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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
一夜百話物語

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物語

 激しい後悔。

 その一言に尽きる。


「家に帰りたい……」


「泣くな和臣! 吹雪が止んだらちゃんと送り届けてやるからな!」


 吹雪の雪山。

 その中にぽつんと立つロッジに、むさくるしいラグビー部3人と、取り残されていた。


 端的に状況を説明したいと思う。

 冬休み、アホ3人にスキーに行こうぜと誘われて現地に着けば、スキー場近くのロッジの住み込みバイトだった。マジでいい加減にしろお前ら。

 さらに、現在猛吹雪となり、帰宅どころか下山困難。ロッジのオーナーはちょうど車で買い出しに行っていて帰ってこられないため、今この小屋にいるのはアホと俺、あとランプに入ったトカゲだけ。


 ここが地獄か。


「監視の人も居ないし……本当に帰れないかもしれない……」


「ん? 監視? なんだ?」


 監視の人は、先程オーナーの車に乗せられ買い物に連行されて行った。宿泊客でもないのにロッジに居たのを見つけられ、強制労働となったのだ。色々ごめんなさい。


「泣くな和臣! 俺が絶対お前を家に送り届けてやる!」


「それより夕飯食おうぜー、お客さんいないから俺たちだけで食料食い放題かな?」


「プロテインが凍るか実験してくる」


 もう嫌だ、帰らせてくれ。

 アホどもにせがまれて夕飯を作りに台所へ行けば、食材が米と缶詰しかなかった。だからオーナーは買い物に行ったのか。


「米炊いておにぎりだな……」


 奴らに米とぎを任せると米を割るので、仕方なく俺が冷水に手を突っ込んで米をといだ。手がかじかむ。


「くそ、ここ水道お湯でないのかよ……って痛っでえ!!」


 濡れたままの手でツナ缶を開けたら、ずり、と滑って思い切り缶のふちで手を切った。人差し指の第2関節あたりから付け根にかけて、大して深いキズでは無かったものの、ぶわりと血が溢れる。

 指先を伝ってシンクに落ちた血に、トカゲが暴れだし最終的に死んだフリをした。落ち着け、今日は奇跡的に持っていたハンカチを持ってるんだ。グッジョブ俺、というか家を出る時に持たせてくれた姉貴。


「おーい和臣、こっち来いよ!」


「米ならまだ炊けてないぞ」


「いいからいいから!」


 ロビーの方からかかった声に、ランプをもって向かえば、何故か電気が消され、どこから持ってきたのか映画で見るような3つの蝋燭立てに、火がついた蝋燭が3本ずつ立てられていた。さらに、ぱたんとドアが閉められ、本当に蝋燭と俺が持ったランプ以外の明かりが無くなる。


「なんだよ、停電ごっこなら付き合わないからな」


「ちげーって。……ん? 和臣、その手どうした?」


「缶で切った。だからおにぎり握るのはお前らでやれよ」


「け、怪我したなら呼べよ!」


 ザワつくアホ共。ぱちん、と部屋の電気がつけられ、3人に傷口を観察される。あんまり見るなよ、照れる。


「結構ざっくりいったな……和臣、よく泣かなかったな! 見直した!」


「藤田、お前俺のこと小学生だと思ってる? それとも単にバカにしてる?」


「そんなに深くなさそうで良かったなー。 血も押さえてれば止まるだろ」


 どこからか救急箱を持ってきた幸田に絆創膏を貼ってもらう。微妙に傷が収まりきらず、3枚も絆創膏を貼られた。しかもどれも若干しわくちゃ。まあでもありがとうな。

 血のついたハンカチをどうしようかと迷っていたら、藤田がビニール袋を持ってきてくれた。とりあえず、忘れないよう蝋燭立てが置かれた机の端っこに置いておく。あれ、そう言えばなんで蝋燭なんてつけてるんだコイツら。火遊びしたいお年頃なのか。やめとけ、ボヤ騒ぎは本気でやばいぞ。


