110.王妃の狂った主張
110.王妃の狂った主張
公爵家に戻ると、すでに話が伝わっていたらしく
母が飛び出すように外まで出迎えてくれた。
私が王族に”絶対服従の誓約”を強要させられたと聞き
いろいろ案じてくれていたのだろう。
常に冷静な母しか知らなかった私は少々驚き、嬉しく思った。
「もはや、これまでだな」
母の言葉に私はうなずく。これは観念したわけでない。
”これまで”、なのは王家のほうだ。
王家を断罪する理由としては少々弱いが
”信頼を大きく裏切った”と抗議するには十分だろう。
そして母は私に言った。
「中に入ろう。お前を待っている人がいる」
その目に輝きを見つけ、私は走り出した。
勢い良く客間に飛び込むと、そこに立っていたのは。
「えっ? ……ディラン様?」
「ひどいなあ。僕の姿を見つけて、
女性にここまでガッカリされたのは初めてだよ」
ディラン様は不満そうに言いつつも笑った。
客間の窓際にはシュバイツ公爵家の私兵が数人控えており
外を警戒しながら立っている。
私は彼に尋ねた。
「フィオナは? 無事ですか?」
彼らはべリアさんを救出後、聖騎士団と戦闘になり、
崩壊した建物の下敷きになったと聞いていたのだが。
「本人に聞いてくださいよ」
彼は悪戯っぽい顔で答えたので、私の胸は歓喜に溢れた。
でも……どこに? 私はキョロキョロと辺りを見渡す。
「貴女が見抜けないなら安心だな」
彼の言葉に、シュバイツ公爵家の私兵の一人だと気が付く。
そしてすぐに小柄な兵に飛びついた。
彼女も私が駆け寄った時点で帽子を上にあげ両手を広げた。
「エリザベートさんっ! 会いたかったですっ!」
「フィオナっ! どんなに心配したことか!」
ぎゅーっと抱き合う私たち。
この安心感は何にも代えがたかった。
この異世界に転移して以来、ずっと一緒に頑張ってきたのだ。
私たち4人はもう、友だち以上の繋がりだ。
涙をぬぐう私に、フィオナは笑いかける。
「話は聞きました……エリザベートさん。
何があっても私があなたを守ります」
その言葉と同時に、フィオナは私の体に何かの呪文をかけた。
そしてディラン様のほうに向いて言う。
「ディラン様、エリザベート様の腕に触れていただけますか?」
彼はうなずき、私の腕に手を触れようと……したとたん。
バチッ! と強い静電気のような音がして、
ディラン様が痛っ!、と小さく叫んだ。
フィオナは私にドヤ顔で言う。
「これで、誰もあなたに触れることが出来ません。
たとえエリザベート様が解除を願っても解きませんからね」
「フィオナ!……ありがとう!」
これでどんな展開になろうと大丈夫だ。
気持ちの悪さが薄らぎ、安心感が広がる。
……でも痛くなるってわかってて、
ディラン様に触れろって言ったの? フィオナ。
手をさすりつつも、愛おし気にフィオナを見ているディラン様。
私は暖かい気持ちでいっぱいになった。
「ついに始まったぞ」
母の声に我に返り、私は振り向いた。
母は戦闘前の顔になっていた。
目の奥には燃えるような闘志がみえる。
「チュリーナ国の軍と聖職者団が
この国を目指し進軍している。
”政教分離の原則”や神の教えに背いた事だけでなく
べリアの件も含めたこの国の罪を糾弾するために」
フィオナとディラン様が顔を見合わせる。
彼らが命がけで助け、それが報われたのだ。
「”お守りの効果”があまりにも超・強力過ぎちゃって。
……建物を崩壊させるとは思いませんでした」
「とっさに防御の体制に移ったが、間一髪だったなあ」
ディラン様の魔法属性は風だ。
風圧で落下してくる天井や床を吹き飛ばし、
フィオナを抱えて外へと飛び出したそうだ。
そして市街地に潜んでいたのを、
父が魔力を駆使して探り当て、保護したらしい。
そんな彼らに目を細めつつ、母は続ける。
「フリュンベルグ国軍も同様だ。
無断で国境を超えただけでなく
