31.魔の街道
31.魔の街道
「次はカトブレパスか。俺が行ってくる」
俺は剣を構え、その牛に似た魔獣に向かって走った。
俺はカトブレパスの後ろに回り込み、
長剣を、弱点である尾の付け根に突き刺した。
グォォォォォ
地鳴りのような声をあげ、魔獣は大地に倒れゆく。
横たわったカトブレパスから角を採取し、
ジェラルドにみせる。
「その長さなら高く売れますね。
……これも良いでしょう?」
そういう彼の手には先ほど仕留めた魔獣ギドラスの牙があった。
「本当だな! あとは皮だが、イピリアのが上質だからな。
早く出てこないかなあ、イピリア」
「出来れば3体くらい、お願いしたいですね」
そんなことを言い合う俺たちに、
馬車の御者席に座ったエリザベートとフィオナが
冷めた目で呆れたように言った。
「……とうとう魔獣の出現を願うようになるなんて」
「近隣の魔獣さんたちに避難警報を出したいくらいです」
彼女たちは膝に広げたハンカチに
サクランボに似たフルーツをいっぱい乗せ、
それをつまみながら俺たちの”狩り”を眺めていた。
確かに、異常にテンションが高くなっていた。
俺たちは顔を見合わせ、苦笑いする。
ロンデルシアを出発して、
いよいよ”魔の街道”に差し掛かった時、
俺たちは相談して決めたのだ。
せっかく魔獣を倒すのだから”金を稼ごう”と。
だからエリザベートが魔法でドカン! と一掃するのではなく
緑板で魔獣の現在地と弱点を調べつつ、
合理的に討伐&採集していくことにしたのだ。
やはり”情報”は最高の武器だな。
「この辺にも一本、埋めておくか」
討伐以外の、もう一つの仕事を思い出し、
俺はフィオナに声をかける。
彼女はモグモグしながらうなずき、御者席から降り
カバンから出した”聖杭”を地に立て、祈りを捧げる。
それは吸い込まれるように地中へと消えて行った。
この聖杭は”魔獣に対する忌避の効果”を持つもので
聖なる力が充填しており、地中に深く差すことで効果を発する。
これで多少はこの街道に出る魔物の数が減少し、
人々がガウールへ行きやすくなるだろう。
エリザベートも馬車から降りてきて言う。
「ちょっと休憩したら? 連続で戦い過ぎよ」
確かに。空腹も疲労も忘れて戦っていたことに気付き
俺とジェラルドは苦笑いしてうなずいた。
************
休憩しながらジェラルドが笑って言う。
「モンスターを狩るゲーム、好きだったんです」
「あー! 俺もやってた」
モンスターの動きを観察し、
攻撃する前の予備動作に注意し回避したり
攻撃後の大きな隙にすかさず反撃を叩き込む、という
オーソドックスな手法……実に楽しい。
多少の疲れやケガは、フィオナが
サクランボをモグモグしながら治してくれる。
これがハマらずにいられるだろうか。
戦利品をニヤニヤしながら見ている男子軍を放置し、
フィオナはバターを塗ったパンにハムとチーズを挟み
エリザベートはそれを火炎魔法で軽く炙っている。
生きて目的地に着きたいから、
絶対に声に出しては言わないが、
こいつらずっと食ってるような気がする……。
俺の心の声が聞こえたかのように、
フィオナがチーズが溶けたパンを見つめて言う。
「旅の醍醐味は美味しいものを食べることです」
エリザベートも笑顔でうなずく。
「旅行中って何かしら食べちゃうわね。
……もうちょっと焼いたほうがいいかしら?」
「いえ! ジャストです!」
「あの、これも良かったらどうぞ」
後方からきた素朴な感じの青年が、
香辛料の効いた干し肉を差し出して言った。
「いいのか? 商隊だよな? あ、お代は」
言いかける俺を制し、彼は頭を下げた。
「おかげでとても安全に進めていますから……感謝の気持ちです」
律儀な奴だな。青年にお礼をいいつつ受け取り、
俺とジェラルドは後方に目を向けた。
気が付けば、たくさんの商隊がついていた。
最初は1,2つだったのに、今では大所帯だ。
”こいつらどんどん倒していくな。後に続けば安全かも”
どの商隊もそう考えたのだろう。
まあ全然かまわないし、俺には一つの思惑があったから
こちらとしても望むところではあったのだが。
食事を続けていると、後ろに人の立つ気配を感じた。
振り返ると、今度は太った中年の男が眉を寄せて
俺たちをイライラと睨んでいた。
頑丈そうな皮の上着を着て、宝石のついた帽子をかぶっている。
そして相手はいきなり、
つばを飛ばしながらがなり立ててきたのだ。
「いつまで休んでいるのだ? サボるのもいい加減にしろ!
