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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
こぼれ話(3)

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兄弟

「あーー。テンション下がるわー」


「おい、どういう意味だ」


「なんでゆかりん来てるのに仕事.......。しかも兄貴と.......」


「仕方ないだろ、近場にいるのが俺達だったんだから」


 車に揺られながら面白くもない兄貴を見る。

 本当に面白くもなかったので、窓の外を見た。


「早く帰りたい.......ゆかりんのサイン欲しい.......」


「早く帰れればいいけどな。和臣、俺から離れるなよ」


「うへぇ。そんなの自分の彼女に言えよ」


 ぎしっと音がして、兄貴が叫んだ。


「先週別れたんだよーー!! この、自分が葉月ちゃんいるからって!」


「ぎゃああああ!!」


 頬をつねられ、そのまま縦横に伸ばされる。


「いてぇよ! ていうかまた別れたのか!」


「俺ってそんなに口うるさいか!? なあ! 俺よりチャラついたバンドマンの方がいいのか!?」


 あ。これは浮気された上捨てられたな。

 兄貴はモテるが、いつもフラれて捨てられる。

 少しどころかめちゃくちゃ可哀想なので、移動中はずっと愚痴を聞いていた。


「ああ、なんで和臣が学校帰りにイチャついて俺はアラサーで彼女にフラれて.......」


「まだ若いよ、大丈夫だよ.......ん? 学校帰り?」


 兄貴が携帯で写真を見せる。今日の帰り俺と葉月が手を繋いで歩いている写真だった。


「なあああああああ!!」


「はあ.......弟に先越されるとか.......」


「待て待て待て!! いつ撮った!? ていうか見てた!?」


「ムービーも撮ればよかったな.......」


「おい! なんで撮ってんだよ! おい!」


「記録は大事だからな。たまたま目の前を弟が歩いてたら写真撮るだろ」


「撮らねぇよ!!」


 修学旅行の後から兄貴はやけに写真を撮りたがる。

 この間など帰宅して姉と妹の写真を撮ってすぐ仕事に行った。大丈夫か。


 久々に盛大な兄弟喧嘩に発展しかけた時、車が止まった。


「ほら、和臣行くぞ」


「.......」


「仕事だ、ほら」


 ズルズル引きずられて現場に向かう。しばらくしてコンビニのおにぎりをくれたので、今回の喧嘩は引き分けにしてやる。


「これは、思ってた以上に大きいな」


「兄貴、どうすんの? 入る?」


「入るしかないからな.......絶対に離れるなよ。いいな?」


「おう。兄貴こそ俺から目を離すなよ! 今回は迷ったら泣きわめく自信がある!」


「弟よ.......」


 2人で手袋と指環を着けて。

 そこに、足を踏み入れた。



 真っ暗な建物の中を、兄貴の懐中電灯が照らす。


「おい」


「うおおお!! き、急に声かけるんじゃねぇ!」


「.......お前今妖怪出たらどうするんだ」


「兄貴が何とかしてくれよ.......」


 廃病院。人気のない周りは草木に覆われ、1階の窓はほとんど割れている。

 ガラスの破片が落ちた廊下を、兄貴と進んでいく。


「えー、ちょっとちょっと。これはまずいですよお兄さん」


「お前何が怖いんだ? 妖怪も霊もすぐ退治できるだろ」


「そういう事じゃないんだよ、この雰囲気が嫌なの。出るならさっさと出てほしい。妖怪がいた方がなんか安心する」


「分からないな.......」


 自分達の足音がやけに響く。


「本当にこんな何もない所に人送ったのか? 間違いじゃないのか?」


「いや、本部から調査として3人の術者を送ったのは間違いない。.......三日間戻らないのもな」


「うわぁ.......本気で帰りたい.......」


 今回の仕事はその3名の術者の捜索と、この廃病院の調査。相当急ぎの仕事なので、1番近くにいた俺と兄貴が指名された。隊長2人で速やかに済ませろとの事だった。


「そろそろ気を引き締めろ。油断するな」


「.......了解」


 階段を上がりながら、手持ちの札を確認する。

 2階から完全に建物内の空気が変わった。

 外の木に繋いだ糸もしっかり確認して兄貴と進む。


「式神でも出すか?」


「無駄だろうな。昨日までに大量に放ったが、全部消されたらしい」


 1つ1つの病室に人がいないか確認してまわる。


「.......上の階行くぞ」


「おう」


 2階全てをまわり、さらに階段を登る。

 胸騒ぎがする。これは、まずい。


「兄貴! まずい、一旦出直して」


「居た!」


 兄貴が指さしたのは、3階の廊下の真ん中。

 2人の術者がぐったりと座っていた。


「兄貴、式神にやらせるぞ。階段を登りきっちゃダメだ!」


「わかった。お前は後ろにいろ」


 兄貴が式神の札を出して、放つ。


「「は?」」


 札はそのまま地面に落ちた。


「バカ兄貴、札ぐらいちゃんと書けよ!」


 嫌な予感がする。兄貴は装備のチェックは欠かさないし、札なんてこまめに書き直している。

 かわりに俺が式神を出そうと札を出せば、そのまま何も起きずに落ちた。


「くそ、どうなってる!?」


「おい、あんたら本部の術者だろ! こっちにこい!」


 ぐったりしている2人に声をかけても、ピクリとも反応しない。

 ざわざわと胸騒ぎが強くなる。

 おかしい、おかしいのだ。こんなに淀んだ場所で霊の一体もいないのも、妖怪の気配がしないのも。


「出直すぞ。不安要素が多すぎる」


「あの2人は.......?」


「お前も上の立場になっただろ。優先順位をつけろ」


「でも、もう三日目なんだろ!? このままじゃ死ん」


「だから! 優先するものを考えろ! このまま隊長2人が帰らないことの損失がどれだけかわかるだろ!」


 ぐっと言葉に詰まる。すぐに兄貴は怒った顔を緩めて言った。


「.......すぐ策を練って戻るぞ。優先はしても、取りこぼすつもりはない。今回はお前もいるしな、大丈夫だ」


 最後に頭を撫でられる。情けない、悔しかった。

 階段を早足で降りながら、兄貴も俺も電話をかける。兄貴は副隊長へ、俺は本部へ。


 バタンっとなにかが閉まる音が後ろで響く。

 バラバラとなにかが落ちていく。

 糸が切れた。


 まずいまずいまずい。空気が異質だ。ここには確かなものがない。軸が足りていない。


 廊下を走り抜けて、出口が見えたところで、兄貴が俺の襟を掴んだ。

 ぐっと引っ張られて、外に投げ出される。


「俺は遅くなるから、帰るなら車呼べよ!」


「.......え?」



 振り返れば、誰もいないぼろぼろの玄関が口を開けていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 兄貴切ない、結婚となると仕事の話をしてそれを受け入れる人じゃないと無理だし、その分弟は楽だよね、同業だし、このまま結婚じゃね?思われてそうだし、
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