第49話 天に立つ
天が、落ちた。
隣で、白い人が手刀で天を薙ぐ。
真上の天が裂け、そこから何かが落ちてくる。
「ハルーーーーー!!!」
裂け目からゆっくり落ちてくる、ねっとりとした、何か。
天全体もゆっくり近づいてきているが、白い人が裂いたところだけが、いち早くこちらに落ちてくる。
この、富士山の、真上に。
「まっかせてぇ!! 【八壁・守護・御衛・固定・百歌】!!! 」
富士山の上に、無数の壁が張られる。
それはもはや、壁と言うのもおこがましい、五条治という天才にだけ許された美しい絶技。
そこに。
天から何かが落ちてきた。
「!!! っ、たかちゃーーん!! はやくぅ!!」
一気に、本来ならば1枚でどのような外敵からも術者を守り抜いてあまりあるはずの壁が、何十枚も砕け散る。
ハルは、天を睨んで小さな手で印を結ぶ。
そして、天に網がかかる。
兄貴の糸が、緻密に編み込まれて網になる。
落ちてきた何かを受け止める為に、ハルが張った壁の上に。
しかし、天から落ちる何かは止まることなく、糸をぶちぶちと引きちぎって地に向かってくる。
「ハル!! 思っていたより持たないぞ!」
「.......っ!! 和臣ぃ! こっちももたないかもぉ!」
予想していたより、それは絶対的だった。
「くそっ!! 俺も網を.......」
「七条和臣、行くぞ」
「っ!! しかし、このままでは持ちません!」
白い人は、すっと手を上げる。
そして、表情すら変えず、ハルに向かって静かに言った。
「持たせろ、五条」
「っっ!! 承知しましたぁ〜〜!! 頑張っちゃうよぉー!」
ハルのゴスロリから、大量の札が飛ぶ。よく見るとキラキラと光るシールも混じっていた。
それは未だ破られ続ける壁と網に張り付き、淡く輝き出す。
「【滅札の五・悟除有】!!」
ビシッと。何かの動きが止まる。
壁は固くそこに在り、網は天から落ちるそれを受け止める。
「七条和臣、行くぞ」
1度。大きく息を吸った。
「.......承知!! 【滅糸の七・糸緻助雨】!!」
あたりに張っていた糸を全て引き上げ、ついでに妖怪を消し飛ばす。
白い人と自分を糸が包み、糸が解けた時には。
「掬いあげるぞ」
「はっ!!」
ハルが空に張った壁を踏みしめ、兄貴の網を睨んだ。
今俺達は、人で最も天に近い場所に立つ。
網に受け止められている粘り気のある何かを超えた、その先に。白い人が天を裂いたことで、直接相見えることとなったのは。
「っっ!!」
いた。居た。あった。有った。在った!
そこに、絶対的な。
神が。
「七条和臣!! 飲まれるな!」
「っ! はっ!!」
人が天の神を見ることは許されない。
俺が見たのは、神の力のごく一部だけ。
たったそれだけで、心が離れて戻らなくなる。
白い人が引き戻してくれなければ、この場で終わりだった。
下から、音楽が聞こえる。
詩太さん達が神楽を始めたのだ。
それでも、ただそこに在る神は動かない。
「私が掬う、手伝え。そして、天を縫うのはお前だ。七条和臣」
俺はもう一度神を見て。
歯を見せて笑った。
「お任せを!! 七条家が次男、術者七条和臣! 見事天を掬い、縫い上げてご覧に入れましょう!!」
俺が、零様の部隊の副隊長になったのは。
天を縫うことができる術者が、俺だけだったから。
白い人の隣で、天を掬うことを許された才能を、俺が持っていたから。
俺に、絶対に守りたいものがあったから。
零様が両手を上げた。
そして、すっと。遠いどこかで、何かを掬った。
「っっ!! 」
隣から信じられない霊力が溢れ出て、全身の毛が逆立つ。
それでも、俺の糸だけは迷いなく、最適な答えを導き出す。
粘り気のある何かが、押し戻されていく。
そして、その代わりに。
神が降りてくる。
音楽が鳴り響き、零様が次元の違う術を数え切れないほどかける。
俺の糸は神に近づいた瞬間消し飛んだ。
それでも、すぐさま新しい糸を出して零様の術をフォローする。
「押し戻せ! 絶対に降ろすな!」
「はっ!!」
そうは言っても、俺の糸は1本たりとも届かない。
九尾の時のように、抵抗がある訳では無い。
どうしても捉えられない。
そこに在るはずなのに、俺では届かない。
人では、届かないのだ。
「ふっ」
零様が、息を吐く。
それだけで神の周りにあるどろりとした何かが吹き飛んだ。
それでも、やはり神は動かない。
足元の音楽が、止まった。
「振り返るな!」
地上で何があっても、振り返ってはならない。
俺は、ただ天を睨み続けなければならない。
「だあああああああっ!!」
一気に糸を絞っても、捉えた感触がない。届いた感覚がない。
それでも、降ろす訳には行かない。
なぜなら。この下には、俺の大事なものが詰まっているから。
俺が望んでやまなかった、普通。
俺が背中を任せた、術者達。
俺が1番想っている、俺の弟子。
それらが変わらず生きていくために、絶対にここで、これを食い止めなければならない!
「七条和臣! 私が出る、届けろ!」
「なっ!!.......承知!」
零様を糸で包んで、網を超えた場所まで届ける。
普通の人間ならば、そこに踏み入れただけで消し飛ぶ領域。
そこはもう、神の領域なのだ。
零様が上に行ったことで、この場の俺が操る糸にかかる負担が増える。
それでも。俺は絶対に、ここを通さない!
「おやおや、それ、辛くないかい? 使い方が違うんだよ」
耳元で聞こえた声は。
「やあ! 七条和臣くん、久しぶりだね! あそこのメンチカツはなかなかだったろう?」
黒いマジックハットに白いスーツ。
ニコニコと笑いながら帽子をとって礼をする男。
「じゃあ、線を引こうか! 和臣くん!!」
男が、黒い帽子を放り捨てた。




