表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改稿版】リライト成功!〜クズ王子と悪役令嬢は、偽聖女と底辺兵士と共に、最悪のシナリオを書き換える〜  作者: enth
第三章 武器は"情報"と"連携"

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/126

85.王妃の力

85.王妃の力


「ほら、見てください。

 ここからの眺めは結構なものだと思いませんか?」

 館の窓を開きながら、ハンスがエリザベートに言う。


 入ってくる風に髪をなびかせながら、

 その風景を見て、エリザベートは目を細めた。

「本当ね。連なるロアーナ山脈を背景に、

 鏡のようなデリア湖が広がっていて……」


「その周囲にはたくさんの果実樹がありますね。

 さすが、フルーツで有名な土地です!」

 フィオナも楽しそうにはしゃいでいる。


「王都からは1日以上かかる距離ですが

 それが喧騒からしっかり離れた気持ちにしてくれますね。

 中途半端に近い場所では、日常を切り離せませんから」

 ジェラルドの言葉に、ハンスは嬉しそうにうなずいたが

 ちょっと言いづらそうに俺に告げた。


「実はさ、王家や国の中枢機関からは反対されていてさ。

 『国民は不要の移動を控えるべき。

  これ以上のホテルや娯楽施設の建設は禁ずる』。

 そう何度か通達が来て……貴族にも平民にも

 大っぴらに宣伝することさえできない状態なんだ」

 俺は呆れ、また落胆する。

 そして彼に申し訳なくなり、うつむいてしまう。


 そんな気持ちを見透かしたように、

 ハンスはおどけるように俺に言ったのだ。


「なんだよ、らしくないな。

 先生に”緊急時でも無いのに窓から出入りするな!”と叱られて

 ”人気のパンが買えるかどうかの瀬戸際は、

 俺にとって十分に緊急時です”、

 なんて言い返した奴とは思えないぞ」


 苦笑いする俺と、呆れかえるエリザベート。

 そして俺はふと、思いつく。

「……そうか。不要な移動がダメなんだろ?

 じゃあ必要であればOKってことだ」

「まあ、そうだが……この地に用事なんて誰も無いよ?」


 俺はハンスに言う。

「用事なんて全部、人間が作ったものなんだぜ?

 ”天然ものの用事”なんて、食う事と眠る事くらいだ」

 それでもまだ納得がいかない彼に、

 俺は窓の側に立ち、目の前の湖を指し示した。


「いきなりリゾート地を目指すのではなく、

 ”保養地”や”療養地”として周知させるんだよ。

 ここは怪我や疲労の回復にピッタリな場所だって」


 客になりそうな貴族や金持ちに宣伝するのではなく、

 そんな彼らに勧めてくれそうな人々、

 つまり医者や聖職者の間に広めるのだ。


「確かに、心身の病気の療養なら正当の理由になるわ。

 実際、休めるような領地を持たない貴族は、

 知り合いに頼んで招いてもらうしかないんだもの」

 エリザベートもうなずく。


「……じゃあ、作るのは療養所(サナトリウム)か」

 そうつぶやいたハンスに、フィオナがすかさず言った。

「料理が美味しいのも重要です。

 美味しいものは人を元気にしてくれますから!」


 ハンスは笑いながら彼女にうなずいた。

 そして俺を見て、目を細める。

「ありがとう、レオナルド。

 この地で多くの人が癒され、

 楽しんでもらえるよう頑張るよ」


 そう言って俺の古い友人は、

 窓から誇らしげに、自分の領地を眺めたのだ。


 ************


「ごめんなさいね。私に予定があったばかりに」

 乗り込んだ馬車の中で、エリザベートが詫びる。

「いや、良いんだ。急だったしな」

 泊まっていけ、とハンスは誘ってくれたが、

 明日には任務を控えるエリザベートのために、

 俺たちはすぐにここを出立することにしたのだ。


「全然、危険な地ではありませんでした」

「人々は穏やかで活気があり、平和そのものでしたね」

 フィオナとジェラルドも顔を見合わせて言う。


 そもそもこのカデルタウンに来たのは、

 緑板(スマホ)の検索結果に

 ”この国で最も危険な場所”だと出たからだ。

 とりあえず魔獣も出ないし、魔人の気配もなかった。

 今回は視察程度に留めて、

 定期的に監視する対象にすれば良い。


 その時は、そう思っていたのだ。


 ************


 カデルタウンを出て、わずか10分後。


 うとうと仕掛けていた俺は、

 背筋を虫が這いずるような気配を感じ、身を震わせた。


 目を開けると、ジェラルドが剣に手を添えて身構え、

 エリザベートは印を結び、フィオナは……

「ダメですっ! 間に合いませんっ!」

 そう叫びながら、”聖なる力”最大限に放出した!

