44.天才魔導士のたくらみ
44.天才魔導士のたくらみ
「それにしても驚いたな。俺たちの婚約が、
あのキース・ローマンエヤールが提案したものとは。
俺はずっと、アイツは反対してると思ってたよ」
レオナルドはソファーにひっくり返りながらつぶやく。
「どうして? 反対していたなら、
あんなにしょっちゅう貴方のところに
私を連れていったりしないでしょ?」
私が指摘するとレオナルドは、
まあそうなんだけどな……とボヤいている。
彼がそう思うのもちょっとは分かる。
キース叔父様を”アイツ”呼ばわりするのも。
記憶を探れば叔父様はいつも、
レオナルドに対して当たりが強かった。
それは威圧するというよりも、
反応を試したり、からかって遊んでいる感じだった。
私がそれを叔父に抗議すると、
彼はフフッと笑って答えた。
「じゃあエリザベートが、俺からあの子を守れば良い」
私は困惑したが、それもそうかと納得してしまったのだ。
たくさん強くなって、レオナルドを守るのだ、と。
叔父が企んだとおり、その考え方は私の全てに繋がり、
私はレオナルドを”全てのもの”から守るために、
必死に強くなっていった。
どんな敵からも守ってみせると。
だからあの転生時、婚約破棄される直前、
オリジナル・エリザベートは心の底から絶望していたのだ。
ああ、本当に転生して良かった。
もしあのままなら、
”婚約破棄を恨み、魔力を使って王家の殺害を目論んだ”
という最初の”あらすじ”は
あながち間違いじゃなかったろう。
「本当に小さなころからの幼馴染なのね」
メアリーが尋ねる。レオナルドが横になったまま答える。
「ああ、そうだよ。
……俺はドンくさくて泣き虫だったからなあ。
いっつもエリザベートに世話をやいてもらってたよ」
「ふふふ、そうね。今みたいに汚い言葉も使わなかったし。
純真無垢で、本当に可愛かったわ」
フワフワの黄金の髪に、キュルン、とした大きな青い瞳。
彼は子どもの頃からとびぬけて美しく、愛くるしかった。
「さぞかし可愛いかったでしょうね」
ジェラルドの言葉に、私はうなずく。
「あまりにも可愛くて、誘拐されかけたこともあったわよね?
叔父様が連れて来た行商人が、
抱いたまま宮殿を出て行こうとしたのを
私が必死に追いかけて……」
レオナルドが笑いながら否定する。
「あれは誤解だったろう?
お前が闇魔法で攻撃する寸前、
キースが必死に止めたんだよ。
”彼は散歩に連れていくだけだ!”って」
あら? そうだっけ? 私は苦笑いする。
レオナルドは懐かしむような顔で言う。
「あの行商人は母もすごく信頼していたし、
ファルを譲ってくれた良い人だよ。
……怒り狂ってるお前を見て、俺の散歩は諦めたけどな」
昔、レオナルドが可愛がっていた珍獣ファルファーサ。
あの子も行商人から譲り受けたんだっけ。
「……待てよ」
レオナルドが突然、がばっと身を起こす。
そして一点をみつめたまま制止している。
「どうしましたか?」
ジェラルドの問いに、レオナルドはゆっくりとこちらを見た。
「あの行商人……お前に止められた後、俺に言ったんだ。
”今は彼女に守られているが……
大きくなったら、君が彼女を守るんだぞ。
補い助ける力が、君にはある”、って」
私たちはショックで沈黙する。そんな、まさか。
「あの行商人は、俺の能力が補助魔法だって知ってたのか?」
そう言いながらレオナルドは片手を額に当てる。
「”鑑定の儀”より前よね」
私の言葉に、レオナルドは強い口調でいいつのる。
「それだけじゃない。
国王の監視が激しい母上の宮殿に、
キースはなんで、行商人なんて入れられたんだ?
そして母上は、あの行商人の来訪を待ち望んでいたんだ?」
ジェラルドが考えながらつぶやく。
「……何か、特別なものを売ってもらっていたんでしょうか」
「それはあまり考えられない。
シュニエンダール国王は母に何でも与えた。
外国の貴重なフルーツや有名料理人のお菓子、
世界に数本しかない花、ドレスや宝石を」
それは私も知っている。
第三王妃であるレオナルドの母親ばかりに贈るので
正妃と第二王妃がものすごい荒れようだと、
キース叔父様が笑っていたから。
そして皮肉な口調でつぶやいていた。
「そこまでしても見向きもされない男が一番笑えるけどな」
国王は叔父の本心を見抜いていたのかもしれない。
親友を殺し、その妻を奪った国王を憎んでいることを。
だからあんな、危険な実験を強制されたのだ。
「母は行商人から、何を受け取っていたんだろう……」
叔父様が亡くなった後は、レオナルドとは
公的な行事でしか会えなくなった。
そしてその翌年には彼の母が亡くなり、
私たちはいよいよ疎遠になってしまった。
回想から戻り、ふと顔を上げると、
レオナルドはフィオナと視線を合わせている。
何か秘密を共有しているようだった。
私は思わず目を逸らしたが、メアリーが鋭くつっこむ。
「……何よ、あなたたち。隠し事?」
聞きたくないし知りたくない、
そんな気持ちの私に気付かず、フィオナがあっさりうなずく。
「ええ、そうなんです。今まで秘密にしてきましたが……」
フィオナがレオナルドに言う。
「こうなったら言ったほうがいいです。
オリジナル・レオナルドの意思は、
情報が足りなかった頃の判断です」
レオナルドはうなずき、ため息をついて。
真っ直ぐに私を見て言った。
「オリジナル・レオナルドが婚約破棄しようとした理由は、
お前をいろんなものから守るためだ」
私は納得は出来ないが、渋々うなずく。
レオナルドは淡々と続ける。
「お前の命や立場を守るのももちろんだか……
一番守りたかったのは、心だ」
そしてレオナルドは衝撃的なことを言った。
「教会の記録にあったんだ。俺の母親の死に、
”ローマンエヤール公爵家が関わっている可能性が高い”
という調査結果が」
「嘘でしょう!?」
私は叫んで戦慄する。
レオナルドのお母様が亡くなったのは事故ではなく、
うちの者が手を下したということなの?!