フリュンベルグ国兵を偽称したことに対する抗議だそうだ」
「あの、ジェラルドは!?」
私はたまらず母に尋ねた。
母はどこか誇らしげな顔で答える。
「この公爵からの書簡には、”目的は果たした”と記されている」
その言葉に、私は歓喜する。
ジェラルドもきっと保護されたのだ。
ああ、大きな怪我などしていないと良いのだけど。
「さらに妖魔襲撃、および国宝の盗難計画は
シュニエンダール王家によるものだったと
ロンデルシア国が公表した。
加えて捕らえた”第9団”への尋問により
”暗殺未遂事件は王妃が主犯”との新情報を得たため
主だった武将が皆、こちらに向け出立したそうだ」
私は胸が高鳴った。いよいよ始まるのだ。
シュニエンダール国の、いえ、
腐りきった王族の終わりと、始まりが。
私たちの戦いは、とうとう山場を迎えたのだ。
……でも、ここにはレオナルドがいない。
私は緑板を使おうと思ったが、
すでに機能していなかった。
フィオナも不安げに言う。
「ここ数日は検索も連絡も出来ませんよね」
……”終わり”が近づいているからなのか。
「各国がこの国に押し寄せていると知り、
王妃たちは焦っている。
お前の力を欲しがっているのはそのためだ」
母が私につぶやく。
「各国だけではありません。
シュバイツ公爵家も共闘させていただきますよ」
ディラン様はそう言い、私を安心させるように微笑んだ。
最初に会ったころは、教会の不正を知りつつも
”シュバイツ公爵家は最も教会に近い貴族だから
介入できるわけがない”などと言っていたのに。
彼が変わったのはフィオナのためだ。
あの溺愛はただの猫可愛がりではなかった。
本気でフィオナを守る決意が感じられ、私は嬉しくなる。
「聖騎士団たちは全員、王城へと戻っていきましたよ。
……彼らに何が守れるというのやら」
聖騎士団なぞ、戦ったこともない貴族の子弟ばかりだ。
私たちが苦笑いをもらしていると。
「失礼いたします! 公爵よりもう一通届きました」
私は駆け寄り、その書簡を受け取る。
今度の書簡は間違いなく、レオナルドに関するものだから。
母はうなずきかけたが、心配顔になり
私に書簡を渡すように手を差し出した。
もしこれが悪い知らせだった時、
私の心が壊れてしまわないか案じているのだろう。
今になって細かなところで、
思いのほか両親が過保護であることに気付く。
私はおとなしく手渡したが、
令嬢としてあるまじきことではあるが横から覗いた。
母は内容を抜粋して読み上げる。
「……大魔獣ファヴニールを討伐し、第4軍が戻ってくるそうだ」
誰も予想しなかった第4軍の凱旋だ。
国内でもちらほらその噂が流れているが
王家によって秘匿されている。
レオナルドの手柄なぞ隠したいのだろう。
でも、彼らが戻ってきたらそうはいかない。
レオナルドは国内においても、真の英雄になる。
悔しがる王妃たちを想像し、私はほくそ笑んだ。
しかし私は書簡の中に衝撃的な一文を見つけてしまう。
”ただし、その中にレオナルド殿下はいない”
どういうことなの? 自軍と同行してないなんて。
大怪我をしたから動けない?
他に行くところがある?
くり返し書簡に目を滑らせる私に、母が言った。
「エリザベート。王宮に向かうぞ……先手を打つのだ。
殿下が戻ってくる前に」
************
「我が公爵家にかけられた根拠なき嫌疑に対し、抗議いたします」
挨拶もそこそこに、母は単刀直入に切り出した。
「何を言い出すかと思えば……」
王妃はアゴを高くあげ、母を見下すようにつぶやく。
「建国以来、この国を支えてきた我らに対し、
あまりにも理不尽なお話、
夫の耳に入れば大変なことになります」
最後の言葉に力を込めて、母がよどみなく答える。
王妃はそれを鼻で笑った後、おおげさに驚いた顔をして言う。
「まああ! 王族を脅すおつもりなのかしら?
