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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
こぼれ話(10)

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激甘

 まじか。


「マジか.......」


「フラフラしないでちょうだい」


 大学の入学式後。校舎の外でビラを配る大量の先輩達の中を、葉月に首根っこを掴まれながら進む。胸踊るような新しい出会いの溢れる場だが、俺は痛む頭を押さえて世の中の偶然を恨んでいた。


「葉月さん.......見ました? 見ましたよね?」


「何のことかしら。あそこで勧誘のビラを配っていた天文サークルに、この間の女性がいた事なら見てないわ」


「がっつり見てんじゃん.......」


 キャンパスの端。他の先輩達に遠慮するような位置でビラを配っていたのは、ついこの間俺と一緒に崖にフォーリングした女性だった。こんな偶然あっていいのか。良くないだろ。


「こっそり怪我治さなくて良かった.......骨折が1週間で治る超人認定されるとこだったぜ」


「そう」


 葉月の影に隠れながら、ビラを配る女性を窺う。よし、こちらに気づく気配は無し。さすがに同じ学部ではないだろうし、穏やかに学生生活を送ればバレることはないだろう。


「あれ.......? 怪我はゆかりんのライブ前に治してもらって、その後もう1回折れば完全犯罪なのでは!?」


「おバカね」


 この間の怪我は、腕と額以外はハルに治してもらった。一般人に気づかれた怪我や仕事以外で負った傷は罰則規定違反になるので術での治療はできない。術者達の間でも常識、破る者はいない。というか、そもそもそんな大した怪我を治せる術者など数える程なのであまり気にしている術者はいないといった感じだ。

 俺は細い骨ぐらいしか繋げられないので、ゆかりんパーフェクトライブ計画を実行するにはハルに犯罪の片棒を担いでもらうしかない。やっぱりダメか。


「葉月、別に俺と一緒にまわらなくても、仲良くしたい女子といたっていいんだぞ? さっき教室で隣に座った子とか、楽しそうに話してただろ?」


 ちなみに俺の隣に座った男は話しかけるなオーラ全開で、俺も初対面の人間相手に恐ろしくて話しかけられなかった。


「.......そうでも無いわ」


 葉月が少し眉を寄せて答える。あれ、2人とも楽しそうだと思ったのに。


「あなたこそ、私とまわらなくたって他の男の子とまわっていいわよ」


「衝撃的に友達ができなかったから葉月がいいなら一緒にいてくれると嬉しい」


 葉月が無表情のままちょっと口をすぼめた。どういう感情なんだ。そのまま俺の左腕を取って、仕事用ではない晴れやかなスーツ姿の葉月が顔を前に向けたままてくてくと歩き出す。かわいい。


「あなたに話しかける人がいないのはね、あなたが入学式で満身創痍だからよ。不良だと思われてるの」


「なんてこった.......」


 またか。これほど喧嘩の弱い不良、どこを探したっていないぞ。どちらかと言うとパシリにされる方だ。


「友達できなかったらどうしよう」


「そんなに気にするようなことじゃないわ」


「するだろ」


 純粋に友達欲しいよ。


「それより、あなたは何かサークルに入るの?」


「迷うな.......。休んでも怒られないなら行こうかな」


 眠かったら行かないぐらいの緩さの料理系サークルならとても興味がある。あとは河童研究会とか。


「葉月はなんか入るのか?」


「予定は無いわ。でも、今興味があるのは天文サークルね」


「.......え? 俺のこと嫌いなの? え?」


「嫌いだったら腕なんて組まないわ」


「はぁー?? もうどうぞ思う存分天文サークルに入って俺を貶めてくれー??」


「なんで貶めるのよ」


 もうイタい不良だと思われようがどうでもいい。いや、やっぱり入学早々それは嫌だ。これからの学園生活がかかっている。


「ん?」


 校舎裏の自販機前。よれたワイシャツに身を包んだ大男が、遠目からでも分かる濃いクマがある目で自販機を睨んでいた。見ただけで震え上がりそうな怖い男だが、俺はそんな男を見て嬉しくなっていた。


「先輩ー! なんでいるんですかー?」


 走って自販機まで向かう。葉月も意外そうな顔で恐ろしい大男、第二隊隊長の二条釘次先輩をみていた。もしかして俺がボッチになることを見越して学校まで応援に来てくれたのか。なんて優しいんだ。


「.......あ?」


 地獄から響くような低い声。歪められた眉に、開いた唇からのぞく鋭い犬歯。不機嫌全開、迷惑感全開の先輩は気絶しそうなレベルで怖い。


「.......え?」


 思ってた反応と違う。俺何かしたかな。


「あ? んだてめぇ.......1年か? 俺に何の用だ」


 葉月がオロオロと俺と先輩を交互に見る。それはそうだろう。先輩が俺のことを完全に忘れている。それどころか殺さんばかりに睨んでいる。


「あれー?」


「ちっ。うぜぇ絡みしてきてんじゃねぇよ。さっさと消えやがれ」


 少々覇気はないが、口の悪さは出会ったばかりの先輩そのもの。葉月は俺の後ろに隠れてしまった。

 俺は、じっと先輩の顔を見る。そのこめかみに青筋が入り、怒鳴ろうとしたのか口が開き空気が吸われていった。うん、どこまでも先輩。先輩なのだが。


「.......え、誰?」


「なんだてめぇ!! いい加減にしやがれ!!」


 だんっと先輩(謎)が自販機を叩いた。自販機は壊れる寸前で踏みとどまり、謎メーカーの激甘コーヒーを吐き出した。普段ならこんな恐ろしい場面、泣きながら走って逃げるところだが、今は混乱しすぎてただただ先輩(謎)を見つめるしかできない。ていうか先輩甘いの嫌いだったよな。


「誰!?」


「てめぇが誰だっつってんだよ!!!」


 お互い大声で叫ぶ。葉月は途中まで怯えていたが、今はじっと先輩(謎)を見つめていた。


「ねえ、和臣」


「葉月、どうしよう先輩のドッペルゲンガーだ!! 先輩に合わせたら大変なことになる!! やっぱりNASAの陰謀だったんだ!!」


「とりあえず名乗ったらどうかしら? この人、二条隊長じゃないわ」


 ぐじゃ。

 人生で初めて聞いた音に、恐る恐る先輩(謎)を振り向けば。


「てめぇ.......!! あのクソの知り合いか!!」


 激甘コーヒーの缶を片手で握りつぶし、手がコーヒーまみれになった激怒する男がいた。


 怖かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あー、なんとなく想像ついてたけど、あの女性同じ大学だったんですね……。しかもしっかりとフラグ立ててるし……。 先輩(謎)、一体何者なんだ!? やっぱドッペルゲンガーか!
[良い点] 本家に生まれた場合でも総能職員や術者にならない人たちもいるんですね。かなり謎先輩は職人(?)として腕が立ちそうです。 [気になる点] 飛躍しますが、一般人を伴侶に迎える場合、秘匿の定めにつ…
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