「落ち着け。オリジナル・レオナルドは
お前が関与していたとは思っていない。
ただこれを知った時、お前は自分の家を許せなくなる、
そう思ったんだ」
私は涙があふれて来た。メアリーが心配そうに寄り添ってくれる。
レオナルドは弱々しく笑い、緑板を取り出した。
「さらに落ち着け、泣かなくて良い。
これを手に入れて、俺はまっさきに調べたよ。
でもなんか、違うんだ。試しにみんな、検索してみろよ」
私たちは大急ぎで入力する。
”勇者の妻ブリュンヒルデの死因に
ローマンエヤール公爵家が関わっているか?”
それは、”いいえ”だった。
私はふう、と息を着く。
しかし、その後が問題だった。
”勇者の妻、ブリュンヒルデを殺したのは誰?”
”死因は?” ”自殺か?”
これらは全て、not found……未検出。
「変ですね。犯人に関することは何も出てきません」
ジェラルドが眉をひそめて言う。
”馬車の事故を仕組んだのは誰か?”
その検索結果に、私は思わず悲鳴をあげそうになった。
「どうしました?」
フィオナが気付き、みんなが集まってくる。
私はスマホをとっさに隠してしまいたい気持ちにかられた。
しかしショックのあまり動けずにいる。
ジェラルドが目を丸くして、検索結果を読み上げる。
「馬車の事故を仕組んだのは……
”キース・ローマンエヤール”だって?!」
めまいがしそうになるが、
私をしっかりと支えながらレオナルドが言う。
「三度落ち着け、冷静に考えてみろ。
あの事故の前年に、アイツは死んでるんだよ」
私は驚愕して顔をあげる。レオナルドがうなずく。
「生前に立てた計画ではないことは確かだ。
あれは国王命令での急な出立だったし、
前日の大雨での被害状況も予期するのは難しい」
だとすると……まさか。
レオナルドは私の目を見て言う。
「生きている可能性が高いな、あの天才魔導士は」
私たちは同時に、同じことを検索した。
”キース・ローマンエヤールは生きているか”、と。
私は両親からその死を聞き、葬式にも参加した。
今までは”生きているか”なんて、疑ったことすらなかったのに。
検索の結果はすぐに出た。
ジェラルドがため息交じりに読み上げる。
「……”生きている”、と出ますね」
全員がうなずく。
私は大きな喜びを感じた後、真実に気づいてショックを受ける。
生きている、ということは。
「つまりローマンエヤール公爵もグルだった可能性が高いな」
レオナルドの言う通りだ。
絶対強者である父が、仕損じるとは思えない。
もし叔父が生きているなら、
殺せなかったのではなく、殺さなかったのだ。
「王家からキースを解放するために、
兄弟で一芝居うったってことか」
レオナルドの言葉に、私は唇をかむ。
もしそうなら嬉しいが反面、腹も立つからだ。
どうして私には真相を教えてくれなかったのか。
あれだけ嘆き悲しむ私を、父も母も見ていたというのに。
「そうなるとブリュンヒルデ様の事故には
”公爵家は関与してない”と出るのですから、
潜伏していた彼が独りで実行したことになりますが」
困り顔をしたジェラルドの言葉に、私は胸が痛くなる。
亡き親友の妻を殺すなど、叔父様がするわけが……
「親友の妻を殺すなんて、アイツがするわけがない。
母が自死を選ばなかったのは、俺がいたこともあるが、
キースが母を支え続け、
国王の支配から逃れさせてくれたからだ」
レオナルドがはっきりと言い切る。
そしてその理由を話し出した。
「シュニエンダール国王は常に俺に対して冷酷だが
今に至るまで、”直接”命を狙われたことはないんだ。
あいつは自分で手を下すのはもちろん、
”俺を殺せ”と命じることすら出来ないようだった」
フィオナが驚いた声で叫ぶ。
「……それって! ”神に対する誓約”では?!」
レオナルドはうなずく。
”神に対する誓約”。それは絶対的であり、
何人たりとも反することができない強制力を持っている。
「俺が産まれる前、国王は誓いを立てたんだ。
検索してみたところ、”俺には絶対に手出しをしない”って
感じの内容らしい」
魔力が高い国王を制することが出来るほどの誓約……。
それが出来るのは、かなりの高位神官か……
私はハッと気づいた。
「それってもしかして、キース叔父様が!」
レオナルドは弱々しく笑ってうなずく。
「ああ、おそらく。
母はいつも国王の来訪をことごとく拒否した後、
”キースのおかげで静かに暮らせる”と笑っていたんだ」
「じゃあ、なぜ……」
そこまでフィオナが言いかけた時。
バタン! とドアが開き、侍女が飛び込んできた。
真っ青な顔で慌てている。
どうしたの? と私が尋ねる前に。
「村の入り口に恐ろしい化け物が現れました!
侵入しようと暴れているそうです!」
私たちはすぐに現場へと走り出した。




