表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
山と桜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/304

龍主

「ほら、主に挨拶しよう」


 手招きして、2人を呼ぶ。

 2人が警戒しつつもこっちにやって来たので、焦ったくなってその腕をぐっと引っ張った。


「「きゃあっ!!」」


「はい、いらっしゃい」


 ()()を踏み越えた2人に声をかける。

 2人がばっと俺を見上げた。


「はははっ! 目が点ってこういうことか!」


「ちょ、ちょっと!!」


「和臣! 頭に!」


「うん?」


 ゆかりんは口を開けて固まってしまった。

 葉月は札を握っている。大丈夫だからしまってくれ。


「ほら、挨拶して。2人を気に入ったみたいだから」


 2人はポカンと口を開けてこちらに視線を固定したまま。

 俺の頭の上に顎を乗せている小さな龍の髭が、するりと俺の頬を撫でた。


「こんにちはって、ほら」


 2人はまだ動かずに口を開けて俺の頭の上を見ている。


『こんにちは』


 とうとう龍が先に挨拶した。


「ほら、2人とも」


「「.......こ、こんにちは」」


 頭の上からするりと龍が降りて、2人に巻きついていく。

 髭がぴくぴく動いていて、嬉しそうだ。


「良かったな、久しぶりに2人も来て」


『和臣も来ぬしな! 久しぶりだな!』


「7年ぶりか?」


『700年は待ったぞ!』


「そんなに経ったら俺死んじゃうから」


 すりすりと2人に尻尾を擦り寄せている龍は、太さは両手で抱えられる程。長さは俺の2倍くらいの、小さな龍だ。


『遊びに来いと言うたのに! 優香(ゆうか)はどうした? 次も二人で来いと言うただろう!』


「……母さんは、死んだよ。7年前に」


『は?』


 ビシッと空気が凍った。滝を流れる水の音が低く響く。心臓が凍えてしまいそうなほど、空気が硬く張り詰める。


『……そんなわけなかろう。あそこまで魅入られた娘はそうおるまい』


「うん。でも、人なんてすぐに死んじゃうんだよ」


『……本当に?』


「うん」


『もう優香は来ないのか? もう二度と?』


「うん」


 龍がするりと2人を離れて、とぷんっと水に入った。


「おーい。術とかかけ直すからなー!」


『……好きにせい』


 髭だけ水から出して、うねうねと水の中を動いている。


「じゃあ、2人とも。見といてよ、次から任せるから」


「「……」」


 先ほどの張り詰めた緊張からまだ抜け出せていないのか、2人は動かない。


「まずはな、水の流れを邪魔しているものを除いて……」


 岩陰にはられていた剥がれかけの札を取って、新しい物をはる。


「ここと、そこの岩と、あそこの木で結界の意味を作ってるんだ。主の住処が揺らがないように。他の山とかでもこういうのはよくある。覚えておいてくれ」


「「……」」


 一応結界も張り直して、未だ黙ったままの二人を振り向いた。ゆかりんは、そうっと葉月の顔を覗き込んで心配そうに眉を寄せていた。


「ま、こんな感じ。簡単だろ? ただ張り直すだけだから」


「……和臣」


「ん? どうした葉月。さっきの、そんなにびっくりしたか? 大丈夫だって、あの龍別に俺たちに怒ったわけじゃないからさ。それより、仕事は終わったから、もう少し遊んでやろうぜ。どうせ今帰っても電車ないし……」


「和臣!」


 いきなり。葉月がつかつかとよってきて、どんっと俺の両肩を押した。


「へ?」


 ばしゃん、と音がした時には、俺は川の中に座り込んでいた。すぐに龍が泳いできて、俺の足に尾を絡め擦り寄ってくる。


「つ、冷たい! 葉月、なんで!? 俺の何が気に入らなかったの!?」


 ゆかりんも目を見開いて驚いている。

 今回は俺が悪い訳ではないようだ。

 しかし葉月は眉を釣り上げて、怒った顔をしていた。


『和臣! 遊ぶか?』


「わ、ちょっと待て!」


 龍にびゅっと水をかけられる。もう頭から下までずぶ濡れだった。今日着替え持ってきてないのに。


「……え? これ俺が悪い感じ? 今日は真面目に仕事したのに?」


『和臣! 良いもの取ってこようか? 絶対嬉しいぞ!』


「……うん。お願い」


『待ってろ!』


 ぴゅっとまた俺に水をかけて、龍は飛んでいった。

 頭から水を流しながら、まだ怒った顔の葉月を見上げる。


「……葉月さん、一体どうなさったんですか……?」


「葉月、あんたここでストレス爆発したの? 今までの蓄積?」


 ゆかりんがよってきて、葉月に聞いた。

 そうか、今までの蓄積か……。泣くぞ。


「……ばかずおみ」


 葉月が、ゆかりんを無視してづかづかと川に入ってくる。


「わ! 葉月、靴! 脱げって! ビタビタになるぞ!」


「葉月、裾捲りなさいよ!」


 葉月は自分の袴を濡らしながら、川の中にいる俺の前まで来た。


「……仕事を嫌がらないと思ったら、そういう事?」


「……どういう事でしょうか?」


 葉月がぐっと俺の胸ぐらを掴んで、顔を近づけてきた。まさか殴られるのか。


「ひいっ」


「……この仕事、これからも和臣がやりなさい」


「えっ、だ、だって今回は俺が教えて、次からは全部任せようと……だから今回は頑張って仕事して」


「大事な場所でしょう!? 大事にしなさい!」


 ぐっと喉がなった。


「いつもすぐ泣くくせに、なんで今は我慢するのよ! もう濡れちゃったんだから泣けばいいじゃない!」


「……えっと、私、邪魔? あっちに行ってた方がいい?」


 ゆかりんがそろそろと離れていった。


「お母様のこと好きなんでしょ!? 本当は私たちと来たかったんじゃないんでしょう!? なんで我慢するのよ!」


「……えっと」


「そんなに大好きな和臣が会えなくて、すぐに会える私が会わないなんて、バカみたいじゃない!」


 困り果てて葉月を見れば、葉月の方が目に涙を溜めていた。そこで、ふと理解する。


「ああ……。葉月、ごめんな」


「なによ!」


 手で水鉄砲を作り、葉月の顔に向かって水をかけた。


「ああ、濡れちゃったな。もし泣いててもわかんないな」


「……っ!」


 葉月はびしょびしょの俺に腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。

 思えば、この間から葉月はおかしかった。

 ずっと泣きたかったのかもしれない。俺に何も言わなかったのも、不器用な彼女の気遣いで、言わないでくれただけだった。

 川の中でびしょびしょになりながら、葉月の熱い背中を撫ぜた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