、こんなに人が来るようになってたんだねぇ……」
「ホタテの買い付けで商人が増えたのよ。それにこの辺りは何百年も放置状態で、レアな海産物も取れるの。転移魔法の手間を差し引いても、希少な魚の買い付けに来る人もいるのよ」
本マグロを羨ましく見てた私には、よくわかった。おいしい魚を食べたい人はどこにでもいる。
「あなたのおかげで、ヴァレンストの安全と信用が高まった。聖女様がいるなら大丈夫ってね」
「そういうものかなぁ……」
私が言うと、シエラは肩をすくめた。
「ま、なかなか自覚は難しいかもね」
人が増えれば店も増える。確かに前よりも食事する所や宿屋も増えていた。おいしそうな匂いがあちこちから……じゅるり。
「おやー? そこにおられるのはもしや……!」
思い切り千鳥足のエリアンが、私達の前にいた。
なぜこんなところに?!
まずいっ……! せっかくのお忍びが!
秒速で崩壊するぅ!
「ちょーとお忍びなの、静かにね」
「もごぉ!」
すっと動いたシエラがエリアンの口を素早くふさぐ。忍者みたいな動きだ。
おとなしくなったエリアンに、私はこそっと耳打ちする。
「たまには街で夜ご飯をと思って……。そうだ、エリアンも行く?」
「むぅ、いきまふ!」
解放されたエリアンはすでにアルコールの匂いをさせて、赤ら顔だ。もうどこかで一杯やってきた後みたいだけども。
「おいしいところがありますよ、最近できたのですけど! そこで呑んできたんです。案内しましょうか?」
「……いいの? またもう一度同じ店に行くのとか」
「他の店行ってから戻ろうと思ってたので!」
「ドワーフは割と底なしよね、私も人のことは言えないけど」
よし、行く店は決まった。
どのみちノープランだったのでちょうどいい。
そう思っていると、エリアンがとんでもないことを言い出した。
「そのお店に、すっごいド派手な商人が来てて大騒ぎしてて――たしかに帝国の訛りがあるんで、きっとあれですね……帝国の大商人が大盤振る舞いしてるんです!」




