さぶりーだーず!
京都総能本部。の、近くの料亭。
防音対策がなされたとある一室に。
「皆様、今年もお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
全10人の、副隊長たちが、座っていた。
立ち上がって声を上げた第五隊副隊長、灘 勝博が腰を折ったにも関わらず、そちらに意識を向けるものはこの場に1人もいない。席についた副隊長たちは全員、顔から表情を消し、お互いの腹の底を探るように視線を絡ませるだけだ。
隊の要、隊員たちの心的支柱である隊長たちに代わり、その他雑務を引き受ける副隊長たち。彼らの仕事は事務仕事や隊長の直接的なサポートだけではない。あらゆる相手、あらゆる場面に対する根回し手回し牽制水面下での事前交渉、そんな裏の仕事をこなせないようでは、副隊長には選ばれない。そんな彼らが、一堂に会したこの席。
隊長当主の集まりとは異なる、酷く静かな戦いが、始まろうとしていた。
「では、忘年会をお楽しみください」
毎年恒例、短すぎる勝博の幹事挨拶が終わり。
陰ながら隊と隊長を支える彼らの、忘年会が、始まった。
「花田副隊長、おつぎします」
「いやぁ、すみませんねぇ!」
メガネで七三分けの男。特別隊副隊長花田 裕二は、グラスになみなみと注がれたノンアルコールビールを受け取った。この場に酒の類は一切ない。彼らは、毎年シラフで忘年会をやっている。
「ところで、来年度の予算の件ですが……」
「ははは! 予算は幹部会で決定されますからね! 来年度の予算は一体どうなるのでしょうかねえ!」
やはりこの場で花田相手に予算増額を確約させるのは無理か、と全員が即座に脳内で作戦を切り変えた。
花田はこの忘年会においてかなりの新参者である。しかし、以前より経理部部長として副隊長たちとは面識があり、その食えない態度と実際はやり手であることは知られていた。
そんな男が、新設された隊の副隊長になった。お互い使うか使われるか、優秀な10の思考が交錯し。
「例の地区ですが、やはり我々ではなく第三隊の管轄にした方が効率的ではないでしょうか?」
一時退却。副隊長が全員集まるこの場でしか出来ない話は他にいくらでもある。ひとまず皆、今日こなさなければならない仕事に取り掛かることにした。
「来年度の採用人数、皆様どれくらいにするおつもりで?」
「警察と連携する際の連絡ですが」
「第七隊との合同訓練の話は」
デリケートな問題から超デリケートな問題まで、この非公式の場で話を進める。彼らが尽くす隊長たちに、完璧に完成させた書類を渡すために。
そんなピリつく空気を破ったのは、勝博だった。いや、正確に言えば、勝博が事前に設定していたアラームの音である。
「皆様、レクリエーションのお時間になりました。業務に関する話は1度おやめ下さい」
「「……」」
「今年のレクリエーションは人生ゲームです。皆様、お好きな色の車をお選びください。なお、このレクリエーションは皆様との親睦を深めることを目的としています。業務に関する会話は禁止されており、その他親睦を深めるための会話、行為をお願いいたします」
よりによって時間がかかるものを、と、全員が、勝博に毎年ゲームを持たせてくる第五隊隊長の顔を思い浮かべた。
しかも、このピンク色の人生ゲーム。明らかに手作りだった。
部屋にルーレットの音だけが響くようになってから10分。
「あの……皆さんにお聞きしたいことがあるんですが」
長めの前髪をさらりと払った若い男。この場で1番の若手である、第一隊副隊長である。たった今アラスカに行き一回休みになった。
彼は去年の春から副隊長になったのだが、この場でも臆することなく発言ができる男だった。
「自分の隊の隊長のこと……なんて呼んでますか」
「えー? 恭平くんそんなことで悩んでるのー? やっぱ初めての副隊長は大変ー?」
鼻につくような甘ったるい声と話し方。こちらもアラスカに行き一回休みになった小柄な女、第三隊副隊長が、ショートカットの頭を撫でつけながらニヤニヤと呟いた。
「呼び方なんてみんなフツーに隊長でしょー? まあ、私はお姉様って呼んで」
「ボク……灘副隊長と五条隊長みたいになりたくて!」
「無視してんじゃねえぞ新入りい!! 大体憧れんならお姉様一択だろうが!」
突然豹変した第三隊副隊長の怒鳴り声にもぴくりともしなかった勝博は、たった今徳川の埋蔵金を発掘し1億円手に入れたところだった。
