90.国王を縛る誓約
90.国王を縛る誓約
「さあ、今後の作戦を立てるぞ」
俺たちは最後の決戦前にいったん退くべき、と思い
また執事やメアリーに会うため、ガウールの別荘へとやってきた。
表向きはロンデルシアへ兄上たちを護送したことにして
4人でこの地に直行し、今後の計画を立てることにしたのだ。
「まだまだ世界は混乱の渦中ですね」
ジェラルドが緑板を見ながら言う。
同様に自分の緑板を見ながら、エリザベートも告げる。
「王妃は作戦失敗と暴露映像を見て絶叫した後
すっかり寝込んでしまったそうよ。
”起きたら暴れる”って分かっているから、
侍従たちは薬で眠らせ続けてるんだって」
友人の領地であるカデルタウンを一瞬で”死の町”に変えた、
恐ろしいまでに強大な王妃の力を見せつけられた。
しかも王家は俺に、
”他国で活躍したのは第三王子ではなく、本当は第二王子で
第三王子はその成果を奪った挙句、
第二王子を口封じのため殺した”
などという、とんでもない濡れ衣をきせてきたのだ。
これに対抗するには全世界を巻き込んで
迅速に、かつ派手にやらねばならなかった。
中途半端な反撃では、周囲の人々を巻き込んで
王妃の異常な光魔法”大光明トータルステロウ”を食らい、
あっという間に”生ける屍”にされるだけだろう。
だから俺たちは、盛大にやらかすことにしたのだ。
俺とフィオナは第二王妃に接触を図り、
エリザベートとジェラルドは次兄を助ける。
彼らには俺の無実を証言してもらうだけではなく、
暗殺未遂の一部始終を”実況中継”することで、
シュニエンダール王家の醜聞を引きずり出したのだ。
作戦はおおむね成功し、無事に次兄の暗殺を阻止し、
濡れ衣を晴らすことは逃れたが。
今の状況としては”混沌”、その一言に尽きるだろう。
俺を”極悪人”として仕立て上げるつもりが
全てが嘘だと分かり、王家から発信される情報は
”信ぴょう性がゼロ”だと証明されたのだ。
そして今、市井の人々は興奮気味に、
王家の中で起こっている争いについて、
さまざまな推測を飛ばしているようだ。
「王族に冤罪をかけるための、王族による、王族暗殺計画……」
フィオナがつぶやく。
……リンカーンみたいに言うな。
それにしても。俺は苦笑いしながらつぶやく。
「……王妃だけじゃなく、
”国民を人質にしてる”のは俺もだったんだな」
俺が生まれた時に下された”天の啓示”は
”俺が国を去れば、シュニエンダールは滅び、
国に留まればこの国は破壊される”
という物騒なものだった。
俺が生まれて以来、この国の情勢は常に不安定であり、
王家はほとほと手を焼いていたようだが、
まさかそれが、俺のせいだったとは。
しかしそれは国民が王家や貴族の悪政や横暴を糾弾し、
より良い生活を求める活動であり、
国が滅亡するような方向性では無かったのだ。
母上が俺をこの国に残していった理由はそれだろう。
エリザベートは気まずそうな顔でつぶやく。
「私、あなたに”ガウールで辺境伯になって”、
なんて言ってしまったけど。
大変なことになるところだったわ」
「大丈夫さ。どうせ強引に連れ戻されたろうし」
俺はそう言って慰め、国王たちのことを考えた。
「去るのも、留まるのもダメ……
あいつら、俺が邪魔だったろうなあ。
キースが国王に”神に対する誓約”をさせてなかったら
とっくに始末されてたぞ」
”神に対する誓約”は絶対であり、強制力も半端ない。
あの天才魔導士の先見の明には頭が下がる思いだ。
以前、国王がどのような宣誓をしたのか緑板で調べたら。
母上が第三王妃としての立場を受け入れることを条件に
”自分の血縁の者すべての命を守り、
他の王族や貴族にも手出しはさせない”、という誓約だった。
それに平民が含まれていないのは、
さすがにキースの魔力を持ってしても、
そこまでを宣誓対象にするのは難しかったらしい。
