協力
「.......」
広くはない公園に、俺の糸がばら撒かれる。既に一般人は1人もおらず、たとえ間違ってもここには来られない。俺の糸はこの小さな範囲に、かつてない密度で張り詰めてある。
「.......【爆烈】」
『ヴっ!!』
悪魔は、ギシッと嫌な音を立てて頭を下げる。
先程からおかしい。低レベルな攻撃が効いているように見える。
「【空縛】」
油断はせず段々と術の威力を上げていく。悪魔は声も上げずに膝をついた。
おかしい。何かおかしい。何か。
「【封】!!」
札を投げて封印を試みても。
『ヴヴヴ.......』
札は正常に働き悪魔を縛る。
「おい.......本当に悪魔か?」
『.......』
悪魔は封印の札を張り付けて、ピクリともしない。
念のためもう一度封印の術をかけて、様子を見る。
「え? まじで?」
石を拾って投げてみれば、がっと当たってそのまま落ちた。
「.......え? 俺の覚悟は? 花田さんの送る言葉は?」
これじゃあ金八先生も禿げ上がるぞ。
「.......まじで?」
1歩ふみ出せば。
『さよなら』
「っ!!?」
一気に足を引っ張られ、頭を下にして宙に跳ね上がる。
「あっぶねぇ.......!!」
俺の糸が足を吊って、一気に距離をとる。
俺が立っていた場所は、黒ずんで何やらおかしくなっていた。
「やっぱりこんなもんじゃないよな。.......ていうかやっぱり話せるのか」
『こんにちは。1つお聞きしてもいいですかな?』
「キャラ変わりすぎだろ。.......随分友好的だな、さっきまでボコボコにされて、今は殺そうとしたくせに」
『ここは日本の.......沖縄ですか?』
「そうだ。なんだ? 観光か? なら静かに帰れ」
『そうですか! それは結構結構!』
急に立ち上がって悪魔はお辞儀をした。片手を胸に添えて、うやうやしく。
『では消えていただきましょう。ここは彼女の墓なのだから』
「ぎっ!!?」
公園に張った糸が震えだし、悪魔の近くに張った糸は黒ずんでちぎれ落ちた。
『生者はいりませんね。大丈夫、ここには骨も魂も遺しません。遺すのは彼女のものだけ。まあ、魂はもらってしまいますけどね』
「やっぱり.......お前契約結んでここに来たな! 契約主の目的はなんだ!?」
『親切な方、あなたは私どもの事、あまり知らないようだ。それにその力.......ちょっと私どもとは別ものですね。お強いのでしょうが、残念です』
「うるせぇ! 元いた所へ帰れえええ!!」
一気に糸を絞る。硬い、硬いが。
「.......いよっしゃああ!! 通ったあ!! 」
『.......おや? 腕が飛びましたね』
宙に舞った腕を札で抑える。腕は黒くなって固まった。
『本当にお強い。それに、勘がいい。これは.......』
ぞわりと身の毛がたつ前に。俺の糸が一気に引き上げられる。俺が判断するより前に、防御に糸が集中する。
『潰しましょう。なに、夕日まで時間があります。優雅に行きましょう』
赤黒い攻撃が来る前。ぱちんっと、場違いな音がした。
「和臣くん! 君はバカかい!?」
「変態!」
空の上で、変態の小脇に抱えられる。
いつもならイラつくだけなのに、不覚にも変態が来たことで希望を見てしまった。こいつなら、絶対。笑いながら悪魔も倒すのだろう。
「逃げるよ、和臣くん!」
「え?」
いつもムカつく笑みを浮かべる顔は、今焦りが張り付いている。
「変態?」
「あれはダメだ。きちんと手順を踏まなきゃね!」
「手順?」
「はははぁ! あれは悪魔、僕達の術は彼らに対応してないからね!勝ち目はないのさ!」
そう言いつつ変態が地上に手刀を下ろす。
「さあ! 帰ろう。大丈夫、悪魔は目的を終えれば帰るのさ、次の契約を待つためにね!」
「待て待て! あいつ沖縄に生者はいらないって!」
「うんうん! 全員死ぬね、じゃあ」
「へ?」
「悪魔なんてそんな物さ! 人の望は醜いと、信じ込んでる醜い奴なのさ。さ、早く帰ろう和臣くん! あ、君の彼女ちゃんくらいなら一緒に帰れるよ、安心したまえ! はははぁ!」
「え.......悪魔、倒せないのか?」
「悪魔を倒す、か。はははぁ! 無理さ! 君は勘違いしている! でも、君もどこかで理解しているはずさ! さっき君が言ったんだから! 帰れってね!」
心臓が嫌にドキドキとうるさい。下で何かが動き出した。
「悪魔を帰すには、手順がいるのさ! 儀式、儀式がいるんだよ! はははぁ、大掛かりなね!」
「.......っじゃあ! 儀式をすればいいだろう!?」
「和臣くん! 君も知っているだろう? 簡単に出来ないから、儀式なんだよ!」
知っている。準備に時間をかける事が重要で、道具も季節も人も、全てを調整し尽くしてやる物が儀式。
やろうぜ、と言ってできるものでは無い。
「変態」
足元に壁を張って、向かい合う。
「なんだい? 沖縄もこれで終わりか、僕は嫌いじゃなかったんだけどね! 君が海を好きだから!」
「絶対に負けられない。アイツをやっつけると約束した。俺は死んでもいい」
本気だった。本気で、この変態に手を伸ばした。
傍から見れば縋っているのかもしれない。この間も、その前も。でも、今回は。コイツを1人の術者、人として。共に戦おうと、手を伸ばした。
「手伝ってくれ。なんでもする、時間は稼ぐ。だから、俺と.......!」
「和臣くん。物事には、限界がある。絶対に超えられないものがね」
分かっている。分かっている、そんなこと。
「でも。」
変態は、安倍晴明という男は。ぱちんっと指を鳴らして、扇子を片手に笑った。
「君なら、それを超えられる。僕はそんな君だから、大好きなのさ!」
「.......じゃあ!」
「ただし!」
ビシッと扇子を向けられる。びりびりと、先程の悪魔に劣らない力が、俺に向けられる。不敵に笑った鋭い目が、俺の中身を串刺しにする。
「時間稼ぎは僕がやる。君は儀式をする方さ!」
「え、でも、俺。なんの儀式か知らないぞ!?」
「手順は教えるさ。それに、君は天才だ! はははぁ! 和臣くん、天才にだけ許された抜け道が、ここにはあるのさ!」
「なんでもやる! だから!」
下で赤黒い何かが弾けた。まだ俺の糸がぎちぎちと縛り付けているが、もう持たない。
「本気をだそうじゃないか!和臣くん! やっぱり君は最高だ! 運まで味方に付けるとは!なんせここには! 」
ビシッと札が投げつけられて。
「天才が3人もいるんだからね!」
ぱちんっと、視界が変わった。




