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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
チャレンジ0年生

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気絶

 どおんと雷が落ちる度、1万枚の壁の広い足場のあちこちにぼとぼと雷獣が落ちる度、笑いが止まらなくなる。

 雨の道路に寝そべって笑い転げる俺を。


「気持ち悪いわ」


 一瞬で現実に引き戻した葉月。そのまま腕を引っ張られて立たされる。


「道に寝ないでちょうだい」


「.......すいません」


「ねえ、壁の上の雷獣はどうするの? 」


 とことこと終わりの見えない空の壁を走り回る、6本足の獣。触れば感電すると分かっている。分かっているのだが。


「可愛いかもしれない.......連れて」


「連れては帰らないし今ここでどうにかしてちょうだい」


 涙がでそうだ。


「この雨と風じゃ札は届かないし.......そもそも俺はもう霊力残ってないしな。四条隊長来るまで待つか」


「.......」


「本物の四条の雷獣退治が見られるぞ、良かったな!」


 弓道など微塵も分からないが、なんでか四条の弓は見たがる人が多い。数年前の鵺退治の時には弓を見ようと大量の見学者が出たらしい。俺は鵺にも弓にも微塵の興味も無いので行かなかった。


「.......普通の術じゃ、間に合わないわね」


「え? 何が?」


「なんでもないわ。今日のあなたは変態チックだって話よ」


 心が砕けた。声も出せず地面に崩れ落ちた俺を、東京管理部の人が慌てて起こしてくれた。ありがとうございます。でも隊長って呼ばないで。


「あと30分ほどで四条隊長が到着します!」


「どーも.......」


 弱まった雨の中、とりあえず屋根のある所へと避難する。葉月はビタビタで寒そうだったので、最悪に不機嫌なトカゲを説得して葉月に渡す。ちょっと熱いかもしれないが冷えるよりマシだ。


「おお、絞れる」


 自分の着物の裾を絞ると、雑巾かと言うほど水が出た。ちょっと楽しい。


「あなたこそ、寒くないの? ずっと濡れてたままじゃない」


「寒い。霊力すっからかんだしすげぇ寒い」


 春と言ってもまだまだ気温は低い。正直今すぐ風呂に入りたいレベルで寒い。


「おバカ!」


 トカゲを押し付けられた。2人で若干の言い争いになっていると。


「お?」


 ぱりん、と。頭上の壁が1枚割た。その後も、ぱりん、ぱりん、と割れていく。


 空に張った壁ごと、雷獣の額が矢に射抜かれる。


「四条隊長だ」


「どこから狙ってるのかしら」


「めちゃくちゃ正確だなー、さすが弓の四条」


 さて、ではそろそろ俺は帰らせてもらう。寒いし、俺のこと嫌いそうな隊長ランキング上位ランカーの四条隊長と鉢合わせしたくない。しかも都内で会うなど、東京タワーの時のミラクル無礼を思い出す。四条隊長も不快だろう。

 こういう時はさっさと帰るのがベストアンサーだ。


「葉月、帰るぞ」


「ええ」


「え!? お待ちください特別隊隊長!」


「俺のことそんな嫌いですか東京管理部」


 慌てた様子の男の人に詰め寄った。目線をさ迷わせてあ、だかう、だか言っていたその人は。


「ファンで.......」


 言葉の途中で気絶した。

 俺は泣いた。

 倒れた男の人を背負って、泣きながら1番近い総能支部を目指す。葉月はそっと肩を叩いてきた。本気の同情だった。


「渋滞も解消したっぽいし、車拾おうぜ。俺の筋肉はもう限界だ」


「その人、私が代わりに背負うわ」


「それは嫌だ」


 色々あるんだこっちにもプライドとか。

 小雨の中震える脚でなんとか前に進んでいると。


「七条さん」


「ひっ」


 突然後ろから声をかけられた。恐る恐る振り返れば。


「ご、ご無沙汰してます、四条隊長.......」


「お久しぶりです。本日は協力感謝します」


 濡れた着物と髪が肌に張り付いた四条隊長は、大きな弓を持ってまっすぐ俺を見ていた。どこか品のあるその立ち姿に、思わず数歩後ろに下がった。やっぱりダメだ。俺は礼儀も品もないクソ野郎で、四条隊長が1番嫌いなタイプだ。


「ところで、七条さん」


「はい!」


「あの壁、あなたが張ったのですか?」


「はい!」


「そうですか。.......もうお帰りですか?」


「はい!」


 とりあえず元気よくハキハキ話す。大体のことはこれで乗り切れるはずだ。


「そちらの職員は私がお預かりします。休日に申し訳ありませんでした」


「はい!」


 四条隊長は近くにいた車に管理部の人を乗せた後。


「では七条さん、今度は京都でお会いしましょう」


 後始末は第四隊がやるからと、上品に笑って去っていった。

 その直後やってきた別の車に飛び乗って、運転手さんに渡されたタオルで体を拭いた俺と葉月は。


「和臣、四条隊長は別にあなたのこと嫌いじゃないと思うわ」


「残念。礼儀作法と言葉遣いの指南書を黙って席に置かれるレベルには嫌われてるぞ」


「.......」


「落ち着きが足りないからって書道を勧められたし、家格に見あった行動を、って廊下ですれ違うたび華道のパンフレット渡されるし」


「.......」


「姿勢と態度は若い内に矯正した方がいいって茶道教室を紹介された」


「それはもう嫌ってるんじゃないと思うわ」


 びしょ濡れのまま家に帰り、当然のように姉に怒られた。さらに、車に置いていたはずのゆかりんの限定DVDの行方が分からなくなり泣き崩れた。厄日だ。


 さらに次の日。


「和臣! 和臣起きろ! 和臣!」


「うるせぇバカ兄貴.......筋肉痛で動けないんだよ.......」


 先程から布団の中で1ミリも動けず、うめき声を上げてトカゲを驚かせてしまった。申し訳ない。


「お前、とうとう来たぞ! もう逃げられないやつだ」


「なにが.......」


 絶賛逃れられない筋肉痛に襲われている俺に何を言ってるんだ。俺はもう一生筋肉痛で動けないかもしれない。


「総能の全教科書を改訂するんだ。急な話だが、お前も執筆メンバーに選ばれてる。今朝通達された」


 兄貴が広げたのはやけに達筆な文書。そしてA5サイズにワープロで打った文字が並ぶ書類。そうか、改訂か。


「やった、ゆかりんの表紙の写真新しいやつが見られ.......ん?」


「兄ちゃんは元々断ってないから選ばれてるが、お前は今まで逃げ回ってたからな。それに今回他のメンバーが.......四条と八条、あと専門家数人と参考にお前と五条なんだ。お前、ちゃんと話聞いて自分の思ってること言えよ」


 あまりのショックに、布団の中で気を失った。



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― 新着の感想 ―
[一言] よかったー。今回は死にかけなくて……。まあ、走りこみで死んでたけど……。 四条さん、絶対嫌ってないじゃないですか。むしろ構いに構ってる感じが……従弟くらいに思ってるのかな? 和臣、嫌われてる…
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