表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう好きに生きますから!~愛され転生者と銀の貴公子の和食で盛り上げる領地経営~  作者: りょうと かえ
第3章 聖女はもふもふ精霊に出会う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/33

23.主従の関係

 あの後、皆で肉じゃがを作って食べていると――窓の外からユキの鳴き声が聞こえてきた。


「……わふわふ」

「あれ、ユキも食べたいの?」


 厨房の窓を開けると、ユキが私の胸に飛び込んでくる。

 おおう、いきなりのタックル……!


 大丈夫、私は鍛えてるんだ。

 これくらいの衝撃……!

 体幹はぶれずに、ユキを抱きしめる。


「わふん♪」

「んー……? どうかしたの?」


 首を傾げていると、つぶらなユキの瞳が私を見つめる。

 尻尾をばたつかせて、上機嫌のようだ。


「……ああ、醤油の匂いが懐かしかったり?」

「わふぅ!」


 どうやら当たりだったらしい。

 ぐりぐりと頭を押し付けてくる。イエスと言わんばかりだ。


「そういえば、ユキはずっとあそこにいたんだっけ……うん、私も懐かしいよ」


 精霊に寿命はない。ユキはきっと途方もない年月を生きてきているはずだ。


 きっと滅びた東の大国と一緒に生きてきた時間もあるのだろう。

 私はそれに思いを馳せた。


「ユキも喜んでくれるんだ。また再会できたから……」

「わふわふ……! わっふ!」


 ありがとう、そんな風に言っているように私には聞こえた。

 そうだ、このヴァレンストには歴史がある。


 ……ここに来たのは、多分、運命的な何かなのかもしれない。

 またひとつ、歯車がかみあった感じがする。


 ユキの瞳が、これまでと少し違って見える。

 なんだろう――うまく言葉にできない。けれど感じる、確かに変わっている。


 醤油を探し当てて、うまく使ったからかな?

 それ以外、思い当たらない。


 今までは言うなら、ユキにとって私は恩人。

 だとしたら、今は……主かな?


 尊敬というか、私の言葉に従おうという雰囲気が出ている――気がする。

 うん、犬とは言葉は交わせないからね。


 でもなんとなくわかるのだ。


 そんな違いが、ユキの目の色に現れている。

 これはきっと勘違いなんかじゃない。


 私はきっと、東の国の精霊に主と認められたのだ。



 ◇



 一方そのころ、アステリア王国。


 公爵令嬢のセレス・オルファはいら立っていた。

 鞭を持ちながら、自室を落ち着きなく歩き回っている。


「……意気地のない男は本当に駄目ね。おとなしく衛兵に連れ出されるだけなんて……!」


 マーレ王子は追放され、取り巻きの大臣も処分されていた。

 しかしセレスは特に罰は受けていない――父である公爵が罪を被ったのだ。

 それもなんとか個人の罪だけで終わらせた。家には表面上、傷はついていない。


「あの無能な父も役に立つなんて……ひとつ勉強になったわ。殺さなくてよかったわ、本当に」


 冷酷な言葉。

 マーレに近づき、婚約破棄をそそのかしたのはセレス一派である。

 しかしセレスは父に全ての罪をなすりつけていた。


 父はお飾りに過ぎない。

 今のオルファ公爵家を支配しているのは、他ならないセレスである。

 貿易も政治も彼女が取り仕切っていた。


 抜け目なく、才覚と美貌に溢れ――だからこそマーレに付け入って婚約者になれた。

 たった一人でオルファ家を何倍にも巨大にしてのけたのだ。


「……最近、ヴァレンストから良質なホタテが入ってきております。かの品物はオルファ家の重要な交易品。利益も目減りしております……」


 セレスに報告したのは青年執事。淡い金髪に気品がある――中性的でともすれば男性さえも惑わす色香があった。


 執事の報告にセレスは舌打ちを返す。


「フォルト皇子の差し金ね……。やってくれるじゃない。今は少しでも資金が欲しいのに……!」


 交易で莫大な財産を築いたセレスだが、公爵で終わるつもりはなかった。

 目指すのはもっと上。


 もちろん、王妃でさえも足りない。

 マーレと結婚して、聖女をうまく踏み台にして――いずれは女王に。

 世界最古の王国の支配者になるのだ。


「あの聖女のせいで散々な目に遭ったわ……絶対に償いはさせてやる」


 計画は頓挫して、治療で死ぬほどの激痛を味わった。

 生まれて初めて、思い通りにいかなかったのだ。そのせいでセレスはより過激になっていた。


 セレスの言葉に執事が身震いしながら、


「やはり刺客を放つのですか?」

「ええ――ああ、でも狙うのはシエラと聖女だけよ。フォルト皇子は無傷ですませるつもり」

「それは……なぜでしょうか?」


 ビシッ! 鞭が執事へと飛んだ。執事の頭から血が流れ出る。


「私の言うことに口を挟むつもり? 孤児で魔力も持たないあなたを拾った、私に? あなたは黙って私に従っていればいいのよ」

「……申し訳ありません、お許しください」


 ひざまずき、許しを求める執事。

 しばし、セレスは平伏する執事を眺めると――楽しそうに言った。


「今夜、予約が二件入ったわ……大切な相手だからもちろん、わかっているわよね。二人ともあなたを一目見て気に入ったそうよ。張り切りなさい」

「――っ!」

「……あら、返事は?」


 夜の予約、それが指し示すモノはひとつだ。

 おぞましい話だが、セレスは人の欲望を嗅ぎ付けるのがうまい。


 そうやって他人を操るのだ。

 マーレにもそうやって近づいていた。


 逆らうことなどできるはずもない。相手は王子にさえも手玉に取る女なのだから。


「承知いたしました……」


 そう、執事が答えるのをセレスは満足そうに見つめていた。


 ◇


 ヴァレンストの領主屋敷。

 フォルトはアステリアに放った間者の報告を静かに聞いていた。


「……ふむ、やはりセレス嬢が裏から糸を引いていた、と」

「はい……いまも様々な陰謀を巡らしているようです」

「とはいえ尻尾は中々出さない――しばらくは締め上げてみましょう」


 フォルトには教会と帝国、ふたつの情報網がある。

 ヴァレンストから離れることは滅多にないが、それでも世界中の情報が手に入るのだ。


「……しかし、いいのですか? あなたにだけ危険で辛い役目を負わせてしまっている。間者を辞めて、ここで平穏に働くという選択肢もあるのですよ」

「ありがたきお言葉ですが、私はまだ役目を果たしておりません……どうかお気になさらず」


 フォルトは軽くため息をついた。目の前の男とは、それなりに長い付き合いだ。

 それだけに不憫だった。

 間者という日の当たらない所にいるのは、実にもったいない男なのだ。


「ニーア様はまたも革新的な交易品を発見されたようです……。これでヴァレンストはさらに発展できるでしょうね」


 だから君だけが危ない橋を渡り続ける必要はない――そう、フォルトは云いたかった。

 しかし男は首を振る。


「全ては領主様のために……私ごときで役に立てるのなら本望です」


 淡い金髪が揺れる。男の名前はライアン。

 セレスの執事にして、フォルトの腹心である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