21.ペラドナ侯爵家の失墜
21.ペラドナ侯爵家の失墜
エリザベートの父、ローマンエヤール公爵は、
漆黒のマントをひるがえし、ゆったりとこちらに歩いてくる。
居合わせた貴族全員に緊張が走った。
ぞろぞろと後に続く彼の兵たちも黒づくめだった。
ただ一人、ジェラルドをのぞいて。
そして公爵は、俺とエリザベートに一瞥もくれず、
フリード王子の目の前に立ち礼をする。
ローマンエヤール公爵当主。
幼少のころからとびぬけた才能を発揮し
剣技と魔力の両方で国の最高位を修めた男だ。
国内において絶対的な権力を持っているだけでなく、
他国とのつながりも広く、深い。
貴族はいっせいに腰をかがめて平伏している。
フリード王子も最敬礼し、挨拶を述べ始める。
その横でジョアンナは必死に自分の両親を見つめていた。
”ヤバいわ、どうしたら良いの?”と言う表情で。
公爵は彼らを見下ろしながら言う。
「王からの通達では、貴国が娘を妃に迎える条件として、
決して我が国を攻撃しないという盟約を結ぶ、とあった」
なるほど。他国で”飼い殺し”にして欲しかったのか。
公爵は淡々と続ける。
「それが側妃とは? ご説明願おう」
フリード王子は汗をかきつつも答える。
「外交の無い側室が望ましいかと判断いたしました。
事実の誤認による手違いにつき、
即刻取り消させていただきます」
「お、叔父様、違うのです。
私、フリード王子に選んでいただいて嬉しかったんですが
一人ぼっちで国を出るのが心細くって、それで」
「それでお前の下僕になれ、と言ったのか」
公爵の言葉に、ジョアンナとその両親は硬直する。
聞かれていたとは! という顔で。
「あれは心細いって態度じゃなかったな」
「エリザベート様に頼むこと自体おかしいだろ」
周りの貴族も”流れ”を読み、ジョアンナを叩き始める。
結局貴族は、その場にいる最高権力者に従うのだ。
公爵は、やっとこちらに振り向いた。
「妃として選ばれた場合は
殿下との婚約は自動的に解消される取り決めだが」
「……結果はご覧の通りですわ、お父様。
ジョアンナが正妃に選ばれました。
側妃のお話はご冗談かと」
エリザベートは、ぎこちない笑顔で答えた。
とにかく無難にこの場を収めるつもりのようだ。
しかし、それはちょっと無理だな。
俺はフリード王子に言う。
「フリュンベルグ国は徹底的な合理主義と聞いたが、
配偶者選びは自分の好み優先か?」
フリード王子はムッとして、率直に答える。
「そんなわけありません。
まあ教養や美貌はかなり劣りますが、
エリザベート様と同等の魔力を持ちつつ、
簡便な人材であることを評価しました」
簡便って、扱いやすいって事かよ。
ジョアンナが怒りで顔を真っ赤にしてるぞ。
「わ、私はエリザベート以上に……」
「おい、持ってきてくれ」
俺はジョアンナを無視して、入口へと呼びかけた。
「失礼しまーす」
入ってきたのはフィオナだった。
後ろに陸軍武器科の兵長を連れ、
数人の兵士が大きな箱を台車に乗せて運んでくる。
兵長はローマンエヤール公爵にひざまずき礼をする。
そして手に持っていた台帳を捧げて言った。
「ローマンエヤール家およびペラドナ家より
毎週100個の魔石を納品いただいております」
「100個ですって?!」
納品帳を覗き込み、エリザベートは目を見開いている。
すばやく目を通した公爵はジェラルドを見ながら言う。
「あの者の話は本当だったのか……どういうことだ? バウル」
公爵は目を細め、義弟であるペラドナ侯爵を睨んだ。
彼は真っ青な顔でガタガタと震えている。
エリザベートは騙されていたのだ。
王家より指示された納品は、最初から100個だった。
それを全て彼女に作らせて”半分ずつ作った”と申請していた。
公爵家より全てを一任されていることを利用したのだ。
ショックを受ける彼女に、俺はもっと驚きの事実を伝える。
「しょうがねえよ。ジョアンナは魔石を作れないから」
「!!! そんなことないわ!
