119.貴族たちの明暗
119.貴族たちの明暗
俺が”暗黒の魔女”に出した初の王命は攻撃などではなく
”笑ってもっとBaby”だった。
愛するエリザベートには、いつも笑っていて欲しい。
それがオリジナル・レオナルドの唯一の望みだったから。
パルダル遠征中、俺の中でオリジナル・レオナルドが
エリザベートを案じ、ずっと”急げ”!とせき立てていた。
自分のせいで、彼女に真の絶望を味わわせてしまったのだ。
”もう二度と、彼女を泣かせるわけにはいかない”
そんな使命感が四六時中、俺を支配していた。
オリジナル・レオナルドは国王なんてなりたくなかったろう。
世界を救うことや、王妃を断罪することさえ
そこまで執着していなかったかもしれない。
ただ、エリザベートを守りたかったのだ。
人間の望みというのは通常、身近だったり個人的なことだ。
しかしそれが結局”世界を救う”といった
大きな望みを達成させる土台となっていく。
「あんな見た目しか取り柄のない女の産んだ、
何の教育も受けていない男が王になるなんて。
本当にこの国はもうお終いね」
あざ笑う王妃の言葉に俺はうなずき、深く同意する。
「ああ、まったくその通りだ。
だから今日を持ってこの国の”絶対王政”は破壊され、
新たに”立憲君主制”が創成される」
いきなり共和国になったり、民主主義になるのは
国民がついていけないだろう。
しばらくの間は、導く者が必要なのだ。
「……なんだよ、それは」
王太子カーロスがつぶやく。
こいつ、何を学んできたんだ?
「王が統治するが、その権力はさまざまな法によって
厳しく制限されている制度だよ。
間違ってもどっかの馬鹿みたいに
”王だから何をしても許されるのよー”なんて
言い出さないように、な」
俺の煽りに王妃が顔を鬼瓦に変え、叫んだ。
「そんなことしてみなさい! 国はあっという間に滅ぶわ!
人は愚かで間違ったことばかりするんだから。
賢く正しい者が厳重に統治しなくてはならないのよ!」
続いて王太子が叫んだ。
「そもそも”権力の制限”ってなんだよ!
……王族が使える金が減るってことか?」
俺は少し彼に同情した。あんまりだろう。
これが帝王学を学んだ者の言葉なのか。
「まず政教分離……政治と宗教は別物、ってのはもちろん
それに何か国政に関することは、国王ではなく議会が決める。
王が勝手に税金をあげたり、お金を徴収することはできない……
王様だからって財産を奪ったり、
爵位や役職を取り上げたりできないのさ」
”アーブロース宣言”と”大憲章”。
この異世界の状態から言えば、このくらいから始めるのが妥当だろう。
「それは良いですなあ。宝を没収されることがなくなるのは」
「急に爵位をはく奪される心配も無くなるのね! 良かったわ!」
貴族の間から喜びの声がもれる。
これで王族に怯える暮らしからは解放される、そう思ったのだろう。
俺は彼らに冷や水を浴びせる。
「おいおい、これはお前らも、だぞ。
自分の出した店をナンバー1にするために
平民の店を潰すような真似は絶対にさせないからな」
いきなり静かになる観客席。
「もう二度と、領地の人々から不当に搾取できなくなるからな。
身分が下だからといって、乱暴したら即、刑務所行きだ。
教会のヤツもそうだぞ? 集めた金はきっちり調べるし
汚ねえことした日にゃ、厳罰を与えるから覚悟しとけ」
とたんにあちらこちらから、不満の声が爆発する。
真っ青になったり、真っ赤になっている貴族たちに
俺ははっきりと宣言する。
「従うなら、お前たちの資産や地位は保持されるだろう。
ただ”全ての人民に対し権利は平等”ってだけだ。
不当に自分のものを持っていかれる辛さ、
権力を傘に理不尽を強いられる苦痛や悲しさは
お前らだって知っているだろ?
それを全ての人間に対して行うな、それだけだ」
闘技場はさまざまな声が飛び交っている。
俺はそれを見渡し、多くの貴族が不満を持っていることを察する。
同じくそれに気づいた王妃が、皆に声をかけた。
「皆の者! このままこの男を国王にして良いのですか?
王族や貴族という、選ばれし貴い身分のものから
その権利を奪い、名誉を奪おうとしているのですよ!?」
「そう言う貴女こそ、今まで何度も
彼らの財産を奪ったり、不当に侮辱してましたよね。
我が国に戻ったレティシア伯爵令嬢が嘆いていましたよ。
”あの国は恐ろしいまでに王妃が支配する独裁国だ"と」
ロンダルシアの武将が叫ぶと、
貴族たちはいろいろ思い出したのか王妃を睨みつける。
「皆さん、無理に奪わずともあなた方は充分に豊かだ。
反対するなら、常に王族に抑圧され、
怯えて暮らす毎日に戻ることになりますよ。
その上、国民はすでに限界を超えています。
このままだとあなた方の領地も危ないでしょう」
フリュンベルグ国のフリード王子が論理的に諭す。
国全体が不景気なのは皆が感じていたことだし、
領地の人々が自分たちに向ける憎悪も日増しに強くなる。
さらに多くの貴族たちは顔を見合わせ、
どうすべきかを思案しているようだった。
「他国の者が介入することは許しませんっ!」
苛立った王妃が叫ぶが、フリード王子がさらりと答える。
「そうですか。では我が国に侵略し、
犯罪を犯したことに対する厳しい処罰を
貴女に求めるのは問題ないですよね?」
「口を挟む権利がないのはお前のほうだろう!