 俺は条件反射のように、補助魔法で彼女の力を倍増する。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 地面が揺れ、馬車の窓の外が真っ白になっている。

 馬がいななく声が聞こえ、馬車が激しく揺れた後

 馬丁や侍従の悲鳴が聞こえた。


 馬車が停止したので俺はとっさに外に出た。


「……なんだ? これは!」

 世界は、真っ白だった。

 霧に包まれた、というよりも、

 白で塗りつぶされた世界を歩いているようだった。


 前に進もうとすると、エリザベートに腕を掴まれる。

「駄目よ……結界から出ないで」

 馬車を丸く包み込むように広がるバリアがあった。

 エリザベートによるものだが、

 彼女の額の汗を見るに、かなり周囲の空間に押されているのだろう。

 この大きさを維持するのが必死なようだ。

 しかし、この白さは徐々に薄れていくようで

 少しずつ風景が見え始めていく。


「大丈夫ですか!」

 馬車の中から、ジェラルドが叫ぶ声が聞こえた。

 慌てて俺たちが戻って中を見ると、

 そこにはジェラルドに支えられ、血を吐き出すフィオナが見えた。

「フィオナ!」

「どうしたの!」

 俺たちが駆けよると、フィオナは真っ青な顔で、

 口の端から血を流したまま呟いた。

「馬車を……町に戻してください」


 その言葉の意味を察し、それは全身が恐怖で震えた。

 慌てて外に顔を出し、呆然自失の馬丁たちに命じたのだ。

「カデルタウンに戻ってくれ! なるべく早く!」

 彼らはあたふたと支度を始め、馬の様子を確認する。


 そして馬車はUターンし、カデルタウンへと戻っていった。

 到着までの時間は、永遠のように長く感じていた。

 窓の外はだいぶ白さが薄れ、元の風景が見えていた。

 ……しかし。


 恐ろしい予感にとらわれ、俺は馬車の中で祈り続けた。

 4人とも何も言わないのは、

 なんとなく結末が判っていたからだろう。


 俺たちは町に着いた。

 さっきまでにぎわっていた”繁華街”だ。

 お店もその品物も、そのままであり変化はない。

 人も……相変わらず、たくさん居た。


 ……それを、”人”と呼べるかどうか、俺にはわからないが。


 全員が、だらしなく両手をダラリと下げ、背中を丸めていた。

 うつむきがちに、足を引きずるように歩いている。

 土気色の顔には表情が無く、目はうつろだ。

 口はしまりがなく開いており、時々うめき声を吐き出している。


「……大丈夫ですか?」

 ひとりの婦人にフィオナが話しかけた。

 その婦人はしばらく間をおいて、立ち止まって振り返った。

 瞳は白く濁り、肌は握りつぶした紙のように

 細かな皺に覆われ、髪はボサボサだった。


 まるでゾンビのような姿だが、

 驚いたことに、彼女は返事をしたのだ。

「だいじょうぶ、です」

 そう言ってゆっくりと向きを変え、去って行った。


 俺はたまらず、ハンスの館へと走った。

「レオナルド! 離れないで!」

 エリザベートの声が聞こえるが、俺は止まらなかった。


 わかっている。もはや、急いでも無駄なことを。

 それでも俺は会いたかった。

 奇跡が起こる可能性を捨てきれずにいたのだ。


 館に着くと、俺はハンスを探して叫びまわった。

「ハンス! どこだ、ハンス!」

 中庭に人の気配を感じて向かうと、

 そこにはハンスが居た。

 俺は駆け寄る。

 奇跡など起きてはいないことを十分に気づきながら。


「……ハンス!」

 彼は中庭で、湖に背を向けて立っていた。

 館の壁を、白く濁った瞳でみつめながら、

 口を小さく動かし、意味のない言葉をこぼし続けていた。


「……ハンス」

 俺の呼びかけにやっと振り返ったハンスは

 町の人々と同じように土気色の顔に萎んだ肌をしていた。

 チリチリとなった髪の隙間から淀んだ目が見える。

 さっきまでは、活気ある若者だったのに。


「ハンス、泊まりに来たんだ。

 ここは良いところだからな」

 俺が震えながら、必死に言葉を絞り出すと、

 ハンスは言葉がわからないように首をかしげた。


 そして耳が肩につくくらい頭を傾けた後、俺に言ったのだ。

「だめです、いえにおかえりください」

「何故だハンス! ここをリゾート地にするんだろ?」


「それはよくないことです」

 絶句する俺に、ハンスは背を向けながらつぶやく。

「それはわるいことです」


 そう言いながらも、その目からは涙があふれている。

 意に添わぬことを言わされている苦痛と悲しみにせいだろう。


 ゆっくりと離れていく彼の背中を見ながら

 俺は膝から崩れ落ちた。

 背後に立ったフィオナが言う。


「ものすごい光の魔力を感じ、とっさにバリアを張りましたが。

 その力の強さに守り切れませんでした……」

「……俺も最大限の数値で強化したんだ」

 うつむいたまま、俺が答える。


 つまり強大な聖女の力を持ったフィオナを

 最大限にまで強化しても、対抗できなかったのだ。


 王都から丸一日かかるこのカデルタウンを丸ごと、

 包み込むような魔法攻撃を出来るだけではなく、

 その威力はとてつもないものだった。


「これが……王妃の力」


 王妃の魔力は、人を生ける屍(リビングデッド)に変え、

 自分の思想通りに操ることが出来るものだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