嘘よ! こんな出来損ない王子の言うことなんて!」
ジョアンナが焦りつつ、俺に食ってかかる。
陸軍武器科の兵長が恐ろしい目で
ジョアンナと公爵夫妻を睨んで言う。
「……納品していたのはローマンエヤール公爵家のみ。
ペラドナ侯爵家は王家に対し、詐欺を働いたことになりますな」
「違うのです! あの、お待ちください!
このうち50個はジョアンナが作ったのです!
ねえ? エリザベート! ねえそうでしょ!」
エリザベートに救いを求める侯爵夫人。
動揺するエリザベートの前に出て、侯爵夫人に俺は言う。
「引っ込んでろブタ。
エリザベートを、すぐバレる嘘の共犯にするな。
おい、ジョアンナ。魔石は作った者の魔力に共鳴する。
お前の魔力に共鳴する石が、ここに一個でもあるか?」
納品箱を前に、真っ青な顔で立ち尽くすジョアンナ。
信じられないものを見る目で彼女を見るフリード王子。
「それに今すぐ作ってみろよ。出来るんだろ?」
俺は原料となるただの石を差し出す。
もちろんジョアンナは受け取らない。
ドレスを握って、涙目で俺を睨んでいる。
業を煮やした陸軍武器科の兵長が合図を送ると、
一人の男が魔力の”鑑定の儀”で使う魔道具を持って現れた。
「ジョアンナ様の魔力を測定させていただきます」
ジョアンナは小さく悲鳴をあげ、後ずさって叫ぶ。
「嫌よっ! なんでそんなことしなくちゃいけないのよっ」
「王命です。拒否した場合は即、投獄せよとのことです」
魔道具を見たジョアンナは顔を青くして叫んだ。
「お父様っ! お母様っ!」
しかし両親は青い顔で目を逸らすばかり。
今まで甘やかしたツケがあまりにも大きすぎたのだ。
「たとえ王が許しても、俺が許さん」
ローマンエヤール公爵のつぶやきに、
ジョアンナは目を見開いて震える。
兵士が強引に彼女の腕を取り、魔道具へと押さえつけた。
彼女は歯を食いしばって、精一杯の力を出している。
しかし、魔道具に浮かび上がった数字は”4”。
レベルは0から9の10段階評価だ。
おいおい、エリザベートと同じ”9”ではなかったのか?
フィオナが何かの書類を読み上げる。
「あ、前回と一緒ですね。
金銭を渡して公表させなかったようですが」
エリザベートはそれを驚きの目で見ていた。
前回の会合でエリザベートが退出してから、
俺たち3人はこの結婚について緑板で調べまくった。
するとペラドナ侯爵家の不正が芋づる式に出てきたのだ。
魔石の納品数をごまかしていることからジョアンナの真のレベルまで。
フィオナは紫の目を怒りに燃やして言う。
「なーにが下僕ですか!
自分じゃ何もできないからって、
連れていって代わりにやらせようなんて、
図々しいにもほどがありますっ!」
ジェラルドも強い口調で言う。
「エリザベート様の王家に対する深い忠誠心を利用するとは。
これは裏切り行為に他なりません、ペラドナ侯爵家」
そうだ。この機会を利用して、
エリザベートが王族に対して忠実であることを
しっかりアピールしておくのだ。
将来、”反逆の魔女”として断罪されないために。
ローマンエヤール公爵は一瞬、笑ったように見えた。
しかしそれを消し、ペラドナ侯爵夫人に向かって告げる。
「終わりだ。キャロライン」
「そんなっ! お兄様! 助けては……」
しかし自分の兄がそんなに甘くないことを思い出したのか、
言葉の途中で泣き崩れてしまう。
「それではペラドナ侯爵夫妻と令嬢を拘束いたします」
兵士がぐるっと彼らを取り囲んだ。
最後の頼みの綱を、ジョアンナはフリード様にかけた。
「わ、私はフリュンベルグ国の王妃になる者よ?
