20.選ぶ者・選ばれる者
20.選ぶ者・選ばれる者
次の日も、王宮より私に迎えが来た。
侍従に案内された広い庭園では、
フリード様が誰かと話していた。
茶色のシンプルなドレスに、まとめたオレンジの髪。
……ジョアンナだった。
私を見つけ、立ち上がったフリード様が手を挙げる。
挨拶を返す私を、ジョアンナが含み笑いで見ている。
「いま、ジョアンナ殿から聞きましたよ。
昨日は君が”王子に会うなら盛装しろと命じた”って」
私は呆れて一瞬、言葉を失った。
「フ、フリード様?!」
ジョアンナが慌てた声をあげる。
ここまでストレートに、
”内緒話”を報告するとは思ってなかったのだろう。
私は鼻で笑い言葉を返す。
「ではどうして、私自身は盛装していなかったの?
貴女はなぜそれに疑問を持たなかったの?
……弁解すら時間の無駄です」
フリード様もうなずく。
彼はちゃんと彼女の嘘を見抜いていたのだろう。
ちょっと性格悪いかも。
「え、だって……」
ジョアンナは涙ぐんで黙り込む。
フリード様は彼女の様子を気にも留めずに言う。
「まあ、親戚と言えど仲が悪いというのは些末なことだ。
我が国が求めるのは、そんなことではない。
王妃としての教養や気品だけでなく、それ以上に”戦力”だ」
本当にズケズケとものを言う人だ。
とはいえ、レオナルドとはタイプが違う。
ジョアンナは私をキッと睨んだ後、
熱のこもった目で彼を見つめながら言う。
「私の魔力レベルはエリザベート様と同じです。
しかも国内の多くの方と親交を深めておりますわ」
第三王子と婚約した私を、目の敵にしていた彼女。
隣国の王太子フリード様から選ばれることで、
私より上でいたい、という彼女の願いは叶うのだ。
正直私は、声を大にして言いたかった。
”……では、ジョアンナ様で決まりですわね”、と。
でも”結末”を変えるためには、
新たな選択肢をみすみす逃すわけにはいかない。
私は想いを振り切るように、彼女の挑戦を受けて立った。
私は笑みを浮かべ、彼らに向かって尋ねる。
「あら? ”暗黒の魔女”を超える戦力がありますかしら?」
”暗黒の魔女”。
みずからこの呼び名を使った私を見て、
フリード王子は歓喜し、ジョアンナの顔色が悪くなる。
「ああ! あなたがそう呼ばれていることは聞いております。
ローマンエヤール公爵家 伝説の始祖ですね。
あまりにも強大な魔力を持った、孤高の美女の名だ」
そのとおり。”暗黒の魔女”は孤独だった。
夫も子どもも彼女から去ったという。
その巨大な魔力を恐れて。
フリード王子は嬉々として、私の手を引き
庭園にあるガゼボへといざなった。
ジョアンナも仏頂面で付いて来る。
王子はそこで、私にたくさんの質問をぶつけてきた。
今まで倒した魔物の種類、どんな魔法が使えるか。
教養はあるか、他国の言語や地理・情勢、文化など。
”まるで採用面接みたい”
私は心の中で笑い、完璧にやり遂げようと努めた。
彼はたまにジョアンナにも話を振ったが、
彼女はわからないことがあまりにも多かったため、
呆れた顔をし、それ以降はまったく無視していた。
それを見て正直、フリード王子に対する好感度が
かなり下がってしまった。人として失礼じゃない?
「……いやあ、見事だ。ここまで完璧な女性がいたとは」
「お褒めいただき光栄でございます」
私はとりあえず、未来を切り開く一歩を進めたのだ。
そう、思うことにした。
************
”フリュンベルグ国の王子フリードが
エリザベートかジョアンナを妃に望んでいるらしい”
レオナルドがむくれたような顔でつぶやく。
「エリザベートの婚約者である俺には打診すらないんだぜ?
どうこう言う権利もない、ってことなんだろうな」
「エリザベートさんのご両親は? なんて?」
フィオナに聞かれ、私は首を横に振る。
「沈黙を貫いているわ。いま二人とも任務で忙しいし」
それを聞いて、レオナルドがぽつりと言う。
「内心、フリードに連れ去ってもらいたいと思ってるだろうな。
そのほうが間違いなく、エリザベートは幸せになれるから」
「身の安全、という意味ではね」
私は思わず本音が出る。
レオナルドが驚いたようにこちらを見た。
毎日、順調のはずだった。
未来の王妃としての教養、淑女マナー。
戦力としての軍事知識と強大な魔力。
「素晴らしいな。完璧だ」
フリード王子はいつも私を褒めてくれる。
でも反比例するように私の気持ちは沈んでいった。
フリード王子はハンサムで知的だ。
合理主義だから無駄がなく、対応も気が楽だ。
それでも。気付いてしまったのだ。
私は絶対に、この人を好きになることはない、と。
レオナルドは口をとがらせて言う。
「乗り気じゃないならやめとけよ」
私は思わず、強い口調で反論する。
「簡単に言わないでよ。”結末”を変えるには一番の方法よ?」
この国に残っても”魔女”として殺されるのだ。
レオナルドとフィオナが結ばれるのを見た挙句に。
私の前に立ち、レオナルドは静かに言った。
「俺の知ってるエリザベートはいつも一生懸命だった。
あいつが何か決める時はな、
”こうしたい”ではなく、”こうすべき”、だったんだ。
お前はそうじゃないって言えるか?」
私とエリザベートが似ていると言いたいの?
それだと恋心まで見抜かれている?