だから”クズの大悪党”に仕立て上げ、
民衆の悪意を俺に集めて殺させたかったのだろう。
もしくは危険な任務で魔獣に殺させるか。
それでも国王は、俺の暗殺を命じることは不可能だし、
王妃や他の誰かが俺を殺そうとするのも、
全力で阻止しなくてはならないのだ。
緑板で過去の経緯を読むと、
以前国王に、俺を始末することを進言した者がいたらしい。
するとつい先ほどまで、”邪魔”だの”クズ”だの
俺を激しく罵っていた国王の態度が急変し
顔を真っ赤にして立ち上がり、叫んだそうだ。
「この者を捕らえよ! 牢に入れず、そのまま処刑せよ!」
「酒の席の軽口です、お許しください!」と
必死に泣きながら許しを請うその者を蹴り上げ、
その場で斬首させたそうだ。
それ以降、俺に手出しをする者はいなくなったらしい。
……すごいな、”宣誓”の力って。
確かに俺が病気になった時にも、
国王は必ず名医や高価な薬草を手配していた。
病気だと知りつつ放置するのは、誓約に反することなのだろう。
「自分が一番、俺を消し去りたいんだろうに、
それどころか守らなきゃいれないとは。皮肉なもんだ」
国王は、母上が親や兄弟を守るために
こんな条件を出したと考えたのだろう。
だから易々とこれに同意し、まんまと宣誓したのだが。
実際は、お腹の中の俺を守るための誓約だったのだ。
だがそのせいで、母上は一か月弱の間、
あの男の第三王妃として過ごさねばならぬ地獄を見たのだ。
俺を”国王の子”だと思わせるためには、それしかなかったから。
どれだけ苦痛で、屈辱的だったことか。
それでも絶対に俺だけは守ろうとしてくれたのだろう。
申し訳なさと怒りにうつむいていた俺に、
エリザベートがふと、緑板に入力を始めた。
そして眉をひそめながらつぶやいた。
「……カデルタウンにレオナルドが居ると知っていながら、
王妃は攻撃したのよね? それって……」
俺たちは立ち上がり、エリザベートのスマホを覗き込む。
それは確かに、俺を傷つけたり殺そうとする振る舞いだろう。
”誓約”としてはマズイんじゃないか?
「……やっぱり!」
エリザベートは思わず声をもらす。
検索の内容は”シュニエンダール国王の現在の状態”だ。
そしてその結果は。
「”心神喪失し、危篤”か。
……王妃め、国王を切り捨てることにしたのか」
俺は眉をひそめ、フィオナはため息をつく。
国王は王妃の”攻撃”を止められなかったのだ。
ギリギリ死ななかったということは、
王妃が攻撃することを知らなかったのだろう。
そして重要な手駒であるはずの国王の命を削ってでも、
自分の立場を脅かす俺を、王妃は絶対に排除するつもりなのだろう。
ともかく、王も王妃も寝込んでおり、
王太子も幽閉されている今が反撃のチャンスなのだ。
フィオナが急に”良いことを思いついた”というような顔で
俺たちに向かって言い放った。
「ん? 寝込んでるってことは、
寝首をかく大チャンスってことですね?
またあのとんでもない光魔法を放つ前に、
みんなであの二人をやっつけてしまいましょう!」
いきなり直接ラスボスを奇襲しよう、
などと言い出す聖女がいるとは。
俺たち三人が彼女の握りこぶしを、
あ然とした顔で見つめていると。
「さすがだね。本物の聖女の判断は間違いない」
室内に突然、あり得ない人物の声が響いた。
ジェラルドは反射的に剣に手をつけ、俺は立ち上がる。
フィオナは小さく叫んで俺たちに結界を張った。
しかし、エリザベートは。
彼女は駆け出していた。
そして、声の主に飛びついていく。
驚きのあまり声も出ない俺は、それを見つめるだけだった。
エリザベートが涙声でつぶやく。
「……叔父様!」
誰も気付くことはなかった。
しかし部屋の片隅にいつの間にか、
天才魔導士キース・ローマンエヤールが立っていたのだ。