拘束なんて許されないわ! ね? フリード様?
私を選ぶと言ってくださいましたよね?」
フリード様はすがってくる手を振り払い、冷たい目で言う。
「経歴や能力を詐称していた場合、全て無効になります。
あなたの言動は虚飾に満ちている。
側妃どころか、侍女としても選ばないでしょう」
「ひっどおい! そんなの嫌あ!」
泣き崩れるジョアンナ。
床に泣き伏した夫人や、真っ青で倒れそうな侯爵とともに、
ギャアギャアわめきながら、引きずられるように退出していった。
ジェラルドとフィオナが俺たちのところに駆けてくる。
そしてフィオナが怖い顔で告げる。
「人に向かっての”ドブス”や”ブタ”は、
コンプラ違反の前に人としてダメなので、罰します」
俺は笑って、彼女が振り下ろした錫杖を頭で受けることにした。
************
フリード王子は公爵へ頭を下げる。
「情報は正確性が命でした。
事態が緊迫しているとはいえ、
無礼な発言について深くお詫び申し上げます」
「状況は把握している。
フリュンベルグ国を取り巻く魔獣の数は尋常ではない」
公爵の言葉に、深刻な面持ちでフリード王子はうなずいた。
「勇者無き今、自国で対応する他ありません」
「……有事の際には我らも対応しよう」
「非礼を行った私に対する深い恩情、感謝いたします」
そして俺に気づき、彼は気まずそうに笑いながら言う。
「……普通の男では、彼女の横には立てませんよ。
あなたは、すごい人だ」
嫌味ではないようなので、俺も苦笑しつつ答える。
「俺くらいクズでダメだと平気なもんだよ」
フリード王子は意外にも首を横に振る。
「いえ、そうではありません。
データで言えば、あなたはその通りかもしれない。
でも、実際はおそらく違う」
最後に、エリザベートに笑顔を向ける。
「自分の好みだけで妃を選べるなら、
私は間違いなくあなたを選んでいました」
「……ありがとうございます」
社交辞令だと受け取ったエリザベートに、フリード王子は告げた。
「レオナルド王子が現れてからの貴女は別人のようでした。
生き生きとして、本当に可愛らしくて。
”心を許してもらえたら、このような顔が見られるのか”と
心底悔しい思いをしましたよ」
戸惑う俺たちを残し、そう言って去って行ったのだ。
ローマンエヤール公爵はエリザベートに言った。
「……やっと受け入れられたようだな。己の力を」
その言葉に、エリザベートは顔を上げる。
「みずから”暗黒の魔女”だと名乗ったな。これは大きな成長だ」
エリザベートの顔が歪んだ。
あれは”俺にはたいした力がない”と言われたから、
代わりに力を誇示してくれただけなのに。
俺は公爵に向かって言った。
「エリザベートは”暗黒の魔女”ではない」
エリザベートの父親は目の端に笑みを浮かべ、答えた。
「殿下からその言葉をいただくのは、2度目ですな」
驚き、記憶をたぐり寄せる俺に背を向け、公爵は歩き出した。
「何者でも良い。己を受け入れるところから全てが始まるのだ」
そうつぶやきながら。
ジェラルドが片膝を付いて見送る。
彼が公爵に事態を知らせに行ったのだ。
伝令くらいもらえるかと思ったが、まさか本人を連れて来るとは。
俺はエリザベートの頭を裏手で押さえて言う。
「不幸にならないために無理をする、なんて意味ないぞ。
みんなで試行錯誤していこうぜ」
俺の言葉に、エリザベートはこくんとうなずく。
エリザベートの目からぽろっと涙がこぼれた。
フィオナが必死に彼女を抱え込んで慰め
ジェラルドが温かい瞳で大丈夫ですよ、と言っている。
俺たちは以前とは違う。
一緒に理不尽と戦う、仲間がいるのだ。