「なあ、ロウソク消していい? テレビ見ようぜ」


「ああ、いまちょうど吹雪のせいでテレビも映らなくなったぞ」


「何!? ど、どうすればいいんだ……!! テレビが見られないなんて、この世の終わりだ! 俺はここで朝を迎えず死ぬんだ……」


「怪我は我慢できてテレビでは泣くのか……」


「和臣って若干テレビ中毒なとこあるよなー」


 テレビ面白いだろうが。それに、今日は夜の特番にゆかりんが出る予定だったんだ。こんなことになるなんて思っていなかったから録画もしてきていない。

 あまりの絶望に涙を流していると。


「泣くな和臣! テレビ以外の暇つぶしの方法ならさっき考えたんだ!」


「誰かUNO持ってきてたのか?」


「ゲーム系は何も無い! けど大丈夫だ! 1晩きっちり暇を潰せる案をネットで調べた! 絶対に退屈させないからな!」


 泣いた。テレビもUNOもないんじゃ、俺たちはただただ1晩吹雪の中テレビの砂嵐を眺めることしか出来ない。精神が崩壊するかもしれない。


「よし、じゃあ気を取り直して、やるか」


 坂田がそう言って、パチンと部屋の電気を消した。だから停電ごっこには付き合わないって言っただろ。火も危ないから消せ。


「俺さ、中学の頃、夏休みに学校に忘れ物して取りに行ったことがあるんだ」


 机に置かれた蝋燭の正面の椅子に座った坂田が、脈絡もなく話し出す。この吹雪の中でも熱苦しい藤田は、暖房から1番遠い位置の床に腰を下ろした。しかもジャージの上を脱いで半袖になった。代謝の化け物か。


「それで俺、鍵借りて教室に行ったんだよ。その時さ、職員室に同じクラスの女子がいて、進路のことかなんか相談してたっぽいんだけど」


「?」


 よく分からないまま、ランプを抱いてロッジのソファーに座った。隣に座った幸田が、ポテチの袋をくれる。本当に袋だけで中身は食い荒らされた後だった。ただのゴミじゃねえか。中身も寄越せよ。


「俺は忘れ物を取りに教室に行ったんだ。そしたら、その女子もついてきてさ。無言も気まづいから、色々話しかけたんだ。高校入ったら部活どうするんだ、とか。でもよ、その女子ガン無視でさ。さすがに俺もカチンときて、話しかけるのやめたんだ。それで、教室で忘れ物探して、鍵閉めるからその女子に外でろって言おうと思ったらさ」


「へえー」


 幸田からお菓子を奪って口に入れる。ガチめに関節技を決められかけた。ひとつくらい俺にも食わせろ、友情よりお菓子を優先するな。


「いなかったんだ、その女子。さっきまで視界の端っこに、女子の腕が見えるくらい近くにいたはずなのに」


「へえー」


「俺は急いで職員室に戻って、その女子を探した。そしたら、職員室にいたんだ。聞いたら、その女子はずっと先生と話してたから教室には行ってないって。しかも……」


「ん?」


「しかも、その女子はカーディガン着てたんだ。長袖の、黒いやつ。俺が教室行くまでずっと見てた、視界の端っこにいた腕は……半袖着た、白い腕だったんだよ」


 とんでもないドヤ顔の坂田。

 新たなお菓子をあけご機嫌の幸田が、こえー、と言って笑った。

 もしかして、今の怖い話だったのか。やめろよ、この歳で夜1人でトイレ行けなくなったらどうすんだ。聞いてなくて助かったぜ。


「大丈夫だ和臣! お化けがきても、俺が守ってやるからな! 安心してトイレに行け!」


「本気で守り抜けよ、絶対俺を1人にするなよ」


「わかった!!」


 トカゲが、ぱかりと口をあけて俺を見上げていた。


「おいおい和臣、一発目からそんなんで大丈夫かよ? これからまだ99個も怖い話あるんだぞ」


「そんなに怖い目にあってるのか坂田、それもうお祓いとか行った方がいいぞ」


「そんな訳ないだろ」


 じゃあなんなんだ、残り99って。

 そこまで考えて、はっ、と顔をあげ辺りを見回す。


 落ちた照明に、蝋燭。既に話し終えた怪談話に、()()()()()()()()()()()()()()


「お、おい坂田……これ、まさか」


「冬の百物語だ。蝋燭も本物だし、結構ガチだろ?」


 ニヤリ、と笑った坂田が、1本の蝋燭を手に取り。


 ふっ。



 儀式が、始まる。

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