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朝、目が覚めると。
「.........................Good morning」
「ひっ」
なぜか俺の部屋に一条さんが立っていた。やめてください心臓止まる。そして、鋭い目でどこかを見ていた一条さんが口を開いた。
「...............................七条弟への」
「は、はい」
「...............................手伝いの、要求は.......もう無い」
「は、はぁ.......」
「...............................楽しむ」
一条さんはぐっと親指を立てて、そのまま足音も立てずに部屋を出ていった。よく分からない上に怖い。1人ベッドの上で震えていると。
「七条和臣ー、ちょっといつまで寝てんの?」
「今日はお城を見に行くんでしょう? 早く出ましょう」
なんの戸惑いも無く俺の部屋に入ってきた2人。俺の部屋に鍵はついてないのか。
「ほら、急ぎなさい。あなたお城見たがってたじゃない」
いつも通りの葉月に、俺のガイドブックを手に取ってくつろぎ始めたゆかりん。この2人ガイドブック取りに来たな。
「明後日には帰っちゃうんだから全力で食べるわよ。ドイツと言えばソーセージ! チョコも食べ尽くしてやるんだから!」
「町田さん、景色もすごいみたいよ」
「あ。も、もちろん景色も楽しみよ! やっぱり歴史とかも気になるしね!」
2人が話しているあいだに素早く服を着替える。先日俺が買った私服が姉により全て蔵に仕舞われるというハプニング(故意)が起きたので、今着ているのは姉チョイスと兄貴の着なくなった服達だ。特に思うところはない。
「七条和臣、一条の当主は? さっきあんたの部屋開けてくれた後下へ降りてったけど」
「あー.......なんかもう仕事終わったみたいだから、ビール飲みに行くんじゃないかな?」
「結局、一条さんのお仕事ってなんだったのかしら」
顔を洗って歯を磨く。くそ、とんでもなく眠いぞ。なんで2人はこんなに元気なんだ。
「.......たぶん、金髪さんに聖剣返しに来たんだ。で、俺がドイツに行くならついでにハルの封印解いとけってことなんだろ」
無茶を言わないでくれ。あ、ちょうどあのムカつく下っ端いるなら使えばいいじゃん、みたいなノリで最強術者の封印解かせないでくれ。どうせハルまでドイツに送るのは面倒だったんだろ。パワハラだぞ総能。でも有給は残してくれてありがとな。
「七条和臣、もう出られる?」
「財布と携帯.......」
「あなた自分で鞄から出したんでしょう? なんで部屋の中で失くすのよ」
程なくして見つかった俺の財布と携帯を持って、ドイツ観光へ出発した。
結論から言おう。
「「ちょう楽しい!」」
「町田さん、和臣、こっちを向いて。はいチーズ」
葉月がデジカメで、城を見ていたゆかりんと俺の写真を撮っていた。俺は携帯でゆかりんと葉月の最高に美味しそうに食べる瞬間を記録する。ゆかりんは謎の棒の先端に携帯を付けて、色々な場所で3人の写真を撮っていた。なんだその棒すごい。
昼食を食べに入ったレストランで。
「変態和臣」
「本当にやめてもらっていいですかその呼び方」
ゆかりんが5本目の巨大ソーセージを完食し店員さんに店の中央で褒められていた時、葉月が俺をとんでもなく心にくるあだ名で呼んできた。やめてくれ俺は変態ほど変態じゃないんだ。
「.......外国の綺麗な人って、あなた好きそうよね。スタイルも良いし」
「俺を見境なしみたいに思ってらっしゃいますか?」
思わず口に運びかけたフォークが止まる。鞄の中に入れたランプがじんわりと暖かくなった。おい、どういう意味だ。
「だって、私はあなたに好かれる要素が無いんだもの。顔だって性格だって可愛く無いし、胸もあんなに大きくないもの。河童でもないし.......」
深刻そうに、俯きながらそう言った葉月。その口に。
「葉月の見た目も中身も好きだし、可愛いと思ってる。それにそんな事言ったら俺の方が葉月に好かれる要素がない」
フォークに刺したチョコレートケーキを入れた。葉月は驚いたようだが、もぐもぐとケーキを食べていて話せない。べりーきゅーと。
「俺は葉月が河童じゃなくて良かったと思うよ」
「.......」
真っ赤な耳と顔で俯いた葉月は。
「.......私も、あなたの全部が好き。あなたが河童じゃなくて良かったわ」
「どーも」
もう一度ケーキを刺して葉月の口へ突っ込む。真っ赤な顔でもぐもぐしていた。これは.......可愛いの宝石箱や。もう一度ケーキをあげようとフォークを持って葉月を見ていると。
「.......あ、あなたのチョコレートケーキの方が好き!」
「へ」
葉月が真っ赤になりながら言い放ったその言葉に、俺も顔に熱が上がってくるのを感じた。何故だ。とても照れるぞ。
「あはは! 驚きなさい2人とも! 今日のお代タダにしてもらえたわよ!」
「.......さすがね町田さん」
「.......さすがだよゆかりん」
「ふふふん! あったりまえよ!」
なぜか日が暮れる頃には一条さんがどこからともなく現れ、ホテルまで送ってくれた。
次の日もほぼ暴飲暴食ツアーを決行し、やはり日暮れ頃に現れた一条さんとホテルへ戻った。
「.........................七条弟」
「はい」
「...............................私達は、術者だ」
俺達は陰陽師では無い。武士でも無い。これらの職業は現代にはもうちゃんと残っていない。
「...............................旅行は」
「.......」
唐突な話題変更。もう少し術者のこと掘り下げるんじゃないのか一条さん。
「.....................................楽しかった、か?」
「はい!」
「.......ふっ」
少し笑った一条さんは、俺の手にチョコレートを1つ握らせて部屋を出て行った。
次の日、飛行機に乗って日本へ帰った。家で家族にお土産を渡していると、ドイツからビールが届いた。
送り主は、一条さんだった。
「和臣」
「ん?」
「この写真は、誰にもあげないわ」
葉月と2人で写っていたその写真の詳細は、伏せることにする。




