88.崩された暗殺計画
88.崩された暗殺計画
「……なあ、この任務、全員で来る必要あったか?」
”第9団”の赤黒い隊服を着た長身の男が不満そうにつぶやく。
その言葉に、横の肥った男がイライラしながら同意する。
「アリ一匹踏みつぶすのに、なんで俺たちが……
こんなのただの兵士で良いだろ?
コイツの魔力レベルは”1”で、剣の腕はからっきしなのは
宮中の誰もが知っていることだからな」
そんなことを目の前で言われ、
第二王子フィリップは一瞬目を大きくした後、
悔しさと恥ずかしさをにじませて顔をしかめた。
このさびれた宿で、やっと迎えが来たのかと思い招き入れたが。
目の前に立っているのはフィリップも見かけたことがある
暗殺集団”第9団”だったのだ。
開口一番に彼らが放った言葉は
「フィリップ殿下。王命により、そのお命いただきます」
という、”第9団”定型の挨拶だった。
「……嘘だ。父上がそんな命令出すわけない!」
すると年配の男がそれを鼻で笑い、訂正したのだ。
「おお、そうでしたね。
これを命じたのは第三王子レオナルドでした。
殿下はあの方の命によって暗殺されるのです」
フィリップはガタガタ震えながらも、必死に言い返す。
「それも嘘だ! お前らは王命でしか動かないはずだろ!
だいたいレオナルドがお前らの連絡先を知るわけないんだぞ!」
すると”第9団”の仲間の一人である女が、乱暴な口調で言い返してきた。
「うるさいわねえ。どうせ死ぬんだから、そんなのどうだって良いでしょ!」
「ああ、ホントめんどくさいな……さっさと片付けましょうよ」
新入りらしい若い男が言い、すっと前に進み出た。
この程度の標的は、”自分がやれ”と命じられるのがわかっているのだろう。
しかし、今まで黙っていたリーダー格の男が片手でそれを制した。
仲間たちはいぶかしげに彼を見る。
「……今日の獲物なぞに、俺たちを使った意味を考えろ。
お前たち、命じられた時の言葉を覚えているな?」
「ええ、”絶対に仕損じてはならない。確実に殺せ”でした」
女の団員が困惑気味に言う。
それを聞き、たまらずフィリップは泣き出してしまう。
”父上……”、そうつぶやきながら。
長身の男がそんなフィリップを見て、眉をひそめる。
「こいつ、なんでこんなに余裕があるんだ?
俺たちを前にして、感傷にふけるなんてあり得ないだろ」
リーダー格の男はうなずき、ぐるりと周囲を見渡して言う。
「……出てこい。ロンダルシアの犬か?
それとも第二王妃のよこした護衛か?」
ここまでか。まあ、十分でしょう。
私はゆっくりと魔力で作った障壁を解く。
グエル元・大司教を騙した時と同じ、
こちらからはみえるが、相手からは見えないバリアだ。
私が姿を現すと、全員が息を呑み、身構えた。
さっきまで余裕綽々だった表情が動揺でこわばっている。
「お前はっ! ローマンエヤールのっ!」
「どうしてここがわかった?」
そう叫びながらも、全員が同時に戦闘態勢に入る。
「……第三王子レオナルドの命か! あの者は一体……」
リーダーの男がつぶやく。
「そうよ、次兄をあなた方から守るために、
レオナルドに頼まれたのよ、ショーン・バンド」
「なっ?!」
私に本名で呼ばれ、硬直するリーダー。
私は全体を見渡し、”恐ろしい”と定評のある薄笑みを浮かべて言い放つ。
「……あらごめんなさい?