ロンダルシアでのさまざまな罪により
お前なぞもう、死刑を待つ国家犯罪人なのだぞ!」
彼らの言葉に、貴族たちはさらに冷静になり、
反比例するように王妃は憤怒で黙り込む。
俺は皆に告げる。
「……俺がこの改革を望むのは、栄光や名誉のためでも、
富のためでもなく、ただ自由のためだ。
お前たちを含む、全ての国民の自由と権利を守りたいと願っている」
「何が自由よ! そんな形のないもの、
あなた方の資産と言えまして?」
俺の言葉を遮るように、王妃が観客席の貴族に叫んだ。
年老いた貴族は基本的に守りに入り、改革を嫌がるものだ。
数十人の貴族が同意の声をあげ、
席を立ちあがって叫ぶ。
「儂はクズ王子など王とは認めぬ!」
「私もよ! 貴族は貴族よ、特別なんだから!」
王妃は嬉しそうに目を細め、彼らに呼び掛ける。
「さすがだわ! 皆さん!
どうぞこちらにいらして」
彼らはぞろぞろと降りて来て、王妃の周りを取り囲む。
だいたい全体の三分の一、といったところか。
彼らは強気の表情で俺に告げる。
「この国の王は、この王太子様だ!」
「そうだそうだ! お前など反逆罪で死刑だ!」
しかし勝ち誇った表情の王妃と王太子に
その貴族たちは要求を突き付けだしたのだ。
「貴女側についたんだ。
爵位をあげるなど報酬は得られるんでしょうな?」
「以前ワタクシから取り上げなさったネックレス
お返ししていただけますわよね?」
王妃は一瞬、顔をしかめたが、すぐに笑顔に変わり。
「もちろんですわ、あなた方は特別な貴族ですもの」
俺は彼らに言う。
「……そうか。それがお前たちの出した結論なら仕方ない。
俺は別に構わないよ」
しかし観客席に残った貴族が、王妃派へ向かって叫ぶ。
「よく考えろ! その王妃にはもう何の権限もないんだぞ!
このまま他国で処刑されるだけだ!」
「もうこの国は限界だってわかってるでしょう!」
「おい! その女は魔力で、夫である国王を殺したんだぞ!」
その言葉に、王妃派たちはムッとした顔で
責めるように王妃を問い詰める。
「で? それについては、どうするおつもりなんです?」
「他国と戦争になったら、勝ち目はあるんでしょうね?」
「まったく、口だけでは困りますぞ」
王妃に対して上から目線でものを言う貴族たち。
味方をしたことで、恩を売ったつもりなのだろう。
それぞれが偉そうに、または馬鹿にしたように注文をつける。
これまで顔色を見ていなければならなかった鬱憤を晴らすように。
「”世界一の力”だと、前々からおっしゃっていましたけど
正直、この者たちに押され気味ですわよね?
たいしたことないっていうか……あら、失礼、フフッ」
「正しいって言う割には、間違いばかりされていますなあ。
そもそも王妃様、元は平民でしょう? 高貴でもないわけで」
「見た目がそれだから、せめて力で我々の役に立っていただかないと。
そういや国王様は以前、”ブリュンヒルデは居てくれるだけで良いのだ”
そうおっしゃっていましたけどね、ヒヒヒ」
俺の母上の名前が出たとたん、
王妃が我慢で震えていた笑顔が消えた。
すうっと真顔になり……
メキメキメキメキメキ……
いきなり腰のあたりから、ドレスを突き破って
8本の折れ曲がった蜘蛛のような足が生えてきたのだ!
その足を素早く動かし、母上の名を出した貴族の腹を突き刺した。
悲鳴をあげてのけぞる、その横に立つ貴族も続けて刺し殺す。
さっきまで暴言を吐いていた者どもは
一瞬のうちで倒れ込んでいった。
「きゃああああああー!」
「うわあああ!」
そして王妃はさらに姿を変えていった。
肌だけでなく髪も真っ白に、目は真っ赤になる。
首が長く伸び、ドレスが裂けていく。
中から膨れ上がった胴体が出てきたが、
それは人間のものではなく奇怪な楕円形をしており
バッタのように折れ曲がった足が何本も生えていた。
その背中から羽が生える。
しかし白い鳥のような美しい羽ではなく、
まだら模様のある、不気味な羽だった。
”長い首の先に頭がついている、
蛾の羽の生えた蜘蛛”。
そして高い位置から俺を見下ろしながら、
王妃の頭部は言ったのだ。
「……せっかく慈悲をかけてあげたのに。
やはりこの世界は穢れ、腐っているのだわ。
もうダメね、私が浄化してあげましょう」
俺は、観客席に残っている人々に宣言する。
「お前たちも、俺を王と認めたわけではないかもしれない。
しかし俺は、国民の自由と安全が脅かされている今、
仲間と団結し、その脅威を除くことを誓う!」
俺の右でエリザベートが片手に魔力を溜め、
俺の左でジェラルドが剣を構える。
そして俺たちの後方で、フィオナが聖なる力を広げていく。
エリザベートの母君がローマンエヤール公爵家の兵を、
ディランがシュバイツ公爵家の兵を一斉に配置する。
キースが離れた位置で長い杖をかかげている。
王妃の周囲には王妃派の貴族が何人も血まみれで倒れていた。
逃げる人々を追いかけ、その昆虫めいた足をふりあげる。
俺は慌てて王妃に向かって怒鳴りつけた。
「おい! てめえ、相手はこっちだ!
……やんのかコラぁ! 表へ出ろ!」
「さっきまで立派な口上を述べていたのが台無しです!」
フィオナがつっこむと同時に、エリザベートが攻撃を放った。
口元に、美しい笑みを浮かべたまま。
最後の戦いが始まったのだ。




