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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
一夜百話物語

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夜間

 坂田が口にした儀式の名前に、思わず座ったままふらりとよろけた。トカゲが心配したように擦り寄ってくるが、ちょっとめまいが治まらない。コイツら、アホだとは思っていたが本物のアホだったのか。


「大丈夫か和臣!! 安心しろ、俺が守ってやるからな!!」


「こういうのは、軽率にやるなよ……」


「すまん! 1晩きっちり暇を潰せると思ったんだ!!」


 びし、と腰を折る藤田。反省しろ、そして二度とやるな。


 百物語とは。

 本物の怪異を呼ぶ儀式である。新月の夜、数人で集まって暗い部屋に100本の蝋燭を立て、怪談話をひとつするごとに蝋燭を消していく。その他多くの手順や約束事があるが、ともかく百物語という儀式の最後には、本物の怪異が現れる。ただでさえ怪談話で恐怖心が膨らんでいるため、百物語で呼んだ怪異の退治は厄介なのだそうだ。

 昔は新人の術者が肝試しにやらされる事もあったらしい儀式だが、今どき実際にやったなど聞いたこともない。どう考えてもコンプライアンス違反だ。


「和臣ってそういうの気にするタイプかー」


「なんでもいいから、もうやるなよ。冗談抜きで」


 ため息を飲み込んで、部屋を見渡す。

 正確な手順を踏んだ訳ではないだろう。実際、戸を閉めた後にも明かりをつけているし、蝋燭も9本しかない。

 しかし、手順の大まかな部分は合っている。合ってしまっている。そのせいで、現在この部屋は霊的に閉じられ、儀式の場となっていた。

 おそらく、部屋の中に俺というこの程度の儀式を行うには十分すぎる霊力の塊がいながら戸を閉めた時点で、儀式のスタートラインには立っていたのだ。さらに、部屋のほぼ中央に俺の「血」を置いた(捧げた)ことが引き金となったのだろう。腐っても七条本家の血だ。時間的制約のある儀式をやるにあたっては、これ以上ない対価になる。

 そんな、霊力は十分、特殊アイテムでブーストまでしている所に、大雑把ながら手順を踏んだことで、『百物語』という儀式が始まってしまった。


 うん、9割くらい俺が血出して部屋にいたせいでインチキ儀式が本物に格上げされちゃってるな。コイツらだけでやってたら何も起きず、ただの怪談大会で終わったはずだ。つまりこれは俺のせい。最悪。


「よし、やめよう! 全員で盛り上がれる暇つぶしを考え直すんだ!」


「ダメだ」


「和臣、無理しなくていい! 俺は!! お前を犠牲にした余興なんて! 楽しめない!!」


 違う。

 始めた儀式を途中でやめることは、禁忌なのだ。始めたのなら完成させなければ、そのシワ寄せがくる。

 百物語は、たとえ完成させようとも怪異が襲ってくるというデメリットしかない儀式だが、途中でやめたらもっと手が付けられない。この場に術者は俺だけ。1番リスクが少ない行動をすべきだろう。


「次、誰が話すんだ? いいなら俺が話す。あと、蝋燭が9本しかないから、10分の1規模でやるぞ。だから怪談は9個だ。俺のランプを最後の蝋燭の代わりにするから、話し終わったら1本ずつ吹き消していい」


「なんだ、急にガチになったな和臣。安心しろ、プロテインは除霊もできる万能の粉なんだ。特にこのバーベキュー味はよく効くと思う」


 ランプの中のトカゲが胸を張った。ランプの金細工により、大抵の人にはトカゲがいるとは気づかれない。


「あと、絶対にドアは開けるなよ。朝までだ」


「おーい、トイレはどうすんだー」


「漏らせ」


「「「ひでえ」」」


 ごほん、と咳払いをして、口を開いた。


「俺が中学生のころの話だ。いつも通り学校に行ったら、学校近くの路肩に黒い車が止まっててさ。窓も黒くて中が見えないから、変だなと思って通り過ぎたんだ」


 全員思いのほか真剣に聞いている。コイツらに変に怯えられては、儀式とは無関係な怪異がよってくるかもしれない。なので、あまり怖くない怪談をすることにした。


「それで、通り過ぎたと思ったら……いきなり後ろから腕を掴まれて、口を塞がれてその車に押し込まれてさ。ちょうど見回りしてた先生が助けてくれたんだけど」


「いやいやいやいや」


 3人の顔が青ざめている。なぜだ、まだオチまで言ってないのに。ちなみに、この後警察に連行されていく犯人が笑顔で「また来るよ」と囁いてきたのがオチだ。その犯人はまだ来てない。


