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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
世の中にたえて桜のなかりせば

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不審

「あなたはいい加減に、怪しい話についていくのをやめて、すぐに管理部に報告してください! 本当に人の霊だった場合近づくべきではありませんし、そもそも金銭が絡む話にはもっと慎重になるべきです」

「だって管理部に頼むより私がやった方が早いじゃない。それに、お金は大事よ」

「ん゛――――!!」


 夕方の帰り道。二人のやりとりを聞きながら、もう全部諦めて携帯で魚の捌き方動画を見ていた。弟子の教育間違っちゃったかな。でも、本当は根はいい子で正義感があるんです。ちょっと加減が分かってないっていうか、不器用なだけで。師匠として涙が出てきた。


「というか! 和臣様! 後見人であるあなたからきちんと言って、」


 監視の人がこちらを振り返った瞬間。きゅうとその目が開かれる。やけにゆっくりと見えたその動きを、最後まで捉える前に。


「和臣様!!」

「はえ?」


 鈍い音。

 気がつけば、空を見ていた。


 赤い赤い、夕暮れを。






 どこか暗い場所。一面に咲く赤い花と、静かな川の前で、白い着物を着て立っていた。

 ここにいてはいけない。わかっているのに、どこか冷静な自分がいた。


「またここかー」

「なにヘラヘラしてるんだーー!! お前いい加減焦れよ! 一応臨死体験だぞ!?」


 川の先。

 いつの間にか立っていた、鋭い目をした男が怒鳴っていた。あちら側にいる人にこういう言い方が正しいのかは不明だが、相変わらずそうである。


「あはは、お久しぶりですー。今日も予知夢ですかねえ、道満さん」

「お、お前……! お前……!!」


 零様のご先祖様である千年前の陰陽師、蘆屋道満さんは、もう叫ぶのをやめて握った拳をぶるぶると振るわせていた。お元気そうでなにより。ところで変態はそちらで元気にやってますか。


「……もう、疲れる。お前たちと話してると本当に疲れる」

「ああ、やっぱり元気ですか、変態」

「アイツが静かな時なんて無……いや、今はお前だ。とにかく本題に入るぞ。時間がない」


 道満さんはサッと表情を引き締めて、鋭く俺を見つめた。その視線に、思わず一歩たじろぐ。だって、静かな坂の上から見下ろしたその顔が、あまりにも。

 あまりにも、真摯で。


「〓〓な」


 道満さんが口を開いて何か言った。先程までと変わらない声量なのに、なぜかよく聞き取れない。思わずえ、と声がでたのに、道満さんはそれが当然だと言うように話し続ける。


「お前は私とは違う。〓〓ってしまうぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください。何か声が、」


 変です。

 そう言おうとした瞬間、ざあ、と風が吹いた。目に痛い赤の花弁が舞って、思わず顔を背けた。咄嗟に閉じた目が開けられない。風の音がひどくて何も聞こえない。ただ自分の血の色で赤いだけの視界に、くらりとした。


「……私は!」


 風を切り裂くように、鋭い声が届いた。


「お前たちに〓をやった!」


 聞こえない。耳に音は届いているはずなのに、何を言われたのかがどうしてもわからない。それが不安で不安で、悲しくて。思わず、目を開けられないまま、あの人の方へと手を伸ばした。


「我が〓は〓〓〓〓! お前たちの、〓になった〓だ!」


 何も掴めなかった手が空を切り。


「あと、予知夢なんてそうそう見れると思うなよ若造! これは私の親切心だ! …………まあ、死人に口はないんだがな」









 はっ、と目が覚めた。


「和臣! ちょっと、どうしたのよ!? 大丈夫なの!?」

「頭を打ちましたか!?」


 大慌ての二人に、大丈夫だと知らせるために手を振った。地べたに寝転んでいたところから起き上がれば、二人が真っ青な顔で手を貸してくれる。その手を断って一人で立ち上がり、ぱんぱんとズボンについた埃を払う。