さっさと片付けて進め! まったくもう!」
俺たちは唖然と彼を見上げる。
必死に脳内で、知り合いだっけ?
と考えていたが、結論はひとつ。
……初対面だよな、お前。
しかし男はなおも早口で俺たちを急き立てた。
「この先はもっとペースを上げてくれないと困るぞ!
いちいち牙だの角だの取りおって!
積み荷が腐ったらどうしてくれるんだ!」
俺は立ち上がり、彼にキラキラを振りまきながら笑顔で言う。
「それは申し訳なかったな。
是非ともここで追い抜いて、先に行ってくれ」
太った男は目をむき、体を膨らませる。
「な、な、何をいう! お前たちは、その、雇われ兵だろ?」
「いや? どこの国にも雇われていない。
自分たちがガウールに行きたいから進んでいるだけだが?」
先ほど干し肉をくれた青年が、その男をたしなめるように言う。
「クピダスさん! 勝手なことを言わないでください」
「うるさい! 俺は急いでるんだ!
商隊は助け合いって言ったのはお前だろ! ハンス!」
ハンスと呼ばれた青年はつとめて冷静に指摘する。
「先を急がせるのは助け合いではありませんよ。
命の危険を増やすような真似は」
「うるさい! 貧乏商人ふぜいが、俺に意見するな!」
クピダスはハンス青年から顔を背け、俺たちに言う。
「おい! お前ら! いくら払えば急ぐ?
800……いや、1000Gでどうだ?」
まあまあの値段だ。俺は尋ねる。
「なんでそんなに急ぐ?」
クピダスはいやらしい笑いを浮かべて答えた。
「薬草がダメになる前にガウールにいかないとダメなんだ。
あの村の奴らに高値で売りつけてやるんだよ。
一束、1000Gは間違いないからな」
それを聞き、ハンスが目を丸くして抗議する。
「あの地で売る価格は50Gだと協定で決まっています!」
その言葉をせせら笑い、クピダスは言う。
「馬鹿じゃないか? ガウールは医者不足の薬不足だ。
なんでも高値で買い取ってくれるんだぞ」
それを聞いたハンスは厳しい顔をしたが、静かに言い返す。
「そうですか。我々は正規の値段で売ります。
そんな金額の商品、誰も買わないでしょうね」
「な!……お前たちも薬草を持っているのか?」
「ええ、もちろん保存が効くように下処理してあります。
そういう手間を省くから、
萎れる心配をするはめになるんですよ」
クピダスは顔をゆがめ歯を食いしばる。
「原価は出来るだけ下げ、高値で売るのが商売の基本だろ」
……こいつ、ダメだな。一時儲けて落ちぶれる経営者の典型だ。
俺はクピダスに言う。
「いくら出されても進むペースは自分たちで決める。
文句があるなら先へ行け……以上だ」
「倒したものの処理ももちろん行います。
我々の利益を放棄する必要はありませんから」
ジェラルドも腕を組んで答える。
エリザベートやフィオナたちもうなずく。
クピダスは全員を見渡し、舌打ちをする。
そして忌々し気に言い放つ。
「……勝手にしろっ!」
そして自分の商隊へと戻っていった。
************
騒ぎが終わり、のんびり食事を堪能した後。
「さあ、そろそろ出発……」
と言いかけた時。
ジェラルドが剣を抜き、大声で叫んだ。
「皆さん! 後退してください!」
気が付くと、エリザベートも立ち上がり構えている。
そして一点を見つめながらつぶやいた。
「……これは予定外の登場ね」
俺は彼女の視線の先を見る。そこにいたのは。
