95.”この世はおかしい、間違っている”
95.”この世はおかしい、間違っている”
王妃の力が、”正義”だって?
困惑する俺たちに、母が説明を始める。
「それは”迫り来る光明”と呼ばれているわ」
一般国民を怯えさせないよう、各国では隠蔽されているが
国の上層部ではすでに王妃の力は問題となっていた。
かつて国境沿いで揉めた時などに、
いくつかの軍が一瞬で、例の”生きる屍”状態にされたらしい。
俺の友人が住むカデルタウンを一瞬で廃村にした時のように。
しかも。
「王妃に命じられるまま、全員が一糸乱れることなく隊列を作り、
順々に谷底に飛び込んでいったそうだ。
みな涙を流していたというから、
体は動かずとも自我は残っていたのだろう」
何という残酷なことを。
彼らがどれだけ恐ろしく、悔しかったことか。
「だから、どの国もシュニエンダール国には手を出さなかった。
あの国に近づきさえしなければ、被害は出ないからね」
キースは忌々しい、という顔で言い、話を続けた。
「”浄化”という名目で”粛清”を繰り返すこの光は
恐れられつつも、その正体が分からず対応に手を焼いていたの」
母上がそう言うと、自慢げにキースが続ける。
「だが最近やっといろいろ分かって来たんだ。
大地の裂け目から来る未知の力、
あれに最初に直接触れたのが王妃だったらしい」
キースが長い時間と手間をかけ、
王妃お気に入りの小姓たちから情報を集めたそうだ。
以前、勇者である親父と母上が結ばれたことを知り、
パーティーを抜けた王妃は、
シュニエンダールの森で絶望していたらしい。
「”この世はおかしい、間違っている”、そう泣き叫んでいたそうだよ」
その時、彼女は大地の裂け目から沸き上がるこの力を見つけた。
じわじわと地中から溢れ出てくる未知の力を。
「それに触れた瞬間、王妃はすぐに思ったそうだよ。
”これは私の力だ、世の中を正すための、正義の力だ”って。
……お酒で酔うといっつも武勇伝みたいに語るんだってさ」
母上が苦笑いで言う。
「まあ実際彼女は、それまでとは比べられないほど力を得たのよ。
それにあの力を吸収し、自分のものとして扱えるのは彼女だけだし」
王妃はこの世界で唯一の、あの力の支配者なのだ。
支配者が”悪”と判断したものを”清める”、新種の光魔法の。
以前、”王妃は何を企んでいる?”と
緑板で検索した時に出た結果は、
”世界を光で満たす”だった。
これは各国の教会がよく掲げているスローガンであるため
全然気にも留めていなかったが、
本気でこれを世界中に蔓延させたかった、
つまり人類を自分の思うままに動かしたかった、とは。
母上がポツンとつぶやいた。
「イライザはね、決して悪人では無かったわ。
ただ異常なまでに自分の考える”正義”にこだわって、
”間違い”や”理解できなもの”を異常に否定し嫌悪する性格だった」
「暗闇イコール悪ではないのにさ。
頭の悪い人間はその区別をつけるのが苦手だからな。
世界は、そんなに単純ではないのに」
キースはフン、と鼻をならして言い切る。
「思考はともかく、恐ろしく独裁的なやり方だな。
支配者が”悪い”と思った菌は、全部除菌されるわけだ」
俺がいうと、フィオナが難しい顔でつぶやく。
「生のニンニクみたいですね。
あれを食べると腸内細菌が激減するみたいですし」
彼女の言葉をスルーし、キースは説明を続ける。
「で、この力は、地下で蜘蛛の巣のように広がっていることがわかった。
シュニエンダール以外にも噴き出している場所はあるんだ」
母上がうなずいて言う。
「チュリーナ国にも大地の亀裂はあったの。
死者を復活させたという助祭は、それを見つけたのね」
「なんで彼には、あの力が扱えたんだ?」
俺の疑問に、キースが答える。
「扱えてなんかいかなったよ。
あいつは高慢と自己過信を周囲に批判され、
それでいて実際は実力を持たない自分に絶望していた。
”この世はおかしい、間違っている”って毎日毎日ね」
「つまり王妃の賛同者だったから、
力を少し分けてもらえた、ってことみたい。
チュリーナ国の事後調査で分かったの」
母上は国王から聞いたそうだ。
王妃もあの助祭も、絶望し、力を得た。
俺は少しだけ分かりかけてきた。
この世界の、いや、異世界転移の謎が。
「絶望で力を得たのは俺たちも一緒だったな」
他の三人が不思議そうな顔でうなずく。
キースはオリジナルたちの絶望をトリガーに、
”大いなる力”を呼びさます究極の闇魔法を使い、
俺たちをこの世界に転移させたのだ。
俺はキースに尋ねる。
「”大いなる力”呼びさます究極の闇魔法。
それって大昔からある手法なのか?」
「ん? まあ古文書にはあるよ。
実行できる者はほとんどいなかったみたいだけど」
とどこか誇らしげに答えた。
次に俺は他の三人を見る。
「なあ、スマホは充電が必要だよな?
