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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
世の中にたえて桜のなかりせば

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位置について

 駆けつけた時には終わっていた。


 ドアを開けた先には、項垂れて椅子に座る、和臣の監視役の女性と、それを見下ろす花田さんがいた。二人の間に言葉はない。

 ドアの外に立っていた町田さんが慌てて私の肩を掴んだ。


「葉月! まだ開けちゃダメだって!」

「……和臣を」


 町田さんを無視して部屋に入り、監視役の人と花田さんの間に立つ。

 状況は移動中に大まかに聞いた。和臣が神隠しにあったと。同行していた監視役の人が総能に連絡し、一人保護されたと。なぜこの人だけ戻ってこれたのかというと、和臣の術によってヌシに見つからずに済んだかららしい。その山にあった人工物同様、監視役の人の手元にあったらしいスマホは真っ二つに捻り切られていて、本当にギリギリだったということ。

 それと。


「和臣を、探しに行かないって、どういうことですか」


 部屋の外で、中田さんがつまらなそうに小さく息を吐いた。

 表情を変えない花田さんは、にこりともせず低い声で言う。


「零様の判断です。隊長が消えるほどの相手にできることはありません。よって、本神隠し事案については、総能は一切の捜索を行いません」

「なぜですか」

「繰り返しになりますが、零様のご判断です。隊長が対応し切れなかった相手に、我々ができることはありません」

「なぜ五条隊長を呼ばないのよ!」


 静まり返る。ここはとある田舎の総能支部の一室で、私たち以外には誰もいなかった。

 つい数時間前に、和臣が神隠しにあったと連絡があった。急いで来たのに、特別隊全員が来ているのに、どうして、どうしてもう話が終わっているの。


「何人でも隊長を呼べばいいじゃない! 五条隊長の時はそうしたのに、どうして和臣は放っておくのよ!」

「零様の判断です」

「だから何で!」

「相手が違います」


 花田さんがばさりと紙の束を机に置いた。和臣の監視役の人が、目を伏せる。


「今回の相手は純粋な、大きな山のヌシです。それも、以前管理に大きく失敗している。もうずっと前に、接触すべきでないと判断された相手です」

「……なら、和臣のお父様に頼めばいいじゃない!」

「接触すべきでないと判断したのは、過去の当主たちでもあります」


 頭が熱く、言葉が出ない。何かもっと言うべきこと、考えるべきことがあるはずなのに、ただ息を震わすことしかできなかった。


「隊長は、零様による接触禁止の判断を破り山に入りました。神隠しに合うのは当然です」

「……」

「術者なら、誰でもわかることでしょう」


 花田さんが、私の横を通り抜けて監視役の人の前に立った。見たこともないほど冷たい目で、監視役の人を見下ろしている。


「満足か?」

「っ」

「隊長もバカじゃない。本来ならこんな仕事を受けるはずがないんだ。俺たちを人質に隊長を脅したんだろう。それで、隊長を思い通り動かせて、満足か?」


 監視役の人は俯いたまま。


「……私は諸々の手続きをしに京都へ戻ります。皆さんも今日はご自宅へお帰りください」

「部長。部長が殴らないなら私が2発この人を殴りますが」


 中田さんがするりと花田さんの横に立った。町田さんが弾かれたように顔を上げる。


「それでも一生許しませんけどね!」


 中田さんが笑って手を振りかぶった。

 その手を掴んで止めたのは、私だけだった。町田さんも花田さんも、私の方を見て驚いている。


「……だめよ、中田さん」

「どうしてですか。水瀬さんが先に気を晴らしたいのなら、お譲りしますよ」


 本来私は、手の早いタチだ。自分の言葉よりも拳に自信がある。それでも。


「助けなくちゃいけないのよ」

「水瀬さん、残念ですが、和臣隊長はもう……」


 中田さんが痛ましそうにちらを見たが、違う。

 全部全部、違う!


