内見
お久しぶりです。
書籍化いたします。
3月14日に書店でお会いしましょう!
「今日の体育はやばかったなー」
「授業中の試合であんなに苦しそうだったのはあなただけよ」
夕方の最寄駅。
なぜか大学生になっても必修科目だった体育を命からがら終え、やっとここまで帰ってきた。
誰だ体育なんて軽く遊んでいれば単位もらえるとか言ったやつ。たった一回のバスケで死ぬほど走らされた上、七回も顔面ボールキャッチを決めたぞ。先生もちょっと引いてたし、これで落単したら抗議のデモを開催する。一人で。
「あ、葉月夕飯食べてくだろ? 姉貴がさ、今日は仕事帰りにデパ地下で豪遊してくるって言ってて」
「ごめんなさい、今日は用事があるからここでお別れするわ」
「えっ」
デパ地下グルメにも勝る用事があるのか。というか、近頃ほぼ毎日のように葉月がウチで夕飯を食べていたので、断られるだなんて思っていなかった。夜はみんなで桃鉄やろうと思ってたのに。
後ろで、監視の人も驚いている気配がした。
「……なあ葉月、それってなんの用事?」
「内見よ」
「え!? 引っ越すのか!?」
本日二度目の衝撃。聞いてないんですけど。
「ど、どうしたんだよ急に。今のアパート、バス停近いしいい物件じゃん」
「強制退去になったの」
全てを察して泣いた。可哀想に。すみません管理会社の人、この子悪気はないんです。ちょっと力加減が下手なだけで。
「建物の安全上の問題が見つかって、急遽取り壊しが決まったの。それで、来週までに退去しなくちゃいけなくなったのよ」
「あ、そういうこと?」
思わずホッとため息をついた。よかった俺はてっきりアパートの柱でも折ったかと。
「……災難ですね」
「ええ」
安心している俺の横で、眉を下げ心配そうに物陰から出てきた監視の人が、葉月と次の物件について話しをし始めた。何やら強く北向きの部屋はやめておくように勧めている。失敗経験があるのだろうか。
「これから内見に行く物件は南向きですか?」
「わからないわ。チラシには書いてなかったの」
「それは……」
真剣な顔で唸り始めた監視の人。他にも2階以上は必須だとかゴミ捨ての時間だとかをぶつぶつと呟いている。やけに葉月を心配しているようだ。
そういえば最近、この2人は仲がいい。夕飯の後などナチュラルに俺抜きで話し込んでいる時がある。話の内容はテレビのことから健康のことなど他愛もないのだが、お互いその穏やかな時間を楽しんでいる様子だった。あれ、2人って俺の彼女と監視の人でしたよね。なぜ俺が話にはいると穏やかな空気が一変するんでしょうか。
「そのチラシ、一度拝見しても?」
「ええ」
葉月が、ピラりとポケットから一枚のチラシを取り出した。やけに安っぽい印刷だな、と思って見たそこには。
「駅近10分、1LDKで風呂トイレ別、光熱費込み、敷金礼金なし」
「そうなの。いい物件でしょう?」
「いわくつき幽霊マンション。家賃二万、管理費なし」
監視の人が絶望した顔で葉月を見た。安心してください、俺も同じ気持ちです。
「あ、あな、あなたまで、こんな、」
「ちょうど良い物件があって良かったわ」
「これは詐欺です!!」
監視の人が髪を乱し叫んだ。俺もそう思います。
「あなたは! 常識的な判断ができると思っていたのに! なぜ! こんな怪しさしかないチラシについて行こうとしているんですか!!」
「家賃が二万円だからよ」
「ん゛――!! そこが一番怪しいでしょう!!」
俺の代わりに監視の人が怒ってくれているので、俺は静かにチラシを見直していた。よくみたら小さい文字で全部屋空室なんて書いてあった。怪しすぎるだろ。
腰元のランプの中で、トカゲが大あくびをして弱火になる。おい、寝るな。泣きそうな俺を励ましてくれ。
「幽霊が出るなら退治すればいいわ。それで二万円ならお得よ」
「得ではありません!! 大体、本当に霊が出るなら下手に近寄らずまず総能に連絡を」
「だからこれから本物かを確かめに行くのよ」
「ん゛――!! 和臣様! あなたからちゃんと言ってください!」
急に俺の番になって思わず肩が跳ねた。しかし、ここは師匠として、しっかり叱らねばと表情を引き締める。
「そうだぞ葉月。こんな罰則規定に色々引っかかりそうなチラシ、視えない人が面白がって作ったに決まってるって。つまり、これは詐欺だ」
この内見に行ったら最後、ヤのつく自由業の方達に部位ごとに販売されるか、マッドサイエンティストが人類を水中に適応させようと行っているエラの取り付け人体実験の材料にされるのだ。絶対に行かない方がいい。
「なら他の人が被害に遭う前に確かめて警察に行かないといけないじゃない」
「なんでここで正義感出しちゃうの? 普通に警察に言おうよ」
「まだ二万円の幽霊物件の可能性もあるもの。とにかく行かないと」
「葉月? どうした? 話聞いて?」
俺と監視の人の制止も聞かず、スタスタと歩き出す葉月。俺と監視の人が咄嗟に腕を掴んだが、俺たちごと引きずって歩くので葉月は止まらなかった。足腰が強すぎる。
「止まれ葉月―――!! 俺は自分の彼女が詐欺にあうのは嫌だーー!!」
「問題ないわ。詐欺師だったら顎先を狙うもの」
「止まりなさい水瀬葉月! 人間の霊には軽々しく関わるべきではありません!!」
「大丈夫よ。私、今何も怖くないの」
見上げた葉月の目は、据わっていた。
「うわーー!? 何があったんだ葉月―!?」
「この立地で家賃二万円。絶対に住むわ。詐欺師を倒してでもね」
「頼むからお金のことになるとちょっとバカになるのやめてくれーー!!」
結局、内見場所まで引きずられて行った。




