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もう好きに生きますから!~愛され転生者と銀の貴公子の和食で盛り上げる領地経営~  作者: りょうと かえ
第4章 お兄ちゃん、襲来

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25.聖女は街に繰り出そうとする

 なんと。エンブレイス帝国の皇帝様がもうヴァレンストに来ているですと?!

 何の準備もしておりません!

 今だってあんまり化粧もせずに、エプロン姿で肉じゃがを運んできた始末ですよ。


「それはとても重大なことでは? でもでも、まだ皇帝陛下はお見えになっていませんよね」

「お忍びなので、街中をぶらついているのでしょう。この屋敷にはまっすぐ来ないかと。さすがに護衛のひとりやふたりは連れているでしょうが……」

「はー…………なるほど。それは下の人たちは苦労しますね」


 エンブレイス帝国は歴史こそアステリア王国より浅いものの、国の規模では世界一だ。

 今の状況は例えるなら、アメリカ大統領が突然少数で日本に突撃するようなもの。


 当人以外には大騒動間違いなしだ……。

 フォルトはさっきから遠い目をしている。これは散々振り回されて苦労させられた目だ。


「ふぅ、兄上は自由人ですから……ヴァレンストには私がいるので、驚かせようとしているのでしょう」

「弟の家に遊びに行く、と言えばそうですね……ちょっと双方ともに偉すぎますが」

「フットワークがそれだけ軽いのです……政治的には悪くない性質ですが」


 そこでフォルトは言葉を切った。

 何かを言おうとして、迷っているように口元を動かす。

 フォルトにしては珍しいことだ。


 私はその仕草に、前世の経験からピンときた。

 家族というものは、時に他人には率直に言えないことがある。


 ないはずはないのだ――だってフォルトはエンブレイス帝国の皇子で、そもそもいくらでも帝国に仕事や居場所があるはず。

 それが妻帯もせずに東の果て、ヴァレンストの采配をしている。


 ここにいて、私の騎士になったこと。

 それは本心と本望だろう。


 でもフォルトの周囲全てが諸手をあげて賛成したか――そう聞かれると自信がない。


「……お兄さんと、何かありましたか?」


 アホほどストレートに私は聞いた。大リーガーもびっくりの豪速球。

 許してほしい。遠回しにあれこれ聞き出すのは、私向いていない……。


 フォルトは軽く目を伏せると、


「ここの管理を請け負うのは、それなりに反対されました。お前がやるべきなのか――と。東の再開発の必要性を説いて、最終的に兄上は折れましたがね」

「…………ああ、なるほど。それは私がアステリアにいたとき、数年前の話ですよね。私とシエラがこっちに来たから、もしかして今フォルトは帝国に戻れと言われているんですか?」

「ご賢察の通りです。聖女と宮廷魔術師長が移住したなら、お前はそこにいなくてもいいのではないか――と」


 むう……そんなやり取りがあったのか。

 でもそりゃそうだよね。だってフォルトは実務もできるし、魔法も達者。

 もちろん性格的にも善良だ。たまーに悪そうな時があるけど。

 手元にいて欲しい気持ちはよくわかる。


「しかし、ご安心を。私はニーア様に主従を申し出た身です。なにがあっても、ここからは離れませんから」

「…………まぁ、フォルトもいい大人ですしね」


 そう言って私はフォルトを見た。

 フォルトのきらきらイケメン顔に曇りはなかった。



 ◇



「――んで、皇帝様はどうするんだって?」

「散策に飽きたら、挨拶くらい来るだろうってさ。それまで特に何もしなくていいって」

「ゆるーい。まー、ここに皇帝様がいるとは思わないだろうし、狙う人もいないか」


 一仕事終わって、もう時刻は夜。

 私とシエラはだらだらしていた。シエラはユキの肉球をもみもみしている。

 優雅な時間である。


 シエラはユキとじゃれながら、


「最近ヴァレンストにも他国からそこそこ人が来るようになって、食事処が増えたんだよね」

「そうだね……ホタテの買い付けも好調だし、色々と賑わってきてるし」

「うん、それで私たちって基本的にお屋敷でご飯食べるでしょ?」

「それはちゃんとした料理人がいるからで…………って、まさか」


 にひひ、とシエラが笑っている。

 付き合いが長いからこそわかる。これは魔法実験でギリギリ爆発するのをやっていた時の笑い方だ。

 人生のブレーキが不調という点で、私とシエラはよく似ていた。


「たまには街に繰り出して食べるのもいいでしょ?」

「それ、絶対面白がっているよね……」

「お忍びで来ている人を見つけたからといって、指差しするほど無粋な真似はしないわよ」


 私は思案する。たまには気分転換に街に出るのも悪い話ではない。

 もちろん皇帝様が見つかれば、影ながら何かないように見守るのも仕事のうちだろう。


 それにフォルトの態度も気になる。お屋敷で正装して向かい合ったら、本音をぶつけることはできないだろう。


「…………よし、そうだね。私たちもお忍びしよう。そうしよう」

「さっすが、話がわかるわ!」

「わふぅ!」


 迷ったら前進。それが私なのだから。

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