「お互い下の名前で呼んで……阿吽の呼吸って言うか、言わなくても伝わるって言うか! お互いの背中を預けてるって言うか! もう、お二人の関係めちゃくちゃカッコイイじゃないですか!」
「おい! 聞けよ新入り! めちゃくちゃカッコイイだろうがあたしとお姉様の信頼関係!」
「でも……もう1年以上たつのに、ボクは隊長と会話もままならなくて……まだボクは信頼を得られてないのかなと……」
「あったりまえだろうがこの新入り! ド新人ペーペー副隊長のあんたが信頼関係とかおこがましいわ! もっと仕事できるようになってから悩めよな!」
「皆さん、いつごろから隊長と距離が縮まりましたか? 花田副隊長なんて、ボクと1年ぐらいしか副隊長歴変わらないですよね!?」
「無視かこのヤロー! 蹴り飛ばしてやる!!」
第三隊副隊長は、男にしては随分と小柄な第六隊副隊長に取り押さえられた。さらに、落ち着け落ち着け、と口に刺身を入れられ、それを咀嚼するために黙り込んだ。
「いやぁ、特別隊は人数が少ない分隊長との距離が近いですからね。あまり参考にはならないかと」
「そうですか……」
しょんぼり、と肩を落とした第一隊副隊長。そこに、シルバーフレームのメガネをかけた細身の男性、第二隊副隊長が声をかけた。ちなみに、伊達メガネだ。
「まず、我々副隊長と隊長はビジネス関係であり、過度な干渉は不要です。適切な距離を保つのが業務上最適かと」
「太田副隊長は冷めてますよね……やっぱり、隊長と副隊長の関係って、ビジネス関係でしかないんでしょうか」
「当たり前です。……まあ? 二条隊長は若くして隊長になられましたので? 大変苦労なさった時も私は隣にいましたし? この間鬼が隊を襲った時も、隣で命を預け合いましたが? ……まあ、ビジネス関係でしかありませんね。あくまで辞令が出たためだけに、私たちは今の隊の副隊長をしているのですから」
伊達メガネをしきりに触りながら、早口で言い訳のように二条隊長の話をする第二隊副隊長。その様子を見て、第一隊副隊長ははあと肩を落とした。
「割り切った関係になるにしても、ボクはまだ信頼が足りない気がします……」
「はは、まあ地道に業務をこなすのが1番かと! そうすれば自然と距離は縮まるはずですよ!」
「ありがとうございます花田副隊長。……はい! 頑張ります! たとえ隊長に無視されようとも!」
また勝博がルーレットを回し、今度は古代遺跡を見つけて3億手に入れた。今のところこの資産ぶっちぎりのトップである。
「お前自分の隊長に無視されてんのかよ! よく2年間辞めなかったな!」
やっと刺身を飲み込んだ第三隊副隊長がまたきゃんきゃんと吠え始めた。勝博は右隣の人からお土産カードをもらっていた。
「落ち着け落ち着け三橋。口が悪いぞ、後輩には優しく、だ」
「うっせえチビパイセン」
「おっと俺が小柄なばかりにウェイトが足りなかったか? 押さえが緩かったみたいだな」
「ぐえええ重い重いやめてください先輩チビのくせに筋肉ダルマなんですからー! セクハラで訴えてやるー!」
「口が悪いな、そんなんだといつか隊長の前でボロが出るぞ」
「でませーーーん!! べえーーー!!」
「はあ……おい成田! 三橋はお前の塾の後輩だろ? ちゃんと躾はしとけ」
今まさにルーレットを回そうとしていた黒髪を纏めた女性、第七隊副隊長は、ちらりと組み伏せられた第三隊副隊長を一瞥して。
「あなたの品格の無さが、あなたの隊長の品位を貶めることに繋がることを知りなさい」
きっぱりとした言葉に、その通り、と頷いている中年女性、第四隊副隊長。それを横目に、第三隊副隊長はみるみる顔を赤くした。
「は、はぁー!? 先輩にだけは言われたくないんですけど!? あんなにコロコロ隊長変えて、やな感じ! 塾じゃ優等生だったけど、結局どの隊長にも全然信頼されてなかったじゃないですか!」
「それは……」
第七隊副隊長がふと目を伏せた。
「言い過ぎだ三橋! 隊長も俺たちも人間なんだ、合う合わないくらいある! 成田、気にするなよ。お前が今七条隊長と上手くやってるのはみんな知ってる」
「……お気遣いありがとうございます」
「若いねえ」
総白髪の男性、この中では圧倒的最年長である第八隊副隊長が、その一言でこれ以上の言い争いを終わらせた。第八隊副隊長を40年務めた男の全く笑っていない目に、全員黙って人生ゲームに戻る。勝博は2マス進んで株で大儲けしていた。
「……あの、もう1つ皆さんにお聞きしたいことがあるんですが」
「恭平くんまたー?」