「この人が助けてって私たちを呼んだんじゃない! 総能は能力者(私たち)のための組織でしょう!? だったら、助けなくちゃいけないじゃない! 和臣を連れて帰って、この人を助けなきゃ!」


 監視役の人の目から涙が溢れた。中田さんは私と目を合わせてくれない。でも、その目線の外れた目尻は、化粧が滲んでいる。


「和臣が言ったの! 困ったら総能に電話しろって! 助けてくれるからって! 私が、まだ何も知らない時に……私、それだけで、すごく安心したわ。助けてくれる人がいるってわかったから!」

「……」

「この人が言ったの! 危ないことは管理部に連絡しろって! 私、もう特免も持ってるのに! でも嬉しかったの、私がやらなくたって、助けてくれる人はいっぱいいるって思ったから!」


 もう自分が何を口走っているのかよくわからなかった。元々口下手な方だし、今は気が立っている。それでも、誰も何も言わないので、息を吸った。


「だから! 助けてと言われたら! 助けなくちゃ! そのために、その声を(すく)うために、私たちはこの服を着てるんじゃないの!?」


 胸元に白い円の染め抜きのある黒い和服。自分の襟元を掴んで言った。

 でも、誰も何も言ってくれなかった。


「……いいわ。私、一人で」

「ねえ葉月」


 部屋を出ようとしたのを、町田さんが止めた。腕を組んで、顎をあげて、ふんと鼻を鳴らしている。


「あんたさ、この世界短いから、実感ないんでしょ」

「……何よ」

「この状況で一人で、なんて言えちゃうお気楽さ、笑っちゃうって言ってんのよ」


 だん、と町田さんが右足で床を蹴った。部屋全体が揺れたかのような振動が伝わる。


「あんた、初めて会った術者が七条和臣で、麻痺してんのよ。アイツについてってるせいで、ヤバイ妖怪ともたくさん出会ってるし、術者はじめていきなりこんな部隊にも入っちゃうし。舐めてんのよ、この仕事」

「そんなこと」

「そんなことあるって言ってんの!」


 町田さんの大声に思わず短く息を吸った。町田さんが、見たこともないほど眉を吊り上げ、歯を剥き出しにして怒っている。


「あたし達、人間なの! 勝てないの! 勝てないものがあるの!! わかんなさいよ、そんくらい勉強しときなさいよ!! なんでもできるスーパーヒーローじゃないの、私たち!」

「でも」

「舐めんな! 私たちは人間、地上で生きる人間! それが上にいるカミサマに楯突こうなんて、舐めてんじゃないわよ! 忘れたの? 4年前、天が落ちた時、私たち何した? 術者総出で、被害を小さくするために走っただけでしょ! 被害出さないようにカミサマ倒しましょうなんて誰も言わなかったでしょ! 負けんの、絶対に!」


 そんなことはわかっている。和臣もそういった。人は神に勝てない。超えられないと。

 町田さんは顔を赤くして、肩を怒らせて、だんだんと鈍い音で床を踏みながら私を怒鳴りつける。


「ヌシは妖怪じゃない! 倒せないから9つの家があんの! だからあの家は偉いの! だからあたし達はお仕えするの!」


 町田さんが言葉を切る。それでも、ぜえぜえと荒く息をしながら、私を睨んでいた。

 花田さんも中田さんも、同じような目で私を見る。

 諦めを知れ、と。人の限界を知れ、と。


 人は、神に敵わない。


「……ねえ、ずっと疑問だったのだけれど」

「何、今更、お勉強? は、いいわよ、教えたげる。言ってみなさいよ」


 町田さんが私をバカにしたように、わざと腕を組んで言った。こんな町田さんは初めて見るので、本当は少し怖い。だって町田さんは、私の、初めての、視える友達だから。嫌われたくない。離れていってほしくない。

 でも。

 きっと、私だけが、この世界の常識を知らない私だけが、諦めないでいられるから。


「ヌシって神様じゃ、ないわよね?」


 待っていて。


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― 新着の感想 ―
花田さんが最高に良い、痺れる。単語、単語に重さと切れ味がある。花田さんの冷たい目を想像するだけで背筋が凍りますね。相当キテるので、まぁすんごい目で見下ろしてるのでしょう。 最高です。
この場の全員情緒滅茶苦茶だろうな あとその拳は行かせた奴らに取っておこう
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