6.チートアイテムを手に入れる
6.チートアイテムを手に入れる
俺たちはとりあえず、俺の宮殿へと向かった。
パレスといえば聞こえは良いが、
兄たちに比べると十分の一くらいの規模で、
使用人や侍女の数も格段に少なかった。
母親である第三王妃が生きていた頃は
もうちょっとマシな扱いを受けていたが。
俺は死に目に会うどころか、
見送りもできなかった母親を思い出す。
彼女が事故で亡くなった、という知らせが届いたのは
第三王子が寄宿学校に入学直後のことだ。
それも死後1週間経ってからで、
呆れたことに、葬式もすでに済ませたというのだ。
学校から帰る許可すら出なかった第三王子が
部屋で独り、声を殺して号泣した記憶が蘇ってくる。
俺は思わず顔をしかめた。
「どうかされました? 頭痛ですか?」
フィオナが手をかざしつつ近づいてくる。
治癒という不思議な力が使えるのが嬉しいのだろう。
そのあどけない仕草に癒される。
「いや、大丈夫だ。祈らなくていい」
俺の答えに、ニコニコしながら彼女はうなずく。
その時、部屋にノックする音が聞こえ、
入室の許可を与えると、爽やか系のイケメンが入ってきた。
「えっ?! 誰?」
伸び放題だったヒゲが剃られ、
整った顔立ちがあらわになり
温かいグリーンの目と大きめの口が笑っている。
さっぱりと整えられた茶髪を見て、
ようやく彼がジェラルドだとわかった。
到着後、ジェラルドにはすぐ風呂に入ってもらったのだ。
絶望していたとはいえ、あんまりだったからな。
「おお! 見違えたな! まあ座れよ」
俺は席を進めるが、彼はそれを固辞した。
「郷に入りては、ですよ。
王子と一介の兵が同席するわけにはいきません」
そう言って彼は入り口に立つ。
うーん、彼の”中の人”は真面目なんだな。
彼らをみながら、俺はつぶやいた。
「なんで俺たち転移したんだろうな」
それを聞き、エリザベートが苦笑して答える。
「私は有給使って休んだ日で、家にいたの。
窓の外が光ったと思ったら、衝撃を受けて……」
フィオナは若干嬉しそうに言う。
「私は仕事帰りの道中だったんだけど、
職場にすぐ戻るよう、電話で言われた直後です。
ふふふ、行けなくなってスミマセン、先輩」
ジェラルドは額に手を当てて、考えながら答える。
「僕は仕事の真っ最中だ。
トラブル対応で徹夜を覚悟して、
夕食を買いに外に出たところに、ピカッと」
三人が俺を見る。エリザベートが笑いながら言う。
「王子は学生さんでしょ」
「……まあ、そうだけど。なんで判った?」
「わかるわよ、なんとなくだけど」
俺は頭を掻きながら言う。
「最終学年なんだが、全然就職できそうになくてさ、
……だからもう、祈られるのはこりごりなんだよ」
きょとんとするフィオナに、エリザベートが苦笑いで言う。
「お祈りメールね」
「そ! ”これからのご活躍をお祈り申し上げます”ってやつ。
あれを何十通もらったか判らないくらい頂いたんだよ。
……ったく、あのメールをたくさん集めると、
異世界転移されるっていう特典でもあるのか?」
他の三人は首を振る。まあ、そうだよな。
ここでの活躍を期待されているのは俺だけらしい。
なんにせよ、俺たちの境遇は違いすぎる。
次に転移先の人物についてだ。
「彼らに共通するのは、不遇な境遇で」
「未来が最悪ってことね」
冷遇される第三王子と、先が無い聖女。
婚約破棄される公爵令嬢と、希望を絶たれた兵士。
全員が今でも十分に不幸なのに、この先さらに壮絶な死を迎えるのだ。
「共通していたのは、
ひどく絶望していた、ということかもな」
「待ってよ。私とジェラルドは分かるけど、
あなた達は幸せでしょうが」
エリザベートの言葉に、俺とフィオナは顔を見合わせる。
「いや、そうじゃない。
ネタバレしていいのかわからんが
俺達にも、もう後がなかったんだよ」
じきにフィオナは聖女として、
とある公爵家との結婚を強いられる。
もし偽の聖女だとバレたら、大変なことになるだろう。
俺だってそうだ。
俺に対する国王や兄たちからの迫害は、
すでに弾圧に近いものになっている。
公爵令嬢へ婿入りした後は
他国との戦争や魔物の討伐などで
夫婦ともに捨て駒にされるのは間違いなかった。
国王はエリザベートの巨大な魔力を恐れているから。
だから王子と聖女は抵抗したかったのだ。
せめてもの、小さな反抗を。
俺たちの告白を聞き、エリザベートが納得したように言う。
「だから私と婚約破棄して、聖女と結婚を企てたのね。
聖女の配偶者なら、王族でも簡単には手が出せないから」
「ああ。……でも婚約破棄宣言したとて無駄だったろう。
この婚約は王命だから、俺には破棄する権限がない。
……結局、公爵令嬢も巻き込むことになったろうな」
エリザベートは頬を緩めて言う。
「いいのよ。どうせ”妻にはむかない暗黒の魔女”だもの」
公爵夫妻がことあるごとに、エリザベートに言っていた言葉だ。
強すぎる魔力と、使えるのは凶悪な闇魔法。
「”だからお前は愛されることはない”と、
親が言い聞かせて育てたのよ。とんだ毒親だわ」
エリザベートの境遇を哀れみ、彼女はつぶやく。
俺はみんなに向かって言う。
「そんなわけで、俺たちは現状を改善し、
なんとかあの運命を回避しなくてはならない」
「絶対に変えないと。こんな未来、ゾッとするわ」
エリザベートが緑板を見つめながらぼやく。
それをフィオナが横から覗き込みながら、
「あら? このアイコン、なんでしょう?」
「え? あら、ほんとだわ」
俺たちはあわてて自分の緑板を見る。
”初期画面”には相変わらず
『シュニエンダール物語』と出ているが
その上端に、小さなマークが出ているのだ。
それは虫メガネのような形をしている。
「これって、もしかして……検索機能?」
俺がそれを押すと、何かの入力画面に変わった。
下方にキーボードエリアまで出ているではないか!
3人とも息をのんで見守っている。
俺は試しに入力してみる。
”異世界転生”と。そしてエンター。
すると画面に”違う世界へ転生すること”と出たのだ。
俺はすかさず”異世界転生 元の世界に戻る”を検索する。
しかし画面に出たのはnot found。未検出だった。
全員ガッカリしたが、それぞれが検索を試し始める。
「この国の特産はトウモロコシなどの穀物らしいぞ。
今年は冷夏で生産が下がる見通しらしい」
「あの、ジェラルドの手柄を横取りした奴ら、
初任務がなんなのかは出るけど、
それがどうなるかは出てこないわ」
「隣国の将軍は密かに変わったようですよ。
出てくる名前が既存の情報と違います」
「この世界にも、猫はいるみたいです」
初めてパソコンを使い出した小学生のごとく
俺たちは検索に夢中になっていく。
そうしてだんだん規則性があることに気が付く。
明確な答えがあるものは、必ず出る。
例えば”国王の最も大切にしている馬の名は?”とか。
事実ではあるが、変化する可能性があるものも、
現在の状況をふまえて出てくる。
例えば今年のトウモロコシの生産量のように。
しかし抽象的だったりあいまいな質問は未検出になる。
第三王子が幸せになるには?
聖女が本物の聖女になるには?
ジェラルドが実力を認められるには?
これらの質問は、”幸せ”や”本物の聖女”、”認められる”の
基準や定義があいまいであるため、回答はでない。
”元の世界”というのも、それに該当するのだろう。
ともあれ。
「検索すれば何でもわかる疑似スマホってことね」
エリザベートの言葉に、俺はうなずく。
どんな世界であれ、人間が支配する以上、
情報は”力”であり”武器”だ。
つまりこの小さな緑の石板は
”悲惨な未来を予言する不吉な物体”ではなく、
とんでもない可能性を持った”チートアイテム”だったのだ。




