19.聖女は決意する
「こっちにもありました~!」
エリアンがユキを連れて戻ってくる。彼女は脇に小さな壺を抱えていた。
どうやらユキの嗅覚がちゃんと当たったらしい。
エリアンも「うまく掘り当てましたっ!」という顔をしている。
ドヤ顔、かわいいよ……!
「よしよし……ユキ、よくやったよ~。エリアンもお疲れさま!」
「いえいえ! お安い御用ですとも!」
ユキはわふわふと私に近づき、尻尾を上に立てている。
もしかして撫でて欲しいのだろうか。
抱き枕にしてもユキは嫌がらなかったし、スキンシップは大好きなのかも。
なでなで。
そのままユキのもふもふ頭を撫でる。
シエラもエリアンから壺を受け取りながら、にこにこと上機嫌であった。
「エリアンもお手柄、収穫ね。その壺も側面には……ああ、書いてあるわね。こっちの壺と同じ文字だわ。ショーユ、だったわね」
シエラに頷き返しながら、ぼんやりと今後のことを考える。
とりあえずそこそこの量の醤油は揃った。中身は魔法で調べれば大丈夫だろう。
匂い的には腐ってなさそうだし、魔法でさらに解毒することもできる。
それよりも問題は、料理に活かそうとする方だろう。
泉から醤油(大豆ソース)が見つかった!
それで料理作ろう――とはすんなりいかない。
安全性を証明して説明しても、もうひとつ問題がある。それは領主としての立場である。
普通なら、料理はしないからね……。
さすがに炙り肉と同じわけにはいかないと思う。
……どーやって肉じゃがのことをフォルトに話そうかなぁ。普通に調理場を貸して――なんて領主が言ったらダメだよね……。
◇
屋敷に戻ってきた私はメモを片手に、唸りながら歩いていた。
もちろん、私も自分の食欲だけで物事を決めているわけではない。
最近はそういうことが多いと自覚していても、だ。
醤油があれば和食のラインナップが増えるのは事実。
シエラに確認したけれど、やはり【元】があれば魔法で醤油の量産は可能だ。
手間も金もかかるけれど、醤油は増やせる――相当な高級品にはなるけれど。
とはいえ醤油を使った料理は、当然こちらの世界にはない。
刺身に醤油でもいいのかも知れないが、それではインパクトがない。
カルパッチョのような料理はさすがに存在するのだ。
以下、刺身と醤油を売り出した場合の予想――。
なるほど。変わったソースですね。いただきます。大豆からできてるのですか。おいしいですね。ごちそうさまでした。
そんな感じで終わる可能性もある。それではもったいない。
醤油が売れれば、財政的にもプラスになる……。肉じゃがなら調理自体はそんなに難しくないし、特別な調理器具も必要じゃない。
だからレシピとセットで売り込むのはいいと思うんだけど……。
私がメモに書いたのは肉じゃがのレシピである。
あとは泉にいった報告書。報連相は大事だ。
自分が食べたいのは本当だけど、それだけで色々と領地のアレコレを動かすのは……うーん。
アステリア王国では貴族は料理をしない。そういうのは使用人の仕事、賤職と見られている。
シエラも自分で調理場に立ち入ることはしていないはずだ。
例外はその場で取った狩猟や釣りの獲物を調理することだけ――だからホタテの時は何も言われなかった。
ジビエは優雅。そういう考えなのだ。
レシピを渡して任せればいいのかもしれないが、それだと出来映えはどうなるかわからない。
もちろん、出所不明のレシピを料理人が実践してくれるかということもある。
正直この世界では誰も知らないレシピなので、期待は薄いだろうな……。
考えすぎても仕方ない。私はフォルトのいる執務室にノックして入った。
いざとなれば――また古文書で読んだとか、適当なことを言うしかないか。
あるいは本当のことを、前世のことを伝えるか……。
いつまでもこういうやり方が通るほど、フォルトは馬鹿じゃない……。
うーんとひとつ唸り、私はフォルトに向かい合うのだった。
◇
泉でのことを報告し終えると、いよいよ本題を切り出す。
「……それでここに、醤油を使った新しい料理のレシピがあるのですけれど」
「ふむ…………ところでそれは、どこで手に入れられましたか?」
当然、聞かれるに決まってた。
そりゃそうだ。普通の人にとっては未知の調味料なんだから。
私はボロが出ませんようにと思いながら答えた。
「アステリアにあった古文書で読みました! 多分、とても美味しそうな…………」
「………………ふむ」
フォルトの目がなんだか、少しだけ悲しげなように見えた。
信じようしているけれど、にわかには信じられない――形容するならそんな雰囲気だ。
やっぱり彼は何かに気づいている。
胸がちくりと痛む。
フォルトは頭がいい。あえて突っ込んでは来ないけれど、不自然さを感じているのだ。
――騎士になりたい。
そんな風に言ってくれたフォルト。
あのときの真剣な眼差しが忘れられない。
どう思われるだろうか、と一瞬考えた。
でも多分、もう避けては通れない。
戻れない。国にもかつての自分にも。
向き合うしかないのだ。
そう考えると、私の心はすんなりと決まった。
言おう、全部。
受け入れて、くれるよね。




