86.第二王子の失踪
86.第二王子の失踪
俺の友人の住まうカデルタウンは一瞬の間に
生ける屍たちが徘徊する廃村になってしまった。
それは間違いなく、王妃の放った”未知の光魔法”だ。
これの発動を恐れて今まで、ローマンエヤール公爵家や
天才魔導士キースは、手出しが出来なかったのだろう。
いうなれば元世界の、核ミサイルみたいなもんだ。
しかも一個人が自由自在にいつでも発射できるやつ。
「……あの女、狙いやがったな」
俺たちに監視が付いているのはわかっていた。
だから以前から王族に反抗的なこの地を訪れると知り
俺たちが訪れたタイミングで発動したのだ。
どちらにも制裁を加えられ、一石二鳥だから。
勝手に入り込んだハンスの家のイスに座り
俺たち4人は延々と、緑板で検索している。
先ほど見た、世界を真っ白に変えるほどの強い光。
調べるとやはり、あの”光”は王妃の力だった。
それも空から降り注いだのではなく、
地中から噴き出るように発光したらしい。
だから外にいようと建物にいようと関係なかった。
全員が、その魔力を受けてしまったのだ。
太陽やランプといった光源もない地面が
視界を塞ぐほど強い光を放つなど、あり得ないことなのだが。
「あれが王妃が隠していた光魔法、”大光明トータルステロウ”……
全ての害悪を滅し浄化する究極の光魔法、とあります」
「何が”害悪”だよ……誰の主観で判断してんだか。
消されたのは、ここに住む人たちの
生気や個性、思考や意思だろ、クソが!」
ジェラルドはただ緑板の検索結果を読み上げただけなのだが、
俺は頭を抱えたまま、強い口調で言い返してしまう。
そんな俺の八つ当たりを受け流し、ジェラルドは言ってくれる。
「その通りです。自分にとっての反対意見や
理解できない思考を強制的に消してしまうなんて、
傲慢で幼稚、卑劣なやり方です。
断じて許されることではありません」
「本当に酷いです。この魔法を受けると”生ける屍”と化し、
個性も自我も消え失せ、王妃の思想に沿った行動をする、なんて」
フィオナが緑板を見ながら悲しそうにつぶやき、
エリザベートもゾッとしたように身を震わせて言う。
「”その命令は絶対であり、発動者が望めば幼子でも人を剣で刺し、
夫婦・親子でも殺し合う”……って。
とても光魔法の説明文だとは思えないわ!」
「でも自分の思う通りに動かせるなら、
どうして今まで国中に発動しなかったのでしょう?」
フィオナが不思議そうに言う。
「生産性が著しく下がるから、のようです。
以前何度かこれを行使した際、
そこでとれていた名産品が完全に失われた、って」
ジェラルドが眉をひそめて答える。
俺はさらに、恐ろしい情報を見つけてしまった。
「嘘だろ! 王妃はこの”大光明トータルステロウ”を
国内全土に作動することが出来る、だと?!」
全国民をいっぺんに、廃人かゴーレムにできるのか。
まあそんなことをしなくても、
ほんの一部でも見せつけられれば
誰も彼女に抵抗しようとは思わないだろう。
俺たちはショックを受け、黙り込む。
一瞬で発動できるというのなら、どうやって戦えば良いのだ?
エリザベートやフィオナ以上の魔力を持ち、
剣や弓も通じない相手なのに。
やがてエリザベートが、何かをみつけてつぶやいた。
「……意外ね。今ごろ高笑いしてるかと思いきや、
王妃は今、悔しさのあまり激昂しているようよ」
どういうことだ?
俺もあわてて調べたが、その通りだった。
「王妃はこの地を”完全に滅菌”するつもりだったのか。
なのに”予定の半分”も出来なかった、
と悔しがっているらしいな」
「そうみたいね。もっと広範囲にするつもりだったのかしら?
対象のエリアはどこまでだったんでしょう」
エリザベートの問いに、ジェラルドが答える。
「いえ、今回の浄化対象は”カデルタウン周辺”、と出ますよ」
……では、何が”予定の半分”だったのか?
俺はゆっくりと歩き回るハンスを見る。
ほんの時々だが、俺の言葉に立ち止まったり、
視線を湖に向けるのだ……これは。
「自我の残りだ……まだ意識が残っている!」
俺はぽつりとつぶやく。
エリザベートがハッと気づいたようにフィオナを見て言う。
「半分だったのは、”効果”よ!
フィオナのおかげで、あの光魔法の効果が半減したんだわ!」
フィオナは泣きそうな顔になり、ジェラルドもうなずく。
「まだ、間に合います!
彼らは完全に屍と化したわけではありません!」
俺は目まぐるしく検索を入力を始める。
王妃が取り去った彼らの生気は、自我は、取り戻せるのか?