第一隊副隊長に、甘ったるい声で不満が上がる。この2人、またアラスカに飛ばされ1回休みになっていた。10人でやるゲームにおける一回休み。つまり、暇だった。
「先日特別隊隊長からおにぎりもらったんですが、これって皆さん貰ってますか」
「なんの話!?」
「ボクだけだったら怖いんですが……皆さん貰ってますよね? 顔を見せるなという裏の意がある訳ではないですよね?」
「いや、おにぎりとか貰うわけないじゃん! 大体特別隊隊長と廊下で出会うとかどんな確率よー?」
いきなり、す、と数名の副隊長が静かに挙手した。
第六、第七、第八隊の副隊長たちだ。
「俺はおいなりさんを」
「私の隊長経由ですが、クリスマスにケーキをいただきました」
「私は飴玉を。雨樋に挟まっていらしたのをお助けしたお礼にと」
花田が目頭を押さえて、「隊長、一体いつ雨樋に……!?」と震えていた。先週末の雨の日である。
「特別隊隊長って、実は2人いたりしませんよね?」
「はは……皆さん大袈裟ですねえ。皆さんの隊長も、雨樋に挟まることぐらいあるでしょう」
「ありませんよ? 花田副隊長? どうしました?」
「隊長は……とてもお優しいので……」
「花田副隊長? 優しさと雨樋に因果関係はありませんよ? 花田副隊長?」
花田がぶつぶつと自分の隊長の良いところを列挙している横で、勝博が1人人生ゲームのゴールにたどり着いた。二着は紙のような笑顔を貼り付けた花田で、三着は第七隊副隊長だった。景品は大中小のうさぎぬいぐるみだった。
「では皆様、レクリエーションは終了です。それに伴い業務に関する会話の禁止も終了いたしました。これより忘年会の終了時刻まで約3時間、お楽し」
ぴりり、と勝博の携帯がなり出す前に勝博は携帯を耳に当てていた。再開しようとしていた殺伐とした空気が、ふと霧散する。
「はい、どうなさいましたか治様。はい、承知いたしました。すぐ戻ります」
表情ひとつ変えず携帯を切った勝博は。
「皆様、申し訳ございません。私はここで失礼いたします。会計は済ませてありますので、お帰りの際はそのままお引き取り下さい」
そのまま足音もなく部屋を出ていった。これが最強の副隊長の姿だ。
「えー、では代わりの司会進行は」
手を挙げた花田の胸元で、びりり、と携帯がなった。
「はい花田で……隊長? 隊長どうなさったんですか!? 泣いていらっしゃいますか? はい? いつの間にか奈良で鹿に襲われて……? 今すぐ迎えの車をご用意いたします! お気を確かに!」
花田は耳に電話を当てたまま、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げ部屋を出ていった。
そのあと、続々と副隊長たちの携帯が震え出す。
「お姉様〜! はい、はいっ! いつものネイルサロンのご予約ですねー! ただ今ーっ!」
「なにボソボソ言ってるんだ隊長? なに? ネット回線が死んでゆかりんのライブ配信が見られないから僕も死ぬ? 落ち着け、業者呼ぶから……大丈夫だ、業者とは俺が話す。部屋から出なくていいから」
「二条隊長ですか? はー、全く、あなたは私がいないと何もできないんですから! ……まあ? 私の仕事はあなたのサポートですし? この程度のことならいくらでもやりますけど?」
こうして副隊長たちは、彼らにとって命よりも重要と言ってもいい電話とともにぞろぞろと部屋を去った。
隊の要、隊員たちの心的支柱である隊長たちに代わり、その他雑務を引き受ける副隊長たち。彼らの仕事は事務仕事や隊長の直接的なサポートだけではない。あらゆる相手、あらゆる場面に対する根回し手回し牽制水面下での事前交渉、そんな裏の仕事をこなせないようでは、副隊長には選ばれない。
総能の戦闘職の中では、異常とも言える激務。
しかし、彼らは好き好んで、そんな激務をこなすのだ。
「花田さん助けてください鹿が俺のこと鹿せんべいだと思ってるううう!! うわああ指噛まれたーー!!」
「隊長! お気を確かに!!」
この人の役に立つために。
ぷろふぃーる
・第一隊副隊長(志田恭平)…男。若い。
・第二隊副隊長(太田聡史)…男。伊達メガネ。
・第三隊副隊長(三橋りりか)…女。若い。
・第四隊副隊長(五森凪)…女。中年。
・第五隊副隊長(灘勝博)…男。年齢不詳。
・第六隊副隊長(五十嵐剛)…男。背が小さい。
・第七隊副隊長(成田理香子)…女。几帳面。
・第八隊副隊長(八田喜多路)…男。もうすぐ定年。
・第九隊副隊長(有村吾郎)…男。ごつい。
・特別隊副隊長(花田祐二)…男。本物のメガネ。