それに検索した時に出てくる情報、
あれはどこから来るんだ?」
いまさらの疑問に、三人の目が丸くなった。
無限に使える機械などないのだ。
情報は無から湧いてくるものでもない。
勘の良いエリザベートが、ハッと気づいた顔で言う。
「まさか……王妃の力?!」
「そのまさかだよ。というか、王妃の力って言っているが
アイツが勝手に私物化しているだけなんだよ」
そして俺は、先ほどの戦闘で、
検索するたびに未知の力と緑板が繋がっていたことを話したのだ。
「さっきは距離が近かったから有線でつながったんだろうな。
普段は無線……いや、目に見えないほど細い線が届いているのかもしれない」
もしくは、パケット状態で。
「……何の話をしている?」
スマホや検索という、元世界の単語で会話する俺たちに
キースは眉をひそめて尋ねてくる。
うーん、なんて説明すればよいか。
何をどこから、話して良いものだろうか。
そう迷っていたら。
「失礼します! 公爵から急ぎの伝令が届きました!」
その時、ドアの向こうで執事の切羽詰まったような声が聞こえた。
ジェラルドがドアを開けると、
そこには肩に連絡用のガルーダ鳥をとまらせた執事が立っていた。
彼は両手で2つの文書を差し出しながら、不安そうな顔で俺を見た。
俺はそれを受け取って目を走らせる。
1通目の報告を、俺は不快さと怒りを隠せないまま読み上げる。
「王家より、今回の第二王子暗殺の主犯は、
王太子カーロスだと発表されたそうだ。
彼が国王に成り代わり、暗殺部隊を使って犯行を企てたんだと」
全員が息を飲む。
フィオナがかすれ声で言う。
「なんで、そんな……」
「理由は”光属性”を持つ王太子妃との離縁により、
自分の立場が弱くなり不安に駆られ、
王位継承権を持つ他の王子をまとめて排除することにしたんだそうだ」
ジェラルドは片手で額を抑えてつぶやく。
「王命でしか動かない暗殺部隊が動いたんです。
王族の関与を否定するのは不可能でした。
だからといって、まさか……」
王妃は夫である国王だけでなく、我が子すら犠牲にしたのだ。
自分の立場と目的を遂行するために。
親父の生存をキースや公爵家が公表しなかった理由は
”世界が危険にさらされるから”だった。
王妃イライザが戦争を起こし多数の犠牲を出してでも
”勇者”を殺そうとするのは間違いないから。
王妃は自分の目的のためなら、どんな犠牲もかまわない人間だ。
今さらながら、その強烈なエゴイズムに不快感を覚える。
「あの人は聖女でも、魔族でもありません」
彼女は怒りに震えていた。
そしてまっすぐに俺たちを見て、神託のように告げた。
「……彼女はただのクズです。
ただの、自己中で傲慢なクズ王妃です」
いつもマイペースで温厚な彼女が、本気で怒る姿は珍しかった。
嫌なことをされても、怒るより悲しくなってしまうタイプなのだが。
見ると、彼女の手の中には緑板があった。
俺の視線に気づき、フィオナは緑板を掲げてみせる。
そこに書いてあったのは。
”王妃が王太子を主犯にすることにしたのは
シュニエンダール国の存続と安定のために必要だと考えたから”
「……まあ、王妃が考えそうなこった。
自分が王妃になったのは、”この国に安穏をもたらすため”だったし
勇者と弓手を引き離した理由も”世界の秩序を守るため”。
王妃が自分を誤魔化す時はいつもそうだろ。
自分の個人的な”要望”を、世の中全体の”必然”であるように思い込むんだ」
俺が呆れながら言うのを聞き、
フィオナは紫色の大きな瞳に、怒りの感情をたぎらせて言う。
「全ての母親が我が子に愛情を持つわけではありません。
それは私にもわかっています。
でも彼女は”これが正しい”と言い切るなんて
……自己欺瞞にもほどがあります!」
おかしい事だとはわかっているが、王家存続のために泣く泣く……
それならば、まだ旧態依然とする我が国ではあり得なくもない話だが。
王妃はただ、自分の保身を正論だと誤魔化しているだけだ。
涙を流すフィオナを慰めるエリザベート。
俺はため息を付きながら二通目を開いて、衝撃を受ける。
「今後教会は……聖騎士団の管轄となり……」
何ですかそれ! と眉をひそめるジェラルド。
「もはや聖女は必要としない、と宣言。
そして王妃イライザが聖女王として即位した、だと!?」




