学校
新学期。崇高なる校長様のご高説を聞き、暖かな春の風を受け止めて、気持ちよく新しい机で眠る。
「おい、和臣! 今からラーメン行こうぜ」
「.......俺の睡眠を邪魔するとは.......田中、死刑」
「おいおい! お前始業式からずっと寝てるだろ? まだ寝るのか?」
「くそ、なんで田中と同じクラスに.......睡眠時間が」
「和臣.......学校は寝るところじゃねえ」
「わかってるんだよそんな事! それでも眠いの! 春だから!!」
「なんでキレてるんだよ.......」
2年になってもうるさい田中と同じクラスだった。
山田と高瀬は別クラス。しかし、そんなことはもはやどうでもいい。今は目の前の問題だ。
「和臣、帰りましょ」
机の前までやってきた葉月を見て、田中が口と目をめいいっぱい開けて、ぷるぷると震えだした。
「ほら、急いで。今日はおばあちゃん家行くんでしょ?」
いまだに震える田中を無視してカバンを持つ。
俺は静かに立ち上がり、静かに教室を出た。
「葉月」
「なに? ほら、急ぐわよ」
「俺はさ、もう学校で隠すつもりはなかったよ。うん、なかった」
「はあ?」
「でも、なんかこう.......急じゃない?」
「和臣ーーーー!!!!」
信じられない大声が教室から聞こえる。
そのまま田中が信じられない速さで廊下にやってきた。
「.......おう、田中。元気だな」
「か、か、かず、かずおみ、おまえ、おお、お前」
「.......あ、ごめんな。今日はラーメンパスで」
おかしな呼吸を繰り返す田中ががっしりと俺の肩を掴んだ。
「み、水瀬? みな、水瀬と?」
「.......」
「ま、まさかな。万年彼女なし同盟のお前が.......」
「.......すまない。本当に、すまない」
「お、おい! 頼む、嘘だと言ってくれ、和臣!!」
「くっ.......すまないっ!」
「あ、ああ.......」
田中が膝から崩れ落ち、瞬きもせず涙を流す。
「.......俺は、一体何を、信じていけば.......」
「田中.......」
なぜか俺も涙が出てきた。
熱い涙を流していると、葉月が7日前のもやしを見る目で俺達を見た。
「ちょっと.......ここ、廊下なんだけど.......」
よく見ればそこそこの人だかりができていた。
「あ、やべ」
ガシッと肩を掴まれる。恐る恐る田中を見ると、まったくの無表情で目が虚ろだった。
「ひっ」
「2年2組の七条和臣ーーーー!!! お前を許さないーーー!!」
「わ、わ、バカっ!」
慌てて口を塞いでも、田中の大声は止まらない。
「俺ら2年の宝を奪った、犯罪者めーー!!」
もう廊下には大量の人が出てきていた。
怖くて葉月の事は見られなかった。
「お、俺らの、希望、がっ! なぜ、和臣ごときに!」
「もうやだぁ.......学校生活終わったじゃん.......」
普通に涙が出た。
先程から人だかりの男どもから、ヒソヒソと何か言われている。と言うか、呪いの言葉しかかけられていない。
そして問題が女子。俺の事など知らないという声が8割、うるさい奴という声が1割、いいとこ無しという声が1割。死んだ、心も体も。
「ちょっと」
キュッと靴がなった。
「あなた達、何か文句でもあるのかしら? まさかとは思うけど、私の和臣に何か?」
一瞬で廊下が静寂に包まれる。
「言いたいことがあるなら言いなさい。直接聞くわ。それから.......」
葉月が俺の腕を引っ張って立たせる。
「和臣に手を出してみなさい。潰すわ」
そしてそのままスタスタと廊下を進む。
あまりのかっこよさにただ黙って葉月に引かれて歩く。
俺の弟子で彼女がカッコよすぎる。余裕で俺よりかっこいい。抱いてくれ。
「葉月さん.......あ、ありがとう.......」
俺は何かのヒロインか。
「.......ばかずおみ」
よく見れば葉月の耳が赤かった。
「えぇ.......? かっこいいと可愛いがすごい.......。俺の彼女がすごい.......好き.......」
もう大混乱だった。
「すっ! すきっ、とかっ、外で.......!」
「えぇ.......? もう何? 何がしたいの? 可愛いすぎる.......」
カバンで思いきり殴られて、婆さんの家までずっと小突かれたが、頭が混乱しすぎて全く痛くなかった。
「和臣、葉月。遅かったじゃないか」
「うん.......」
婆さんが何か言っていたがよく覚えていない。
気がついたら謎の黒い封筒を受け取っていたり、書類の催促の手紙を投げつけられたが、全く心がついてこない。
「和臣、その封筒どうするのよ」
「うん.......」
「.......聞いてないわね」
「うん.......」
拳で殴られた。
「い、痛い! な、なに? 怖い!!」
「.......」
葉月が売れないゆるキャラを見る目で俺を見た。
「封筒、開けて」
「は、はい!」
急いで封筒を開ければ。
「あーー.......」
急にテンションが下がる。ジェットコースター顔負けの急降下。
「なにが書いてあるの?」
「俺、これから右手骨折する予定だから無理だわ」
「は?」
「すいません。仕事です」
仕事の書類を見せれば。
ビシッと葉月が固まった。
「.......和臣、私これから全ての歯が虫歯になる予定なの。行けないわ」
「え? 葉月さん?」
葉月がぐっと眉を寄せて目を瞑る。
「今回の仕事は、他との合同だからな。ちょっと重要だぞ?」
「.......のよ」
「ん?」
葉月がギリっと歯を食いしばる。
「その場所、実家なのよ!!!」
俺達の、全く輝かないゴールデンウィークが始まろうとしていた。
本編後もお付き合いいただいている皆様、いつもありがとうございます!