「そ、それ誘拐だろ。和臣、お前大丈夫だったのかよ」


「中学生男子でも誘拐とかされるのか……」


「和臣! これから学校帰りは家まで送ってやるからな!」


 とりあえず、ふう、と蝋燭を吹き消した。これで2個目。残りはあと7個だ。


「次、藤田なんか話せよ」


「わかった。これは俺がドッペルゲンガーを見た話なんだが」


「オチ言っちゃってるぞー」


 ど、と笑いが起きる。グッジョブだ藤田。


「大学の、古い校舎の方に中庭があるだろ? この間、たまたまそこに行ったら……和臣、お前の知り合いの建築家の先輩、あの人が自分のドッペルゲンガーと殴り合いをしてたんだ。ドッペルゲンガーを見たら死ぬって言うけど、結構物理的暴力で死ぬっていうのは初めて知った」


 おーけー、その話の正体分かったわ。

 ひと仕事終えたように汗を拭った藤田が、ふんっっ、ととんでもない肺活量で蝋燭を吹き消した。待て、どのタイミングで汗をかいた。この部屋肌寒いぐらいだろ。


「じゃあ次は俺かー」


 幸田がお菓子の袋を置いた。


「俺ん家、親両方とも働いててさー。昔から弟と2人でよく留守番してたんだ」


「へえ、幸田弟いたのか」


「2個下だけど俺よりデカいぞー」


 想像もつかない。


「まあ、それでなー。その日も留守番してたんだよ。そしたら、電話かかってきちゃってさー。親が留守の間は電話に出ないって約束だったから、無視してたんだ。でも、切れたと思ったら何度も何度もかけ直してくるし、さすがにうるさくって電話に出たんだよ、俺ー」


「しつこいセールスか? 俺ん家呉服屋なのに着物のセールスで2時間話されたことあるぞ」


「和臣、お前相槌禁止な」


「はあ!?」


 坂田に物理的に口を塞がれる。暴れたが圧倒的筋力差で手も足も出なかった。無念。


「それで、電話にでたらさー。弟の声で、今日友達ん家で晩メシ食ってくるって言うんだよ。弟は一緒に留守番してるのに」


 幸田は、ゆっくりと蝋燭を手に取った。


「それで、一緒にいた弟に声かけたんだ。お前友達ん家とか行ってないよなって。……そしたら、弟なんて言ったと思う?」


 無意識に、ごくり、と喉が鳴った。

 蝋燭で顔を下から照らした幸田は。





「バレちゃった!!!!」




「ぎゃああああああ!!!」


 突然狂気的な笑顔を浮かべ大声を出した幸田に、思わず叫んで近くにいた坂田にしがみついた。お、大声は反則だろう、光使うのは反則だろう。やばいやばいやばい、もう俺清香と留守番2人で出来ないかもしれない。


「まあ、こんな感じかなー」


 ふー、と表情を戻した幸田が蝋燭を消したが、俺のバックバクの心臓は全く治まらない。若干涙まで出てきた。落ち着け俺、お前一応プロの術者だろ、ビビってんじゃねえ。うるせえ本物が出てきた方がむしろ怖くないんだよ。もう全部俺が退治するからやめちゃおうかな百物語。そっちの方がいい気がしてきたな。


「おい和臣、お前もうちょっと頑張れよ。せっかくの怪談なのに、自分より怖がってる奴がいると怖くなくなるだろ」


「さ、坂田、が、怖くなくなったなら、本望だ……!」


「泣くな和臣! あと暑いなら上を脱ぐといいぞ!」


 馬鹿野郎これは冷や汗だ。


「じゃあ、1周したからまた俺だな」


 坂田が、蝋燭を手に取った。

 夜は、まだまだ続く。

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