巨大化した熊のような姿、口からはみ出た牙。
真っ赤に光る眼に、両手の爪は全て湾曲した刀のよう。
毛むくじゃらの魔獣アラサラウスが森からゆっくりと現れたのだ。
グリズリーと鬼を合わせたような魔獣アラサラウス。
真っ赤に光る眼は焦点があっておらず、
半開きの口からは下の牙が2本、上に向かって伸びている。
だらりと下げられた手の先にある爪は30センチくらいあった。
「あれで切り付けられた日には、
スライサーで切られたキュウリみたいになっちゃいますね」
その爪を見ながら、フィオナがノンキな事を言う。
「見た目以上に速い動きですし、多少の知性を持つ魔獣です」
アラサラウスから目を離さず、ジェラルドが言う。
「あら、ジェラルドは連戦じゃない。私が行くわよ」
そう言ってエリザベートが前に出るが、
俺とジェラルドが同時に制する。
「待ってくれ」
「お待ちください」
けげんな顔をするエリザベートに俺は両手を合わせる。
「……悪い。あの爪、欲しいんだ。
魔法系だと焦げたり朽ちたりするからさ」
ジェラルドも苦笑いで頭を下げる。
「すみません、レア……滅多に手に入るものではないのです。
他の魔獣の爪とはちょっと違うんですよ、あれって」
エリザベートは目を細めた後、ゆっくり後退して言う。
「別に良いけど……一言言わせてもらえるなら」
……バカじゃないの?
そうつぶやきながら彼女は、
ダーツの矢を投げるくらいの優雅さで、
闇の魔法”ダークアロー”を魔獣アラサラウスに突き刺した。
こちらに向かって疾走しようとした瞬間だったので、
片足をあげたアンバランスな状態のまま
バターン! と派手に倒れ込む。
グルァグルァ唸って身をよじらせているところを見ると
痺れさせただけなのだろう。
「では行きます」
「おう! 頼むぜ」
ジェラルドが向かい、俺は後ろを振り返った。
商隊の人々はこわごわと、でもちゃんとこちらを見ている。
さっきの律義なハンス君も、隣国チュリーナ国の商隊も、
遠路はるばる来たらしい、砂漠国シャデールのキャラバンも。
先ほど俺達に先を急がせた、
あの身勝手なオッサンの姿は見えなかった。
……まあ良いか、あんな奴。
俺はニヤリと笑いつつ、もう一度前に向きなおった。
すると全てが終わっていたのだ。
凶悪な魔獣アラサラウスは両腕を落とされ、
縦一文字に切断されていた。
早さだけじゃない、ものすごいパワーだ。
後ろの商隊から感嘆の声が、ここまで聞こえてくる。
俺は見逃したが、彼らはバッチリ見てくれたらしい。
よしよし。
「欠けも傷もありません。これは逸品ですよ」
アラサラウスの爪の一本をかざし、ジェラルドが笑う。
俺はうなずいて、残りの9本の採取を手伝いに向かった。
************
「……絶対おかしいだろ、これ」
魔獣の体液を振り払うことすらしないまま、
俺は剣を持ったまま片膝を付いた。
離れた場所でジェラルドも、肩で息をしている。
エリザベートの顔にも疲労の色が見え、
回復のし過ぎでフィオナは馬車の荷台でグッタリしている。
魔獣アラサラウスを倒した後、
急に何故か、魔獣や妖魔との遭遇率が爆上がりしたのだ。
またもや現れた魔獣に苦戦している俺たちに、
緑板を操作していたエリザベートが叫んだ。
「異常事態よ!
この街道めざして、たくさんの魔獣が集まってきているの!」