ベンも、ピーターも、ジョンも、プーラも、ファンクも。
本名よりコードネームでお呼びしたほうが良いかしら?」
全員の本名を言い当てられ、衝撃を受ける団員立ち。
私たちはここに来るまでに、緑板でしっかり”予習”してきたのだ。
彼らの本名、生い立ち、攻撃法、そして弱点を。
リーダーは目を細め、軽い調子で私に返した。
「さすがはローマンエヤール公爵家。
全てご存じといったところか」
「ええ、もちろんですわ。父は存じておりますとも。
私がここに来て、何のために、誰と戦っているのかも」
彼らは互いに顔を見合わせたり、必死にリーダーに指示を仰いだ。
これはマズイぞ、今までにこんなことはなかった……
そう思っているのが顔に出ている。
リーダーはじっと私を見た後、片手をあげた。
その瞬間、年配の男がすかさずフィリップに魔弾を撃つが
彼にはフィオナから預かった護符を持たせてあり
直前でシュワっと消失していった。
それをあぜんと見つめる団員たち。
つまり、”攻撃続行”を選んだのね。
そんなに国王や王妃が恐ろしいのか。
まだ攻撃を迷う彼らに、リーダーの男が叫ぶ。
「今回の命令に、退却も失敗もあり得ないのだ!
……9人全員で一斉にかかれ!」
カチャリ。
優雅にドアが開き、細身の剣を持ったジェラルドが現れた。
そして、にこやかな笑顔でつぶやいた。
「”第9団”の9とは、団員数のことだったんですね。
……それならもう、”第6団”ですよ」
そう言って光の速さで室内に侵入し、
最奥にいた肥った男を片手突きにする。
そして剣を一振りし、正面に構えて言う。
「失礼……”第5団”、ですね」
見張りの3人はすでに倒されたと知りつつ、
リーダーの男は全員に向かって叫んだ。
「とにかく標的を狙え! 絶対に殺せ!」
それからの全員の動きはなかなかのものだった。
年配の男が、魔力レベルが高い火炎爆破を起こし
フィリップを建物ごと吹き飛ばそうとする。
私がそれを”ダークホール”で吸い込み消し去る。
長身の男がフィリップに向け、一度に何百本の針を飛ばすのを、
ジェラルドがソファーを蹴り上げて盾にし阻止する。
そしてそのまま直進し、長身の男の腹を突き刺した。
「……”第4団”」
代わりに私がカウントする。
「馬鹿にしやがって! ぶっ潰してやるよ!」
汚い言葉で罵りながら激しく鞭を振るう女に、
私は人差し指と中指だけを立てた左手を向けた。
それを見て彼女は鞭を床や壁、天井へと打ち立てながら
ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
砕かれた破片がこぼれ、粉塵が舞い散った。
「……効かないよ、あたしには。金、かけてるからね」
見れば魔法反射の宝飾呪物をいくつか付けているのに気づく。
鞭は生き物のようにしなり、あまりにも高速のため
その動きを肉眼で完全にとらえることはできない。
どんどん距離を縮める彼女は狂気に満ちた表情で叫んだ。
「そのお綺麗な顔をぐちゃぐちゃにできるなんて、
今回の仕事はラッキーだわ!」
「そう……良かったわね」
私が無感情に答えると、彼女の癇に障ったのか
叫びながらいきなり踏み込んでくる。
「黙れ魔女めが!」
「ベルラ! 前に出るなっ!」
リーダーの言葉は間に合わず、
彼女は私のレイピアの串刺しとなる……背後から。
すでに彼女は、自分の腹から生えた細い剣先を
見開いた目で眺めていた。
私の左手はあくまでも、幻影を生み出すための囮だ。
鞭の動きなど見ずとも、彼女の背後はガラ空きなのだ。
そして我が公爵家ローマンエヤールは高い魔力で名を馳せてはいるが
実際は剣の腕前も、極限まで磨いている。
魔力で残像を残し、回り込むなどたいした技ではなかった。
「……何、このレイピア……これって……」
最後まで言えず、彼女は崩れ落ちていく。
その通り。あのジェラルドがいつもの大剣ではなく
このようなレイピアを使っているのは、
”彼らを生きたまま捕らえる”ためだ。
このレイピアは硬く丈夫だが、たとえ貫通しても死には至らず
麻痺し動けなくなるだけだ。
”太めの麻酔針”、といったところだろう。
これは私たちに人殺しをさせない、というレオナルドの方針と