何という事でしょう! やはりローマンエヤールは……」
「脅しではございません……本気でございます」
母は王妃の言葉を遮るという無礼だけでなく、
噴き出すような殺気をまとわせて言い放った。
それにはさすがの王妃も言葉を失い、
両目を剥いてこちらを見ている。
私も母に続いて王妃に告げる。
「王妃様。わが公爵家の始祖である
”暗黒の魔女”エレオノーラ・ローマンエヤールは
シュニエンダール国を我が子のように思っておりました。
我らにもその意思は受け継がれております。
常に国のために働いてきたのですわ」
私の言葉に彼女は息を吹き返したように笑った。
うんうん、とうなずき、ニタア~と笑って私に言う。
「そうですわよね? ええ、その通りだわ。
今まさに他国から攻め込まれようとしているこの時、
しっかり私たちを守って下さるという確証が欲しいのよ」
エサに食いついた王妃に、私は首をかしげて尋ねる。
「あら? 攻め込むとは聞いておりませんけど。
もし来訪してくださる他国の方に対し、
侵略などと言おうものなら外交問題ですわ。
……それとも、何か来られてマズいことでもございますの?」
王妃は私を睨みつけて言う。
「軍を率いてくるなんて、攻撃以外ありませんわ。
迎え撃つにしても、私の力はあまりにも強大なのですよ?
エリザベート、あなたが一番ご存じでしょう?」
ああ、やはり”大光明トータルステロウ”で脅してきたか。
私は肩をすくめ、それを軽く受け流す。
「あら、きっと神のご加護がありますわ。
どこかの町はすぐに回復したようですし。
……やはり正しい者には、神の力添えがあるのですね」
笑顔の私に”奥の手”を一蹴され、
さらに正義はこちらにあると示された王妃は
顔を真っ赤にしていきなり叫んだ。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」
王妃は目を剥き、歯を剥きだしにして叫び続ける。
「カデルタウンが元に戻ったのは邪悪な力のせいだわっ!
いくら正しくても清らかでも、神の力添えなどあるものですか!」
いきなりの発狂に、身を引く私と母に、
両手で扇子を握りしめ、王妃は言葉を吐き出す。
どうやら、内心はギリギリの状態だったらしい。
ただでさえヒステリーな気質に拍車がかかったようだ。
「いいこと? どんなに清廉潔白で正しい行いをしても
誰も褒めても、認めてもくれないのよ!
男は正しい者ではなく美しい者を選び、
女は金と力の有無で選ぶんだからっ!」
王妃はすでに、聖女だった頃の平民に戻っていた。
そして悔し気に、憎々し気に言ったのだ。
「どれだけ”すべき事”や、”してはならぬ事”を告げても……
誰一人として、耳を傾けるものなどいなかったわ!
どんなに正しいことを言っても、無視されるのよお!」
ハアハアと荒い息をつき、王妃はこちらを睨んでいる。
そして口の端をゆがめ、私と母に向かって言ったのだ。
「だからね? 悪しき者、間違っている者は、
正しき力によって支配しコントロールしなくてはならないの。
言ってもダメなんですもの、それしかないでしょう?」
そしてゆっくりと私に向かって歩いてくる。
目の前まで来て、出来の悪い生徒に言うように語りだす。
「そしてバランスが大切なの……わかるかしら?
なんでも公平でないとといけないの。
そうでないと、不平等でしょう?!」
そして私の顔を目を細めて見ながら。
「美しい者は、それ故に不幸にならないとダメなの!
美しいがゆえに苦しまねばならないといけないわ。
美女が美男と結ばれるなんておかしいでしょう?
醜く、好きでもない男と結ばれるのが正しい世の理なのよ」
私はゾッとする前に呆れてしまう。
それは理などではなく、完全な僻み、妬みだろう。
そんな間違った自己流な理屈のせいで、
レオナルドのお母様を国王の妾にしようとしたのか!
エリザベートをレオナルドから引き離し、
あの気持ちの悪い王太子の妾にしようとしていたのか!
あぜんとする私たちに、吐き捨てるように叫ぶ。
「……お前たちに勝ち目はないわ!
”第三王子は死に、第4軍は全滅。
大魔獣退治は失敗に終わった”……これが現実よ?」
私の前に母が割り込み、冷静に返す。
「第4軍は討伐を済ませ、こちらに戻ってきております」
「フフフ、第4軍が? 戻って来る? アハハハハ……」
それを聞いた王妃は愉快でたまらない、というように笑った。
そして彼女は私たちに言ったのだ。
「いつまで経っても第4軍は戻ってこないわ。
だって、第1軍を向かわせたもの」
言葉の意味がわからず、私は眉をしかめた。
隣で母が戦慄している……ということは。
「彼らに出した王命はね、”第4軍を全滅せよ、一人も残すな”、よ。
ねえ? だから言ったでしょう?
”あのクズ王子は討伐に失敗し死亡、軍も全滅させた”、
これが”事実”ということよ!」