 そして、地面からソレを拾い上げた。


「……バナナの皮。なぜこんなところに」

「大丈夫なの? あなた、急に後ろにひっくり返ったのよ?」

「お、驚かせないでください……」


 じんじんと痛む後頭部を抑えた。おそらくコブになっている。道満さん曰く、一応臨死体験だったらしいが、その原因がバナナの皮って。笑いたくても笑えない。間抜けがすぎる。


「俺、絶対こんなんで死にたくない……」

「当たり前でしょ!! 何言ってるのよ!」


 葉月が怒っている。一方で、ひどく疲れた様子の監視の人。すみません、もう絶対歩きスマホはやめます。


「なんで、歩いているだけで転ぶのよ」


 スマホをポケットにしまって歩き出したところで、まだ怒った声音の葉月がこちらを見やった。


「いや、これは俺のせいっていうか、バナナのせいっていうか」

「せめて受身はとってちょうだい」

「俺だってとりたいよ。でも追いつかないんだよ、反応が」


 監視の人がもうがっくりと肩を落として喋らなくなってしまった。トボトボと歩幅を小さく歩いているせいで、どんどん俺たちから遠ざかっている。ごめんなさい。


「仕方ないわね」


 する、と葉月に手を取られ、指が絡まる。突然のことに驚いて、ずいぶん近い位置にあった葉月の頭を見下ろした。すぐに、形の良い目がこちらに向けられる。


「あなたが転んだら引っ張り上げてあげるわ。私、足腰には自信があるの」

「おお、ほんとに頼もしい。ありがとう」

「それに……」


 言葉を切った葉月が、目線を地面にうつす。そこにはまたバナナの皮があった。ここ猿山の跡地か何かですか。


「……今日はデート、だもの」


 思わずあんぐりと口が開いた。葉月は、自分で言ったくせにもうこちらを見てもくれないが、繋いだ手にきゅうと力が入っていた。

 落としてあげられた。もう幽霊映画とか臨死体験とかどうでもいい。俺は弄ばれていますが彼女になら喜んで遊ばれますのでどうかお気になさらず。本望です。


「ほ、本当ならもっと可愛い服を着る予定だったのよ? この前、町田さんと買いに行ったの」

「それは見たかったなあ」

「!!」


 葉月が立ち止まる。声もなく口を開け閉めして、最後には真っ赤な顔でこちらを見た。はい、可愛い。どうか弄んでください。


「ま、また次のデートで、見せてあげるわ。だ、だから、今度は、何も出ない映画に行きましょう」

「やったーー!!」


 繋いだ葉月の手ごと振り上げて叫べば、真っ赤な葉月が開いた手でバシンと俺の背中を叩いた。

 今度こそ本当に葉月からデートに誘ってもらったぞ。しかもおしゃれしてきてくれるらしい。もうこれだけで冬は終わり桜が咲いてもおかしくない嬉しさだ。俺が人類で一番ハッピー。


「映画は来月公開のコレにしましょう。今日の映画館の館長に、チケットはもうお願いしてあるの」

「え、これガチホラー映画……」

「吊り橋効果を狙うのよ。デートの基本だって、サイトに書いてあったわ」


 それ付き合う前のデートでやることでは。

 そう思ったが、葉月がどうやらデートのために色々と準備(幽霊映画退治含め)していたことが察せられ、もう全てどうでも良くなっていた。俺もそのサイト通り、クライマックスのシーンでスマートに彼女の手を握らねば。


 いつか見た怪しい恋愛相談サイトのことを思い出しながら家に帰れば、廊下の端で監視の人がなぜかサングラスをかけてこちらを見ていた。

 全て謎だった。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。ありがとうございます! えへへ~読めて嬉しい、楽しい。 相変わらず和臣が元気で読んでて和みました。 びっくりして箸を折る葉月も可愛い。ありがてぇ。 なにやら一波乱ありそうな雰…
なぜサングラス? 前話の指切りと言い零の家関連の何かに巻き込まれそう
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