24.聖女は癒したい
あれから、出来上がった肉じゃがをフォルトにも持っていった。
作らせてと言ったんだから、成果を報告するのは当然だ。
私はホウレンソウができる系女子なのだ。
いや、本当はお手製肉じゃがを食べてもらいたいだけだけど……。
フォルトはいつも執務室の隣にある大理石のテーブルでご飯を食べる。
なかなかに仕事と食事を切り離さないのは、さすがだ。
……ほっこりできる肉じゃがを食べて癒されて欲しい。
「ほう、実に香ばしい……これが肉じゃがですか。確かに見たことのない料理ですね。煮込み料理のようですが汁気がない、そこに物珍しさを感じます」
どきどき。向かい合って座っていると、なんだか料理番組で批評される料理人みたいな気分になる。
しかし、肉じゃがを食べるのでも絵になるイケメン……。
まさか白ナプキンにナイフとフォークで肉じゃがを食べるとは。
箸がないから仕方ないけどさ。
緊張するよ、その食べ方!
肉じゃがは家庭料理だからね!
ステーキを食べるような食べ方は見慣れないんだよ!
フォルトは牛肉をすくいあげると、ゆっくりと口へと運ぶ。
「柔らかい……ふむ、ふむ……味もしっかりと染み込んで、ほのかに甘い」
……完全に食レポだ。
肉じゃが作ったから食べるぅ? って持ってきた私の雰囲気じゃない。
すごく真面目にフォルトが二口目のじゃがいもを食べ始める。
「こちらもほどよい固さですね。そしてやはり甘みと普段とは変わったコクと塩味がある……この塩味が醤油ですか?」
「はい、あの壺に入っていた大豆を発酵させたソースです。前世ではそれはもうたくさん色んな料理に使っていました」
「……ふむ。正直、未知のソースからどのような料理が出来上がるのかドキドキしておりました。しかし想像を遥かに上回る……」
「ほうほう、どんな風に……?」
「これほど家庭的で食べやすい料理が、まだあったとは」
……フォルトは見る目がある。
この短時間で肉じゃがの本質を見抜いていた。
というかよく考えてみれば、フォルトにとって醤油は見たこともない聞いたこともないソースなんだよね……。
しかもそれを使った料理に的確なコメントができるとは、もしかしてフォルトもグルメだったりするのだろうか。
舌が肥えてるとは思ったけど、多分、それ以上の見識がありそうだ。
「ええ、確かにこの肉じゃがは家庭料理です。前世の国で生まれて食べたことのない人はいないくらいの、超有名料理ですから」
「なるほど、とても豊かな国だったのですね」
ずばりとフォルトは言い切った。
「他意はありませんよ――ただ羨ましい、と少し思っただけです。この醤油の風味にしても料理への活かし方にしても、貧しい国の発想ではない」
「……うーん、今普及させるのは難しいですかね?」
「そんなことはありませんよ。むしろ、ニーア様の手によって平和になった今だからこそ、価値がある料理です。私が感嘆したのは、特に野菜」
そう言うとフォルトはじゃがいもをすくって見せた。
「子どもであれば苦手な野菜のひとつやふたつはあるでしょう。固くて土っぽい野菜は特に……。しかしこの肉じゃがは甘く柔らかい味付けです。子どもに野菜を食べてもらうのにも適しているかと」
「おおっ……! そうです、子どもが好きになれる料理です!」
昔から好き嫌いのなかった私にはなかった視点だ。野菜を食べやすくする、それは利点になりうる。
もちろんシチューやスープといった料理はこちらにもあるけれど、味付けの方向性はかなり違う。
ふむふむ、そうね……料理を普及させるのはまず家庭からだ。フォルトの観点はためになる。
私はそこで、はたと気が付いた。
「もしかして――フォルトはじゃがいも苦手だったんですか?」
「今はそのようなことはありませんよ(にっこり)」
少しも隙のない笑み。
こういう時は、大抵ちょっと都合が悪い時か悪いことを考えている時だ。なんとなくわかってきた。
「さて、これで醤油のポテンシャルは十分にわかりました……」
あ、さっくりと話題を変えた。
「ぜひとも早急に量産したいところではありますが、今やるには少々人手が難しいところです。ホタテは魔法の使えない領民でも携われますが、醤油の複製には魔術師が大勢要ります」
「私やシエラが作るのでは駄目ですか」
「領主や宮廷魔術師長を、食料品の製造に使い続けるわけにもいかないでしょう……」
「まー、それはそうですね……」
醤油は魔法で増やせるとはいえ、それには時間も手間も掛かる。
もちろん大々的に売り出す量を魔法生産するには、もっともっと魔術師を確保しないといけない。
しかし魔術師はどこの国でも引っ張りだこで、そう簡単に雇えない。
まして地の果てのヴァレンストには、大金を積んでも来てもらうのは厳しいだろう。
「……幸い、つてがないわけではありません」
「おおっ、さすがフォルト!」
私のなかでフォルトのもともとある後光が5割増しになる。
たすけて、フォルトえもん!
「兄上から、ヴァレンストを視察したいという知らせが……」
「フォルトのお兄さんと言うと、世界最大のエンブレイス帝国の皇帝陛下の人ですよね? それは結構なことじゃないですか。人を貸してもらうよう交渉すれば……!」
意気込む私から、フォルトがそっと視線をそらす。
「私の手元に来たのは、帝宮に書き置きを残して兄上が消えたという宰相の連絡だけ。…………あのお忍び好きな兄上のことです。もう、ヴァレンストに来ているでしょう……」