彼らを生き証人として活用する目的があるからだ。
「とにかく王子を殺せ! 絶対にしくじるな!」
リーダーが叫ぶのと同時に、
年配の男がフィリップに、連続攻撃を浴びせ始める。
”ファイアストーム”、”フレイムバーン”、そして”インフェルノ”。
壁や家具が炭に変わっていくが、フィリップも
その前に立ったジェラルドにも効果はない。
フィオナの護符、すごいじゃない。
魔法による攻撃はそれでも止まない。
”サンダーバレット”、”雷の槍”、それから”アルティメット・スパーク”。
火炎系だけでなく、彼は雷魔法も得意だと、
確か緑板の検索結果にあったわね。
部屋中に煙が広がり、
崩れ落ちる天井の破片で視界が悪くなっている。
すでにこの小さな宿屋は崩壊を始めている。
あらかじめ一般人を避難させておいて良かったわ。
その時、小さな金属音が聞こえた。
「……ざまあみろ。脳天ぶち抜いてやったぜ」
そう言って若い団員がニヤっと笑う。
「あら? どなたの脳天を?」
私の言葉に、その男は驚愕の表情を浮かべてこちらを見る。
煙や粉塵が収まりつつある中、私は顔の前で、
手の中にあった鉛の玉をぽろっと落とした。
「!!! 嘘だろっ!?」
若い男は叫ぶ。
どうやらフィリップの前に立っているのが
ジェラルドから私にすり変わっていることと、
会心の”指弾”が1つも当たっていないことがショックらしい。
「なかなか見事な指弾でした。しかも3発ほぼ同時とは。
指で鉛の玉を弾いただけとは思えない威力です。
まともに当たっていれば頭を貫通したでしょうね」
ジェラルドは彼の背後から、
レイピアを喉元に突きつけながら言う。
「……もう、終わりにしましょうか。
あなたたちは充分に役割を果たしたわ」
「な、なんだと?! ……ああっ、まさか!」
私の言葉に若い男は、やっと状況に気が付いたようだ。
あの連続攻撃の間、私たちは立ち位置をすり替わり
年配の男はとっくにジェラルドが倒し、戦線離脱していたのだ。
だから後半の連続魔法を発していたのは私。
リーダーの男はそれに気づいたが、
ジェラルドの片手突きのほうが早かった。
だから立っている暗殺団は、もはや彼一人なのだ。
完全武装の暗殺団を相手に、
ここまで連続で、正確に片手突きを決めるとは
ジェラルドの肩と手首の強さは尋常ではないだろう。
若い男は私をにらみながら言う。
「”暗黒の魔女め。
光にひれ伏し、朽ち果てるが良い”」
「あら、それは誰の言葉?」
若い男が口を開いた、その時。
「黙れ、それ以上語るな」
息も絶え絶えに、リーダーの男が言う。
その言葉を聞き、若い男はハッとして、周囲を見渡す。
「まさか……!」
特性レイピアにつけられた”効果”に屈しなかった
リーダーの精神力にも感服だが、彼はどうやら途中で気が付いたようだ。
私たちの目的が、フィリップを守ることだけではないことを。
ボロボロになった宿屋にぞろぞろと現れたのは
ロンデルシア国、チュリーナ国、フリュンベルグ国、そしてシャデール国の。
その各国の教会や軍兵だけではない。
ロンデルシアの優れた魔導士たちが、
いろいろな場所に設置した魔石を回収し始めている。
若い団員がそれを見て叫ぶ。
「それは! 記録を残す魔石か?!」
私は首をかしげて答える。
「それもあるけど、別のものも混ざっておりますわ」
そういって私は、魔導士のひとりに尋ねる。
「どうでした? 皆様の御様子は」
魔導士は眉をしかめたまま答える。
「恐ろしいほどの反響でございます。
世界中の者が、これほど大きな事件を目の当たりにしたのですから」
横たわったまま、リーダーが吐き捨てる。
「まさか! お前たちっ!」
「ええ、”実況”させていただきましたわ。
各国の王城や広場にね……”第二王子 暗殺未遂事件”を」
今回の魔石には、離れた場所の魔石に、
その映像や音声を送れるものもあったのだ。
ロンダルシアの武将が彼らを見下ろし、腕を組んだまま言う。
「……さあ、聞かせてもらおうか。
なぜ絶対に王命でしか動かないお前たちが、
第二王子の暗殺を企てたことを」
衝撃的な”リアルタイム実況”はまだまだ続くのだ。