いや、レオナルド王子は
彼女が本気で彼を好きだったとは知らないはずだ。
動揺した私は彼の目がまともに見られなくなって立ち上がった。
「”結末”を変えるために動くべき。そう思ってるわよ。
だから良いの、このままやってみるわ」
「待てよエリザベート」
これ以上見つめられたら、
いろんなことがバレてしまいそうだった。
私はその場を早足で出て行った。
************
しかしそれは、突然の幕切れだった。
急にフリード王子の帰国が決まり、
大勢の貴族が集う、その場で。
「王太子妃はジョアンナ殿に決めたよ」
申し訳なさそうに宣言するフリード王子と、
勝ち誇った表情のジョアンナ。
私は緊張の糸が切れ、あからさまにホッとしてしまった。
本当は嫁ぎたくなかったんだ、と実感してしまう。
自然と笑みが浮かび、思いのほか明るい声が出てしまった。
「おめでとうございます!」
嬉しそうに言う私を見て、フリード王子は驚いている。
「理由をお尋ねにならないのですか?」
「いえ、ジョアンナは素敵ですから。
お二人とも大変お似合いです」
正直、真反対の性格だと思うけど、言っておく。
ジョアンナはムッとしたが、
私が虚勢を張っていると思ったのだろう。
ニヤニヤ顔で近づいてきた。
「これからどうなさるおつもり?
もはや、あなたを妻にするような人はいないわよ?」
「お構いなく。どうぞお幸せに!」
その言葉に、フリード様は首をかしげる。
「ジョアンナ、君の情報では、
彼女は本気で私の妃になりたいと望んでいたのでは?」
「必死に悲しみをごまかしているだけですわ」
ジョアンナが私を薄ら笑いでみながら言う。
フリード様は淡々と述べる。
「ペラドナ侯爵夫妻からも確かに聞いた。
君の力は甚大だが、そのせいで今後も、
結婚相手を見つけることはできない、と」
私は貴族たちに混ざって立っている叔父と叔母を見た。
彼らはすっと視線を逸らした。
するとフリード様がとんでもないことをいったのだ。
「幸い我が国では、王族は側妃を持つことを許されている。
だから君は側妃として私たちを支えてくれないか?」
「お断りいたします」
あまりの馬鹿馬鹿しさに即答する。
王太子妃だってお断りなのに、側妃など冗談ではない。
ジョアンナは嬉しそうに私に言った。
「仕方ないじゃない。あなた、選ばれなかったんだもの。
いいこと? フリード様が選んだのは、わ・た・し」
私は気が付いた。
ジョアンナは、あの日の仕返しをしているのだ。
レオナルドに”お前じゃない”と言われたことの。
フリード様がまた、正直に言ってしまう。
「君はあまりにも完璧すぎて、選べないんだよ。
自分よりも優秀で、さらに力を持つ者を
正妃にするわけにはいかないんだ。
国のバランスが崩れるだろう?」
私はあぜんとしてしまう。
また、なのか。幼馴染の時と同じだ。
私は違う意味でショックを受けていることに気付かず、
ジョアンナが目の前に仁王立ちし、まくし立てる。
「だから大人しく側妃になりなさい?
その力、無駄にならないよう使ってあげるから」
「いえ、だから私は」
ジョアンナは私の言葉を遮って叫んだ。
「あの第三王子にすら婚約破棄されたくせに!
おとなしく一緒にフリュンベルグに行って
私の下僕として働きなさいっ!
せめてその”暗黒の魔女”の力を」
「黙れよドブス」
良く知る声の、いつか聞いた暴言が、広間に響いた。
テラスに面した掃き出し窓から、
レオナルドが入ってきたのだ。
「遅くなったな、エリザベート」
久しぶりに公的な場に姿を現した彼を見て、
貴族はみな騒然としている。
艶のある黄金の髪、深いブルーの瞳。
陽光にきらめく端正な顔は天使のように美しかった。
……飛び出す言葉は紳士にあるまじき汚さだけど。
あの日と同じように、彼が私に腕を出す。
それに腕を絡めながら、私はつっこむ。
「なんでいつも、テラスから入るのよ」
「誰にも会いたくないからに決まってるだろ」
ジョアンナが腰を抜かさんばかりに驚いている。
「婚約は解消されたんじゃ?」
「してない。エリザベートの婚約者は俺と決まっている。
フリード王子、人の婚約者を側室に、とはいい度胸だな。
俺は噂以上にクズで出来損ないだからな。
売られた喧嘩は最高価格で落札するぜ?」
フリード様はいやいや、と後ずさる。
いきなり現れた超美形の、口の悪さに動揺したらしい。
「な、なんて口の聞き方なの?
この方はフリュンベルグ国の王子様よ!」
レオナルドはつまらなそうに返す。
「そんなの知ってる。
お前こそ、俺が誰だか忘れたのか?」
ジョアンナは諦めない。
「王族といっても、たいした力もないくせに!」
「あら、あるわよ? ここに。
まさかフリュンベルグ国の王太子夫妻は
”暗黒の魔女”を敵に回すおつもりなのかしら?」
その言葉にフリード様が硬直する。
私の力を知り尽くした後なのだ。
敵に回した時の恐怖は半端なものではないだろう。
フリード様とジョアンナが慌てて何か言いかけた瞬間。
「正確には”ローマンエヤール公爵家を敵に回す”だろう」
威厳のある低い声が広間に響いた。
あり得ない人の登場に、私が一番驚く。
漆黒のマントと軍服を身につけ、腰には長い剣を帯びている。
私と同じ、赤い瞳と黒い髪。常に感情を見せない表情。
「……来たか」
レオナルドがつぶやく。私も思わず声が漏れる。
「お父様……!」
広間の入り口に立っていたのは、
私の父、ローマンエヤール公爵だったのだ。