検索の答えは”はい”だった。
そこでひとまず大きく息を吸い込んだ。
すかさず”その方法は?” と入力する。
答えは単純明快だった。
”イライザ王妃を倒し、彼女が封じ込めた”害悪”を解放する”
解き放ってやろうじゃないか、害悪。
俺は夕日の中、ゆらゆらと揺れるハンスに約束した。
「必ず、取り戻してやるからな」
************
俺たちは馬車の中、黙々と検索を続けている。
いま一番必要なのは”情報”だ。
切り札になるのも”情報”。
しかし急に馬車が停止して驚く。
たちまち警戒する俺たち。
窓から外を覗くと、そこには駿馬に騎乗した男が見えた。
「あれは! うちの者だわ!」
ローマンエヤール公爵家の使者だとわかり、
エリザベートがすぐに外に出る。
「やっとお会いできました! 馬上にして失礼いたします!
殿下、お嬢様、すぐに国境へお向かいください!」
冷静沈着な者ばかりが揃う公爵家らしからぬ慌てぶりに
こちらが驚いてしまう。何があったんだ?
「まずは説明を」
手短に問いかけるエリザベートに、使者は早口で述べた。
「シュニエンダール王家 第二王子フィリップ様が
勾留中のロンデルシアから出奔されたとの報がありました!
いまだ、行方がわかっておりません!」
……アイツ! 脱走したのか?!
魔獣討伐の際、開始直後に逃走した罪を負った次兄フィリップ。
そのままあの国で鍛えられ、
婿として迎えられるという話ではなかったのか?
「王家はなんと?」
俺の問いに、使者は言いづらそうに答える。
「”まったくもって遺憾であり、こちらは関与していない。
ただ手引きした者がいることは間違いない”、と」
「……なんだよ、その匂わせは」
さらに言いずらそうに死者は続けた。
「その嫌疑がいま、レオナルド殿下にかかっているのです」
「なんで俺が……どんなメリットがあるんだよ」
そこで使者はぐっと詰まったが、さすがは公爵家の者、
適当な言葉で誤魔化さず単刀直入に言ったのだ。
「”ガウールやチュリーナ国で活躍したのは殿下ではなく
本当は第二王子フィリップだった、世界は騙されていたのだ”
という”真相”が国内のみで報じられました。
その成果を奪ったあげく、殿下が第二王子を口封じするため
彼を誘い出して殺した、と!」
その濡れ衣にも呆れるが、それ以上にショックだったのは
王妃だけでなく、国王まで、その策にのったという事実だ。
アイツ、実の息子を見捨て、殺害命令を下したのか。
あぜんとする俺の背後で、フィオナが叫んだ。
「分かりました!
王妃が突然、攻撃を開始した理由が!」
俺とエリザベートが振り返ると、緑板を見ながらフィオナが言う。
「シュニエンダール王族は、ロンデルシアにいる第二王子との書簡で
”勇者の剣”を守ったのがレオナルド王子であることや、
私たちがダルカン将軍と親しくなったことを知ったそうです!」
……ヤバイ、バレたのか!
もはや彼らに、俺たちに敵意や戦意があることは隠せない。
ショックを受ける俺に、ジェラルドも険しい顔で言う。
「それだけではありません。
王妃はこの国の”完全なる清浄”計画を開始した、とあります。
その手始めに、最も邪魔である殿下の駆逐から行う、と」
「なんだよ! 駆逐って!
人を害虫みたいに!」
俺はおおげさに憤慨するが、誰も笑わない。
王妃の巨大な魔力を目にしたばかりだ。
あんなのと本気で戦うことを思えば、
腰が引けるのも仕方ない。
俺はみんなに言う。
「まあ落ち着け。心配すんな。
俺たちにはこれがある」
エリザベートがすかさず検索し、答えを得る。
「フィリップ王子はまだ無事よ! 居場所もわかるわ!
……ロンダルシアを抜け、この国に向かっているようよ」
俺はうなずき、馬車に向かおうとするが。
「お待ちください、殿下が彼と対峙するのはリスキーです。
もし第二王子が殺害されたなら、その場にいては言い逃れできません」
ジェラルドに引き留めら、エリザベートも言う。
「私たちが行くから、あなたは関与していないというアリバイを……」
俺は首を横に振った。
「それじゃなおさら、アイツらの思うつぼだよ。
殺害現場に”いる・いない”、はたいした問題じゃない。
”俺に第二王子の殺害を依頼された”って人間を用意されたら
俺がどこに居ようと主犯にされるだろう」
困惑する彼らに、俺は言う。
「もう戦いが始まっているなら、中途半端にするつもりはないぜ。
先手を打つのは今まで通り、俺たちの方だ。
あいつらの策が悪手だったって事、思い知らせてやろうぜ」




